プリンセス王子と虹色騎士団

美作美琴

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第87話 仇敵、女王イカ

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 船に姿を変えたサファイアは皆を乗せ快調に海上を突き進む。
 その速度は元の世界のプリンセスシャルロット号の比ではなく、風向きも海流もお構い無しにマウイマウイまでの最短直線距離を取っていた。

 「凄いものですね!! 船が帆に風を受けずにこんなに速く進むなんて!!」

 エイハブが甲板から海を覗き込み、巻き起こる白波を眺めながら感嘆の声を上げる。

「魔導炉を乗り物の動力に使うとここまで差が出るのね……これを知ったらきっとアルタイルも目の色を変えるわ」

 「馬車に応用すれば馬が要らなくなるぞい」

 「流石パパ、それは良いアイデアね」

「まあそれ程ではあるな我が娘よ、いや息子であったか?」

 ベガとデネブも魔導師らしく新たな技術に興味津々だ。

 「…………」

 しかし周りが浮かれているのに対しシャルロットはひとり、船の舳先に仁王立ちして吹き付ける風に動じず、高速で流れる正面の景色を見据えていた。

 (この速度なら前のようにマウイマウイまで二日と掛からないだろう……ならそろそれ奴が現れてもおかしくない……)

 「うっ……!! 何だ!?」

 突如、安定航行していたサファイア号の船体が激しく揺れ、急制動が掛かった。
 声を上げたエイハブは元より皆は船上から振り落とされないように手摺にしがみついた。
 徐に甲板に這い上がってきたのは夥しい数の吸盤の付いた触手……巨大なイカだった。

 「やはり来たね!! グロリアの仇……女王イカ!!」
  
 険しい表情で剣を構える。 
 しかしここまで激しく船体が揺れていては戦闘どころではない。
 何せまともに立ち上がることもままならないのだ。

(はて……グロリア……? どこかで聞いたような……)

 シャルロットが口走ったグロリアと言う名前に引っ掛かりを覚えるデネブ。
 しかしはっきり思い出すまでに至らなかった。

 『皆さん、これから更に加速します……今は全力で船上から落ちない様にしてください』

 「サファイア!?」

 言うが早いかサファイア号はぐんぐん速度を上げ始めた。
 抜刀し臨戦態勢に入っていたシャルロットは堪らず尻もちを付く。

「サファイア!! 止まって!! こいつは僕が倒さなきゃならない相手なんだ!!」

『お気持ちは分かりますが海上でシャルロット様がこのイカの怪物に勝てる確率は限りなく低いです……』

「そうは言ってもこいつは、こいつだけは僕が……!!」

『怒りと憎しみに囚われてはいけません、必ず勝てるように私に作戦があります』

「作戦?」

『はい、どうか私を信じてください』

「………」

 仲間になった当初は片言の言葉しか使えず、感情というものを持ち合わせていなかったサファイアがここまで人間的な感情を持つとは正直シャルロットは思いもしなかった。
 それなりに付き合いも長くなり幾度も彼女に助けられてきた。
 そのサファイアが信じてくれと懇願している……それだけで信用に足る根拠になった。

「分かったよ……君のやりたいようにやればいい」

 女王イカを倒す事ばかりに気を取られ負の感情に囚われていた険しい表情から一変、シャルロットの口元には笑みが浮かんでいた。

『ありがとうございます』

「皆さん前方を見てください!! 陸が見えます!!」

 エイハブの大声に船上の皆の視線が前方に集中する。
 
「ほう、あれはマウイマウイじゃな」

 顎髭を撫でながらデネブが言う。
 何と以前は二日掛かった航路が今回は僅か数時間で到達してしまったのだ。
 まもなく着岸なのだが、サファイアは速度を緩めようとしない。

「ちょっと!! サファイアストップストップ!! このままじゃ陸に乗り上げてしまうよ!!」

『はい、それでよいのです……それこそが私の狙い……皆さんしっかり掴まっていてください』

 そのままの勢いでサファイア号は砂浜を突き進む。
 もちろん女王イカは船体にしがみ付いたままだ。

「うわあああああっ!!」

 かなり内陸に来たところで急停止、反動でサファイアたちは前方に放り出されてしまった。

「娘!!」

「分かってるわよ!!」

 デネブとベガは下方向に向かって共同で防御魔法を展開、シャルロットとエイハブをも取り込んで球状の魔法障壁が出来上がった。
 彼らが中に入った魔法の球は着地するとゴム毬の様に弾み、直後に消えてなくなった。

