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第85話 最悪中の最悪

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 魔王が復活し、西方の国家ヴェルザークを占拠したとの報を受け、エターニア王子チャールズは、グラハムを含む少数の兵を連れドミネイト帝国を訪れていた。
 魔王討伐の共闘を申し出るためである。
 
「チャールズ王子、帝国は我々の申し出を受けるでしょうか? 王子も知っての通り我がエターニアと帝国は休戦状態であり、国交が正常化出来ておりません」

 並走する馬上でグラハムが不安を述べる。
 ドミネイト帝国はこちらの世界でも軍事力による領土の拡大を進めており、エターニア王国が東方への侵攻を食い止めている状態にあった。

「ああそうだね、しかし魔王はこの世界に住む者すべての共通の敵だ……特に帝国の西側はヴェルザークに隣接している、自国に被害が及ぼうとしているんだ、こちらの提案を断る事は無いだろう」

「そうあって欲しいものですね……ところで王子、あなたは大丈夫なのですか? その……まことに申し上げづらいのですが……」

 グラハムが言葉を濁す……続けて言わんとした事を察し、チャールズが答える。

「いいよ気を使ってくれなくて……グロリアの件は謂わば私事だ、国の一大事の方が僕にとっても重要な事だよ……」

「王子……」

 数日前にチャールズとハインツ、そしてグラハムが魔王軍に応戦すべく出陣していた時の事……彼らの留守を狙って別の魔王軍の部隊がエターニアに侵攻した。
 その際、許嫁であるグロリアが犠牲になり、昨日葬儀が終わったばかりだった。
 今日の出陣にハインツは強く参加を希望したが、シャルロットの命で任務から外されてした。
 それも無理からぬこと、ハインツの復讐に燃える目はとても危うく、戦闘に参加させればきっと自らの命を顧みずに敵に向かっていく事だろう。
 これはハインツ自身のためでもある。

 この出来事が示すようにチャールズ王子は慈愛に満ち、尚且つ人を疑うという事を知らない。
 その博愛精神と穏やかな性格で国内の国民人気は非常に高く、王家に不満を漏らすものは殆どいない状態であった。
 ただ裏を返せば悪意ある人間に騙されやすいとも言える。
 当然グラハムもチャールズの人柄を認めているが、そういった良からぬ考えで王子に近づく輩がないように、お目付け役として常に側に控えていた。

 やがて渓谷を塞ぐように建設されているザマッハ砦へと差し掛かった。

「そうか、まずは砦を通してもらわなければいけないんだったね……よし」

 チャールズが馬を降りる。

「いけません王子、危険です……ここは我々が参ります」

「どうしてだい? 僕らは戦いに来たんじゃないんだよ? 交戦の意思を示さなければ大丈夫じゃないかい?」

 チャールズは良い意味でも悪い意味でも世間知らずだった。
 侵略国家である帝国に対してまでこのおめでたい発想は危なっかしいにも程がある。

「こういう場合は伝令を出すものなんです、お任せを」

「そう、分かったよ」

 何とかチャールズを思いとどまらせグラハムと数人の兵士が砦の門に歩み寄る。

「貴様ら何者だ!? ここから先はドミネイト帝国領なるぞ!!」

 砦の門の上にある見張り台からこちらを見下ろし、帝国兵が声を張る。

「我々はエターニアから来た使節団です!! 魔王の復活に関して貴国との会談を望んでおります!! どうかドミネイト王にお取次ぎを……!!」

 グラハムの言葉を受け、見張り台に詰めている兵士たちが何やら話し合っている。
 しかしどこか不穏な空気を感じ、エターニア兵士たちに緊張が走る。

「その必要はない!! 王からは誰が来ようとも、何事があっても何人なんぴとたりとも通すなとの命令が下りている!! 早々に立ち去れい!!」

「何卒!! 何卒お取次ぎを!!」

「くどい!! 警告はした!! 三度目は無いぞ!!」

「何故だ? このままでは魔王軍が進軍してきて帝国も危ういというのに何故申し出を受けようとしないんだ?」
 
 全く話にならない……しかし帝国に協力を仰げなければエターニア軍がヴェルザーク地方に進軍することは叶わないというのに。
 グラハムと帝国兵士のやり取りを遠巻きに見て茫然とするチャールズ。

