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第92話 現在の盾
しおりを挟む「パパ……?」
海岸で陸ダコを魔法で薙ぎ払いながらベガの頭の中に一瞬デネブの魔力が感じられ、一瞬で消えていった。
『どうしましたベガ様?』
「いえ、今パパの気配がしたような気がしたのよ……」
『私にはデネブ様の魔力反応は感知できませんでしたが……』
「いいのよサファイア、アタシの思い違いだわ」
(さっきの振動と言い、海のざわめきと言い何かあったのは間違いないでしょうけど……シャルちゃんとパパは大丈夫かしら……ついでにエイハブ坊やも)
それ以降はそのような感覚は起こらなかったのでそれ以上気にする事は無かった。
今はサファイアが黄色の巨人を起動させるまで時間を稼ぐのに集中しなければならないのだ、余計な事に気を取られている余裕はない。
「それよりもどう? 作業の進み具合は」
『現在の作業進行は82%です、あと10分ほどかかると思われます』
「そう……あとひと踏ん張りね」
切りのない陸ダコの襲撃によりベガの魔力も底を尽き始めていた。
今までのペース配分では時間まで持ちそうにない。
そこでベガは腰に巻いていたひも状の装飾を外し始めた。
「久しぶりにこれを使う羽目になるとはねぇ……腕が鈍っていなければいいけれど」
グリップ状になっている紐の先端を右手で掴むと近くにある岩に向かってその紐目にも止まらぬ速さで打ち付ける。
するとその岩はいとも簡単に砕け散ったのだ……そう、その腰ひもは鞭であった。
『かなりの破壊力ですね、それなら陸ダコの身体は一溜りも無いでしょう』
「一応これでも鞭の扱いには自信があるのよ、魔導士とは言え魔法一辺倒では何かあった時に困ったことになりかねないものね……はぁっ!!」
ベガが鞭を横一線に振るうと横並びの集団で襲い掛かってきた陸ダコがまるで刃物で切り付けられたかのように真っ二つに切り裂かれた。
「あら、アタシもまだまだいけるじゃない……これなら男どもの尻を叩くのより造作もない事だわ……それっ!!」
ベガの手により縦横無尽に踊る鞭は次々に陸ダコを切り刻んでいった。
「エイハブ!! 無事かい!?」
シャルロットが建物に中に飛び込むと未だエイハブは微睡みの中に居た。
彼の肩を掴み思いきり揺さぶる。
「ちょっと!! いい加減に起きなさい!!」
「……んあ? もう朝ですか?」
「寝ぼけないでよ!! 津波が来るんだ、急いで外に出るよっ!!」
「えっ!?」
エイハブは一気に飛び起き、二人で建物から走り出る。
既に足元には水が流れ込んできており、走るたび水しぶきが立つ有様だ。
「一体どうなっているのですか姫様!?」
「居たんだよ四天王が、それも水を操る女の魔物がね!!」
二人は走りながら会話を続ける。
「ところでデネブ殿は!?」
「あれっ!? 僕に付いてきていないのかい!?」
エイハブを気にするあまりシャルロットはデネブを置いてきてしまった事に今更ながら気が付いた。
「戻ろう、デネブの事だからそう簡単にやられるわけがない、今から助けに行こう!!」
「分かりました、お供します!!」
シャルロットたちは今来た方向へと引き返した。
しかし彼らの遥か前方に信じられない光景が展開していた……全身が赤い鱗に包まれた巨大なドラゴンと思しき怪物が現れたではないか。
「あれは……何!?」
「ドラゴンでしょうか!? しかし何故こんな所に突然現れたのでしょう!?
