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第98話 意地でも維持しろ

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 作戦決行当日。

「行ってまいりますシャルロット様……」

 病室で依然眠り続けているシャルロットに声を掛け部屋を出るエイハブ。
 もしかしたらこれが最後の別れになるかもしれない……エイハブはせめて彼女の白く美しい手に触れたかったのだが敢えてそうしなかった。
 それはこの戦いが終わってシャルロットが意識を取り戻したのち、改めて彼女の手を取り愛の告白をするため必ずここへ戻って来るという彼なりの決意の表れであった。

「シャルちゃんに挨拶は済んだかしらエイハブ坊や」

「ベガ様」

 廊下にはベガが待っていた、そして二人は廊下を歩きながら語りだす。

「ところでシャルちゃんに手を出していないでしょうね?」

「当たり前です、周りには世話人もいるのですよ……それにこれから戦なのですからそんな浮ついた気持ちでいては怪我では済みません」

「あら、今日は随分と真面目じゃない……ここ数日で何かあったの?」

「ええ、まあ……」

 エイハブのいつもの慌てたリアクションが無くて物足りないベガ。
 二日前のグラハムとの稽古でいかに自分が未熟で覚悟が足りなかったのかとエイハブは痛感していた。
 しかしそれだけでは無く技術を一段上の段階に進められ自信も得ていた。
 そしてその結果に驕ることなく気を引き締めていたのだ。
 
「頼もしいわね、この調子なら心配いらないかしら……アタシとあなたは別行動だけど頑張んなさいな、じゃね~~~」

 ベガはウインクしながら投げキッスをして立ち去った。

「一体何だったんだ?」

 イマイチベガが何しに来たのか分からないエイハブだった。
 その後ベガは廊下の角を曲がると突然胸を押さえて蹲る。
 震える手で青い小瓶を懐から取り出し一気に煽る。

「ハァ……ハァ……ダメよまだダメ……せめてこの戦いが終わるまでは……ね」

 壁に手をつき何とか立ち上がると何食わぬ顔で廊下を再び歩き出す。
 向かい側から兵士が歩いてきたからだ。

「これはベガ様!! おはようございます!!」

「はい、おはよう」

 頭を下げる兵士に満面の笑みを返す……しかし裏腹に彼の身体は今も悲鳴を上げているのだった。



「みんな揃いましたか!?」

 エターニアの城門前……エイハブをはじめアルタイル、ベガ、サファイとY3……そして数百からなるエターニア兵がずらりと並んでいた。

「これから我々はドミネイト帝国跡地に赴き、そこに陣取る四天王【激震のベヒモス】を討ちます!! 想像を絶する激しい戦いになるのは目に見えています、覚悟のないものはここで引き返しなさい、私はそれを咎めません!!」

 グラハムが声を張り上げる。
 しばしの沈黙……しかし隊列から離れるものは誰一人いなかった。

「グラハム隊長!! ここには一度決めた覚悟を反故にするものは居ません!!」

「どうか遠慮なく我々の命をお使いください!!」

 兵士たちから次々と声が上がる、それをグラハムは両手で制止した。

「ありがとう!! 諸君らの命は絶対に無駄には使いません!! さあ出陣です!!」

 オオオオオオオオオオッ……!!!!

 怒号と共に討伐隊が出発する。
 それをテラスからシャルルとエリザベートが見送っていた。

「頼みましたよグラハム、皆さん……シャルロットが目覚めるまで耐えるのです」

「グラハムたちならやってくれるはずだよ、国王である私が言ってはいけないセリフだがチャールズに続きシャルロットまで失っては私は生きていけない」

「何を言っているのです、シャルロットはいつかは元居た世界に帰らなければならないのですよ……あなたがそんな事でどうしますか」

「だがお前……」

「滅ぶと思われたこの世界、僅かでも光明を見させてくれたあの子には感謝してもしきれないけれど、本来ならばそこの住人である私たちが決着を付けなければならなかった……もし世界が救われなかったとしても必ずあの子は元の世界に返すつもりよ、どんな手段を使ってでも」

「そんな事が出来るのか?」

「ええ、手段は考えてあるの……こちらへ」

 エリザベートの合図で一人の頭からすっぽりとローブを被った人物が後ろから現れた。

「ベヒモスの討伐が失敗してこの城が滅びる時があったとしたらこの者にシャルロットを託します」

 ローブの人物が頭のフードをはぐる。

「おっ、お前は!?」

 シャルルが驚きの声を上げる……彼の見知った顔だったからだ。
 果たしてその人物は一体……。



 討伐隊は二時間掛け帝国に迫りつつあった。

「サファイア様、どこで準備を始めますか?」

『攻城兵器【キャッスルブレイカー】の射程は十キロメートルですが、ベヒモスを撃ち破る攻撃力を得るにはもう少し近づかねばなりません……
 一キロメートルまで接近させてはもらえませんか? あと私に敬称は不要ですグラハム様』

