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第97話 己の未熟を知るもの
しおりを挟む作戦決行まであと二日。
「ふっ!! はっ!!」
王宮の中庭でエイハブが剣舞を行っていた。
仮想の相手を思い浮かべそれに向かって剣を振るう。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
膝に手をつき大きく肩で息をする、顔からは大量の汗が滴り落ちる。
「エイハブ」
「グラハム叔父上……」
声の方を向くとグラハムが立っていた、エイハブはふらつきながら上体を起こす。
「ベヒモスとの決戦まであと二日です、あまり鍛錬に力を入れ過ぎてはいけませんよ
身体を休めておくのも立派な仕事なのですからね」
「……自分は不安なんですよ叔父上……」
「何故です?」
「マウイマウイ遠征で実は自分は何の役にも立っていないのです、やった事と言えばキャンプの準備と現在の盾の発掘、そして戦いに力尽きたシャルロット様を運んだことくらい……姫様とデネブ様が四天王と対していた時などは自分は眠っていたのですよ? 自分がその場に居合わせていればもしかしたらと考えると……ベガ様にはもうその事は気にするなと言われていますが、これではただの恥さらしです」
「…………」
グラハムは特に答えずじっとエイハブの独白を聞いている。
「自分はシャルロット様が好きです、もちろん愛しているという意味で……その愛する人の力にまるでなれないこの情けなさは何なのかと……このままではまた足を引っ張ってしまうだけ……」
「それでがむしゃらに鍛錬ですか?」
「自分には他に方法が浮かばないのです、それに身体を動かしている方が気が紛れます……そんな事をしたって急に強くなるわけでもないのに……」
グラハムを見つめるエイハブの目には輝きが無かった、精気が失われているのだ。
このままでは確実に二日後の戦で命を落とすことになる……グラハムは意を決してこういった。
「構えなさいエイハブ」
グラハムが腰の鞘から剣を抜いて構える……切っ先はエイハブを捉えていた。
「えっ?」
「そんな素振りを繰り返しても何にもなりません、私が稽古を付けてあげます……言っておきますが本気で挑まなければ死にますよ……私も君を殺すつもりでやりますからあなたも私を殺すつもりで向かって来なさい!!」
「……はい!! ありがとうございます!!」
願っても無いグラハムの申し出に途端に瞳に光が戻るエイハブ。
「はああああああっ!!」
開始の挨拶などなくエイハブが突進、グラハムに向かって剣を振り下ろす。
「甘い!!」
「ぐはぁっ……!!」
軽く剣をいなされ、グラハムの膝蹴りが腹に突き刺さる。
怯んでいるエイハブに更に横方向の斬撃が襲い掛かる、それは始めに言った通り全く容赦のない本気の剣であった。
「ふっ!!」
間一髪身体をのけ反らせそれを避けるが髪の毛が切り飛ばされ宙に舞う。
そして後方宙返りを繰り返し距離を取った。
「ほう、あれを避けましたか、大したものです……ですがこれは避けられますか?」
グラハムが剣を両手で持ち、後方に大きく振りかぶった。
表情は彼の何時もの柔和なものでは無く鬼気迫るものに変貌していた。
「あの構えは……!!」
エイハブは一度だけ見たことがある、あれは彼がまだ幼い頃の話しだ。
エイハブは彼の父とグラハムが魔物討伐に出た時、留守番を言い渡されていたにも関わらずこっそり後を付けたことがあった。
無論勝手に付いて行ったのだから誰にも気づかれていなかった、しかし一人で行動している時、大きな猪型のモンスターと遭遇してしまったのだ。
悲鳴を上げ泣きじゃくり走って逃げるエイハブ少年、だがモンスターの足は速い。
地面の木の根に足を引っかけ地面に勢いよく転んでしまい、あっという間に追い詰められてしまった。
モンスターの突進、絶体絶命のその時、地面を這うように高速で進む衝撃波がモンスターを討ち吹き飛ばした。
エイハブは目を見張った、その衝撃波が来た方向を見るとグラハムが両手で握った剣を地面に差したまま佇んでいるのを……その時のグラハムから感じたオーラが酷く恐ろしいものに感じたのを憶えている。
恐らく今目前でグラハム構えて力をためているのはその時の技であるに違いないと悟った。
グラハムから感じる鳥肌が立つような感覚が幼い時の記憶にあるその感覚と同じだったから。
「行きます!! グレートスラッシュ!!」
グラハムが剣を振り下ろすと同時に空気が振動しエイハブの顔の皮膚がそれを受け波打つ。