「失礼ながら申します……」

 チャールズの傍らには白色の髪に緋色の瞳の少女と茶髪のポニーテールの二人の少女が控えていた。
 どちらも純白のエプロンと紺色のメイド服を着ている。
 彼女たちは遠征中の王子の世話をするために同行しているメイドであった。

「シオンとリサか……何だい?」

「帝国は自国の弱みを我々エターニアに見せたくないのです、のちの外交に影響を及ぼしますからね……それに敵である我々に助けを乞うのはプライドが許さないでしょうし」

 シオンが表情を変えずに淡々と語る。

「そんな事を言っている場合じゃないはずだろうに……」

「そこが人間の醜い所なんですよ、誰もが自分のメンツや財を肥やすことにだけ執着して他の人間を気遣わない……全ての人間が王子様のような善人ばかりではないのです」

 リサもメイドらしからぬ歯に衣着せぬ発言を王子であるチャールズに向ける。
 しかしこれは無礼などではなく、チャールズが彼女たちに許可していることなのだ……思っていることは遠慮せずに自分に言うようにと。

 「僕は善人じゃないよ……ただ他人を傷つける勇気がない臆病者さ……」

 チャールズは物憂げな表情を浮かべる。
 しかしどう対処しようか考える間もなくその事件は起こった。

「うん? 何の音だ?」

 風を切る甲高い音がかすかに聞こえる……しかもそれは徐々に大きくなり、辺りが薄暗くなり始める。

「あっ、あれは!?」

 ふと見上げた空に何か大きく黒い塊が見えるのをチャールズが見つける。
 それはどう見てもこちらに向かって落下しているものであり、このままこの場に居ては危険なのは一目瞭然だった。

「みんな!! 逃げるんだ早く!!」

「皆さんこっちです!!」

 チャールズの叫び声を受け、グラハムも即座に反応……兵たちを連れ急いで砦から離れた。

「うわあっ!! 何だあれはっ!?」

「ひゃああっ!! この世の終わりだ~~~!!」

「どけぇ!! 邪魔だ~~~!!」

 パニックを起こす帝国兵たち、しかし彼らは砦の上や中にいるせいで避難もままならない。
 他人を押し退け我先にと逃げ惑うさまは醜いことこの上ない。

「伏せて!!」

 シオンとリサを連れ立って力一杯走ったチャールズは彼女たちを庇うように覆いかぶさり地面に伏せた。
 その直後、空から降ってきた巨大物体はザマッハ砦を押しつぶし、渓谷にめり込んでいく。
 嵐のような突風が発生しエターニア、帝国お構いなしに兵士たちをゴミくずの様に吹き飛ばしていった。

「グッ……はっ……」

 必死に地面にしがみ付き何とか持ち堪えるチャールズ達。
 いつまで続くのだろうと思われる強風だったが、少しづつ収まっていった。

「二人とも無事かい?」

「お陰様で……」

「ありがとうございます!! 王子!!」

 鉄面皮のシオンと頬を染めるリサ……両者のリアクションは正反対であった。

「しかし何だったんだ今のは?」

 立ち上がったあと振り向くと、先ほどまでザマッハ砦があったところに巨大な大岩が嵌っていた。

「あれは……何だ!?」

「空から巨大な岩が降ってきて砦を押しつぶしたようですね……」

「もう!! それくらい見れば分かるわよシオンさん!! 王子はあれは何だろうと言ってるんです!!」

「さあ……分かりませんね」

「グラハム!! グラハムは無事かい!?」

「はい……何とか無事です……」

 弱々しい足取りでこちらに歩いてくるグラハム……一緒に居た兵士も無事だ。

「良かった……」

 心底安堵した表情をするチャールズ。

「しかし大変なことになりました……ここは怪我人を回収後、一度エターニアに戻りましょう」

「そうだね、分かった……無事な者は生存者の確認と怪我人の介抱を!! 急いで!!」

「はっ!!」

 チャールズの命でエターニアの人間は迅速に行動を開始、瓦礫や岩の隙間などから兵士たちを助け出していく。
 中には既に絶命してしまった者もいたが、出来る限りの捜索が続いた。