「聞き慣れない単位ですね、それは……」

『一クルメル前まで連れて行ってください』

 この世界ではメートルを【メル】、キロメートルを【クルメル】と呼んだ。

「了解しましたサファイア」

 複数の護衛を前方に展開させ、彼女らを乗せた荷馬車は元帝国領へと進む。

『ここです、止めてください』

 サファイアの合図で馬車は止まり、彼女と背負われたY3は地面に降り立った。

『始めます』

 サファイアたちの身体が開き、中からその小さな身体にどう収まっていたのか分からない装甲が飛び出し、彼女らを巨人の姿へと変えていく。
 事前にお披露目した通り巨人サファイアの肩からは物凄く長い金属の筒が二本突き出ていた。
 その圧倒的な姿に初見の兵士たちは驚嘆の声を上げる。

『魔力充填開始……』

 砲身の先端に光が収束していく、しかしそれは今はほんの僅かなもの。
 これから約三十分を掛け最大まで魔力を貯めるのだ。
 こちらの行動を察知したのか地面が少し弱めの自身程の大きさで揺れるのを感じる。
 ここからでもはっきりと見える大きな山、ベヒモスが揺れている……あれは彼の身体から小ベヒモスを生み出すときの動作に他ならなかった。

「叔父上、以前自分が体感した見立てだと小型の個体がこちらへ到達するまで五分と掛かりません、命令を」

「分かりました、まずは前方の守備を固めます!! ファランクス!!」

 盾を持った兵士たちが前面に出て横一列に並び密集する、その上に更に別の兵士たちが二段目となる盾を重ね隙間を無くす。
 これはサファイアたちの魔力が充填されるまでの耐久戦、徹底防戦の構えなのだ。

 程なくして砂埃が舞い何かが接近してくるのが分かる、案の定小ベヒモスだ。
 その数およそ百頭。

「プロテクトシールド!!」

 アルタイルの魔法でファランクスの兵士たちの盾に魔力の盾が付加される。
 これで盾はより強固なものとなった。

『グモモーーーー!!』

 最初に到達した小ベヒモス達がファランクス目がけて突進してきた。
 物凄い衝撃、しかし陣形は全く崩れる気配が無い。

「よし!! いけるぞ!!」

「勝利は我らにあり!!」

 兵士たちは次々と雄叫びを上げ全身に力を籠める。
 しかし盾で防ぐだけでは埒が明かない、そのままではいつか力尽きてしまう。
 そこで次の手だ、両側にある岩場にはエイハブが登り剣を構えた。

「グレートスラッシュ!!」

 盾で足止めされた小ベヒモスたちに斬撃を食らわせた。
 技を受けたものは反動で飛び上がり、別の個体にぶつかるなどして転げまわる。
 これで一度にファランクスに到達する数が劇的に減った。
 とにかく相手を進軍しづらくさせることで時間を稼ぐ作戦だ。

「これを食らいなさい!!」

 同じく上の岩場からティーナを含む弓兵たちが炸裂魔法を封じ込めた筒を取り付けた矢を放つ。
 矢が中った瞬間、魔法が炸裂し盛大に小ベヒモスが吹き飛ぶ。

「大した威力だわ……」

 ティーナは感嘆の声を上げる。
 しかし敵もやられてばかりではない、積み重なった同胞の屍を踏みつけ上まで上がって来たのだ。

『グモモモモッ!!』
「きゃあ!!」

 ティーナに襲い掛かる小ベヒモス。

「させるか!!」
 
 イワンが飛んで入り敵を一刀両断する。
 転げ落ちていく屍。

「大丈夫だったか!?」

「ええ、ありがとう!!」

 そのままイワンは弓兵隊の護衛に付いた。
 しかし同様の事がファランクスでも起こっていた、小ベヒモスが盾を乗り越え始めたのだ。

「ぐあっ!!」
「ぎゃあああっ!!」

 上から踏みつけられ圧し潰されてしまった兵士たち、当然命は無い。
 
「ファランクス隊、一度退きなさい!! 第二陣お願いします!!」

 陣形の崩れた第一陣の生き残りの兵たちは一度退き、万全の状態のファランクスを新たに別の兵たちが張り直す。
 そしてこれが突破されたらまた新たにファランクスを張り直す……これがエターニア側の戦略……まさに命を捨てる覚悟が無ければ出来ない消耗戦であった。

『充填完了まであと90パーセント……』

 サファイアの報告が無常にも告げられる。
 彼らの戦いはまだ始まったばかりであった。
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