「ぐえっ!!」

 着地に失敗し顔面から砂に突っ込むエイハブ。
 それに対してシャルロットは優雅に足から着地する。
 デネブとベガは無論魔法力を使ってゆっくりと降り立った。
 しかしのんびりとはしていられない、後方には女王イカが居るのだ。
 すかさず振り返る一行。

「あれ?」

「どうしました姫?」

「なんだか女王イカが苦しんでいるような……」

 シャルロットの言う通り女王イカの様子がおかしい、こちらに襲い掛かってくるどころかのたうち回っているように見える。

「当然でしょう、例え怪物とはいえ所詮はイカ……陸では呼吸できないのよ」

「そうか、じゃあサファイアはこれを狙って……」

 以前の経験から遥か海上で襲われた以上、海で戦わなければいけないと思い込んでいたのだ。
 それを力技でひっくり返したサファイアの発想にシャルロットは素直に感心した。
 女王イカは砂まみれになりながらも海を目指して這いずっている……しかし海の中とは勝手が違い、その動きは遅いの一言。

「みんなは手を出さないでね、こいつだけは僕が仕留めるから……」

 先ほどとは打って変わって落ち着いているシャルロット。
 女勇者の力を引き出すのに怒りと憎しみは邪魔でしかない。
 しかしふとしたことでその感情はすぐにそちらへと染まってしまう。
 幾度となく経験したにも関わらず自制できない自分を恥じ入る。
 今の彼女からは女勇者の血を受け継ぐものとしての風格が漂っていた。

「あなたはあまりにも多くの命を無為に奪い過ぎました……女勇者の名においてあなたを裁きます」

 過去の鎧に身を包み、未来の剣を天に掲げる……眩い光が刀身に集中していく。
 そして光の剣と化した未来の剣を思いきり女王イカに向かって振り下ろす。

「プリンセススラッシュ!!」

 女王イカが光に包まれる……女王イカは浄化され跡形もなく消滅していった。

「グロリア……」

 思わずグロリアの名前をつぶやく……そしてシャルロットの頬を一筋の涙が伝った。
 
(これでグロリアの魂は救われただろうか……)

「姫様……今、グロリアと申されましたかな?」

「うん、僕の大切な幼馴染だったんだ……でも女王イカに命を奪われてしまって……」

「それは元の世界の話しじゃな?」

「うん、でもなぜデネブはそんな事を?」

 元の世界ではシャルロットとデネブは面識がない。
 それはシャルロットが物心つく前にデネブが行方不明になっていたからだ。
 だからデネブがグロリアの事を知っているはずがないのだ。

「思い出したのじゃよ!! 生きていますぞ……グロリアは……!!」

「えっ?」

 シャルロットは耳を疑った……向こうの世界で女王イカと共に海に沈んだグロリアが生きている?

「それは本当かい!?」

「はい、詳しく話しましょう……まずは落ち着ける状態にしてからですな」

 海岸から少女形態のサファイアが歩いてくる……どうやら女王イカに組み付かれたダメージはなかった様だ。
 みんな疲弊している上、日が傾きつつある。

「もう日が暮れるわね、今日はここで野営にしましょう……
 エイハブちゃん、設営お願いね」

「心得ました!!」

 サファイアが体内から取り出したテントなどのアウトドア用品を広げ、エイハブが野営の準備を始めた。

「ねぇベガ……今日はマウイマウイには入らないの?」

 シャルロットの疑問はもっともだ、マウイマウイの街に入った方が落ち着けるというものだ。

「状況がどうなっているか分からない街に視界が利かない夜に訪れるものでは無いわ……
 暗闇に紛れてアタシたちを狙っている者が居るかもしれないでしょう?」

「ああ、なるほど」

 今宵はこの砂浜がキャンプ地となった。
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