ドラゴンが炎を吐き、津波と炎が衝突したことによる衝撃と水蒸気が彼らを襲った。
「きゃあああああっ!!」
「うわあああああっ!!」
二人は激しく後方へと吹き飛ばされた。
「ううっ……何て凄い衝撃……」
「姫様大丈夫ですか!?」
エイハブがシャルロットに駆け寄る。
「何のこれしき……あっ!! エイハブ上を見て!!」
「えっ!?」
建物の屋根から屋根を飛び越えて移動する一つの影があった。
「あれは四天王スキュラ!!」
「あれが四天王なんですか!?」
シャルロットが見紛うはずがない、上半身が美しい女性の姿に下半身がタコの触手状になっている異形……しかし彼女の様子がおかしいのに気が付く。
「足が数本無くなっている……もしかしたらデネブが……」
「どうします? あの四天王を追いますか?」
「いや、デネブが心配だ……今はあいつは無視しよう」
「心得ました」
「デネブ……胴か無事でいて……」
逸る心を押さえられずシャルロットの脚が速まる。
「デネブーーー!!」
先ほどまでデネブと一緒にスキュラと対峙していた場所に到着した二人。
「いない……デネブ……どこ!?」
辺りを見回すもデネブの姿は見当たらない。
「姫様!! こちらへ!!」
「居たのかい!?」
エイハブに呼ばれシャルロットが駆け付けるがそこにあったのは、
建物の壁に張り付くように置かれたものはデネブが身に着けていたローブであった。
「これは……デネブの着ていた……?」
シャルロットがびしょ濡れのローブを持ち上げると、中から美しく輝く宝玉が零れ落ちた。
その玉虫色に光る玉を手に取り胸の前で抱きしめる。
この時シャルロットは全てを察してしまった。
「うううっ……デネブ……ゴメン……ごめんね……」
シャルロットの瞳から大粒の涙が零れ落ちる……泣き崩れ衣服が濡れるのも構わず地面に膝を付いた。
「シャルロット様……」
エイハブには彼女に掛ける言葉が見つからなかった……それもそのはず昏睡の魔法にかかって肝心の戦場に居合わせる事すらできなかった自分にはその資格は無いと思ったからだ。
だから彼にはシャルロットが泣き止むまで見守る事しか出来なかった。
「【現在の盾】を探そう……」
目元を拭いシャルロットが立ち上がる。
「シャルロット様……」
「そんな目で見ないでよ、いつまでも泣いていて立ち止まっていてはデネブに怒られてしまう」
「……そうですね」
か弱く微笑むシャルロットに胸が締め付けられるような愛おしさを感じたエイハブはつられて微笑み返した。
「この辺がマウイマウイの王宮があった場所だ」
先ほどの衝撃で建物は大方吹き飛んでしまっていたが、基礎の大きさから王宮の場所を特定するのはさほど難しくはなかった。
「王宮がここまで破壊されてしまっては【現在の盾】がどこにあるか分かりませんね」
「【現在の盾】は、三種の神器は女勇者の血を引きし者以外には動かす事も出来ない代物なんだよ……だから例え津波でも安置された場所から移動させる事は出来ない……だからこの場所にあるのは間違いないよ
それに魔王にすら傷一つ付けられなかったと謳われた盾がこの程度で壊れるとは思えない」
「ですが無事なのはそうなのでしょうが、ここからどうやって盾を取り出すのです?」
エイハブの疑問はもっともだ、大体の所在が分かったとしてもこの沢山の瓦礫と海水で何が何やら分からなくなってしまっているこの中から【現在の盾】を探し当てるのは一見不可能に見える。
「そこで君の出番だよエイハブ、君が叔父上から習った技に地面に剣撃を放って周囲に衝撃波を発生させる技があるはず……そうだよね?」
「はい、グラハム流剣術に【大地粉砕破】という技がありますが……よくご存じですね」
「僕だってグラハム流の習得者だよ? 僕にも【大地粉砕破】は使えるけど如何せん威力が低くてね……かといって神器装備状態で放つとこの街自体が吹き飛びかねない……だから君にやってもらいたいんだ」
「なるほど分かりました、やってみましょう……ですが神器は本当に大丈夫なんでしょうね」
「大丈夫、さっきも言ったけれど人間の技くらいでは神器に傷一つ付けられないよ」
「そうでしたね」
しかし今の言葉に要らない事にエイハブのプライドに火が着いてしまった。
なら自分が神器に最初に傷をつけた人間になってやる……そんな野望を彼に抱かせてしまったのだ。
「それでは全力でやらせてもらいますよ!!」
エイハブが高らかに飛び跳ねる。
「【大地粉砕破】!!」
下に向けて握られた剣が彼の着地と同時に地面に突き刺さり、そこから地面を伝って砲放射状に亀裂が走る。
そして直後、地面の土も瓦礫も全て粉々になり上空へと舞い散った。
「うおっ!?」
しかし一か所だけ衝撃波を反射し、エイハブに打ち返してきた場所があった。
彼は慌てて剣でそれを防ぐ。
「何だったのだ今のは?」
「あっ!! あれはもしや……」
地面の中から光を反射させる何かがあった。
二人は駆け寄り周りの石ころを手で掻き出した。
「あった……【現在の盾】!!」
そこから現れたのは鏡のように研ぎだされた美しい曲面を持つ盾であった。
「ふんぬぬぬぬ……!! 本当に持ち上がりませんね……」
「そうだろう? ほらっ」
エイハブではびくともしなかった盾はシャルロットによっていとも簡単に持ち上げられる。
「嘘だろ……」
「こればかりは腕力は関係ないからね」
そして【現在の盾】は彼女の手の中でするりと消えてなくなった。
「あれ? 盾は……」
「一度でも僕が触ればいつでも神器は出し入れ可能になるんだよ、これでもう安心だ」
「これで俺たちの任務は完了ですね」
「うん、でもデネブという大切な仲間を失ってしまった……これも全て彼の尽力のお陰……ありがとうデネブ」
シャルロットは晴れ渡る空を見上げデネブの顔を思い浮かべた。
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