そして地面を這う衝撃波が瞬きも許さない程の速さで彼に迫っていた。
もう避けるという選択肢は無い、ここを乗り切るにはエイハブも何か技を出して衝撃波を相殺ないし防御するしかない。
しかしこの短時間で出せる技はそう多くない。
「アースクラッシャー!!」
エイハブは地面に剣を突き刺しこちらも衝撃波を縦方向、地面から上に向かって放出した。
マウイマウイで現在の盾を発掘した時のように予備動作を取れないが故威力は抑えられるが最短で出すにはこうするしかない。
エイハブとグラハムのお互いの衝撃波が衝突した。
何とか攻撃を受けきることに成功するもグラハムのグレートスラッシュが力で勝り、グラハムはじりじりと押されていく。
「ああああああああっ!!」
ありったけの声を張り上げたエイハブの気合と共に彼の衝撃波はより収束され、それ自身が刃物の様に研ぎ澄まされた……するとグレートスラッシュの衝撃波は真ん中から切り裂かれたかのように二つに分かれ、エイハブの横を通り過ぎ後方の壁に衝突した。
ガラガラと崩れ落ちる壁の煉瓦。
「あーーーこれは国王様からおしかりを受けてしまいますね……」
頭を掻きながら苦笑いを浮かべるグラハム、その表情は何時もの優し気な彼であった。
グラハムが地面にへたり込んでいるエイハブに手を差し伸べ引っ張り起こす。
「良くやりました、あの技の冴え……あれさえ出来れば他の技の強化に繋がります……今日の稽古はこれでお終いです」
「叔父上? うっ……ううっ……」
肩を叩き健闘を称える……エイハブは嬉しさのあまり目頭が熱くなっていた。
「また君はそうやってすぐに泣きますね、今はいいですが姫の前では簡単に泣いてはダメですよ?」
グラハムがエイハブに向かって何かを放り投げる、慌てて掴むのそれは青い液体の入ったガラスの小瓶であった。
「これは?」
「アルタイル殿からもらってきた回復薬ですよ、それを飲んで後の二日間はゆっくり休むように」
「ありがとうございます叔父上!!」
去るグラハムの背中に向かって深々とお辞儀をするエイハブであった。
城内の一室。
「むう……また少し進行しているな……」
袖をまくって身体の透明化現象を確認するイワン。
前腕の一部だった透明化は二の腕にまで達しており、確実に彼の身体を蝕んでいた。
「飲み物を持ってきたわ、イワンも飲むでしょう?」
「ああ、ありがとうそこに置いてくれ」
両手にティーカップを持ってティーナがやってきた。
彼女に悟られぬ様に袖を下ろす。
ティーナはカップを置いた後、イワンと向かい合わせになる様にテーブルに着く。
「さっきアルタイル殿が来て明後日の作戦の概要を伝えていってくれたよ
サファイアという巨人が大砲を打つまでに掛かる30分間、我々は敵を彼女に近づけてはならない、いわば護衛だな」
「魔力の充填に時間がかかるのでしょうけどエターニアで準備したから帝国に赴くのでは駄目なのかしら?」
「俺もそう思って質問したんだが、二体の巨人は合体してからでないと魔力の充填が出来ない上に、重心の関係上自分で移動できなくなるらしい……だから少女の姿で移動し現地で合体、魔力の充填後大砲の発射しか良い方法が無いそうだ」
「そう、それじゃあ仕方がないのね」
「敵は主にベヒモスの眷属で固い甲殻を持つ亀とドラゴンの中間のような生物らしい」
「固い表皮を持つ相手に私の矢は通じづらいのよね、何か策を練らなければ」
「そうそう、話しついでにアルタイル殿がこれを置いていった」
イワンが筒状の物をティーナに差し出す。
「これは?」
「矢に取り付けて発射してくれとの事だ、これには魔力が込められているらしく相手に中ると爆発するらしい」
「へぇそれは助かるわ、矢に自分の魔力を込めて発射するのには限界があるからね」
「おっと!! 尖っている方の先端は強く触るなよ? ここで爆発しては元も子もない」
「おっかないわね……」
ティーナの額に汗がにじむ。
「シャルロット様をはじめエターニアの人々には世話になったからな、この作戦は必ず成功させなくては」
「そうね、必ず生きて帰りましょう」
「ああ、お前は俺が必ず守るから心配するな」
「それじゃあまるであなたが死んでしまうみたいな口ぶりじゃない、あなたも生きて帰って来なければダメ……あなたは私が守るわ」
「それはいい」
そして二人は唇を重ねた。
「あ~あ、お熱いこった……」
部屋の外には部屋に入るには入れないフランクが壁に背中を預け佇んでいたのだった。
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