「はあ……はあ……こんなに負傷者と亡骸が多くて運びきれないな……誰かエターニアに救助の要請を」

「はい!! 私が行きます!!」

 一人の兵が名乗りを上げる。

「お願い、頼んだよ」

「お任せを!!」

 踵を返しその兵が走り出す。

『お困りのようだな、俺が手伝ってやろうか?』

 不気味な声が空から響く……その場にいた者たちが一斉に空を見上げるとそこには石のような外皮の背中から蝙蝠の翼を生やした異形の者が浮いていた。
 ガーゴイルだ……それも一体ではない、数十体は居る。

『さあ運んでやるぜ、あの世になぁ!!』

 リーダーらしき大型のガーゴイルの合図で他のガーゴイルが一斉に地上に向かって火炎を吐いた。

「うわあああああっ!! やっ、やめろーーーー!!!」

 チャールズの悲鳴同然の悲痛な叫びもむなしく、炎は地面に寝かされている怪我人と亡骸を容赦なく焼き払う。
 辺りは肉が焼ける異臭が立ち込める。

『お前がチャールズか? あのエターニアの王子の……』

「貴っ様-----!!! 許さん!! 降りてこい!! 正々堂々と勝負しろ!!」

 チャールズらしからぬ鬼の形相と強い語気……チャールズの怒りは頂点に達していた。

『そっちこそ飛んで俺を打ち取ったらどうだ? 人間の貴様には出来まい?』

 対して上空から見下ろし、ガーゴイルリーダーは余裕の笑みを浮かべていた。

『そもそもまともにお前たちと戦う気はないんだよ……』

 手下のガーゴイル二匹が急降下、シオンとリサに襲い掛かった。

「きゃあっ!! 離して!! 離して!!」

 リサがガーゴイルに捕まり、上空へと連れ去られた。
 
「触るな……」

『ギョエエエエッ……!!』

 もう一方のガーゴイルはシオンに掴みかかるも、シオンが懐から取り出した苦無の一撃を受けバラバラに崩れ落ちた。

「シオン、君は一体? いや今はそれどころではないな、リサを助けなければ!!」

「はい」

 シオンが手裏剣をリサを掴んでいるガーゴイルに放つが、難なく避けられてしまう。
 リサに中ってしまうのを恐れて狙いが甘かったせいもあるが、ガーゴイルの予測不能の軌道に狙いが定まらない。
 そのままリサとガーゴイルは手出しできない程遠くへと飛んで行ったしまった。

「くそっ!!」

「チャールズ様、ここはあなた様の命を守るのが我々の役目、どうかご同行を」

「リサを見捨てろというのか!?」

「はい、あなた様を守るためなら致し方のない事……」

「シオン!!」

 シオンの冷酷な言動に思わず胸倉を掴んでしまったチャールズ……普段の彼なら絶対にやらない行為だ。
 
「済まない……」

 すぐさま我に返り手を放す。

「叱責なら国へ帰ってからいくらでも……さあここを離れましょう」

「ああ……」

 唇を噛みしめシオンの先導に続く。



「くっ……!!」

 複数のガーゴイルの一斉攻撃を一人剣で応戦するグラハム。
 しかしいくら火球を叩き切っても止まない攻撃に対して埒が明かない。

『ほう、貴様は他の人間と違って中々の強さよ……』

 ガーゴイルリーダーもグラハムの立ち回りを見て実力を悟る。

『ただこちらとしても貴様にいつまでも構っていられないんでな……』

 手下のガーゴイルが数体、ぐらは身に対して体当たりを敢行した。
 正面から迫った一体を一刀両断している隙に他の個体に取り付かれてしまった。
 するとガーゴイルの身体が急に重くなり、グラハムは膝をつく。

「何っ!? これは……!!」

『動けまい? 貴様はそこに大人しくしていろ、じゃあな』

「この卑怯者が!! 待てーーー!!」

 ガーゴイルリーダーはグラハムを放置して飛び去った。

「うわあああああっ!!」

 グラハムの叫びが響く。



「もう少しで街道に出ます……」

「………」

 沈痛な面持ちで走り続けるチャールズ、シオンに返事も出来ない。

『おっと!! 逃がさないぜ!?』

「くっ……!!」

 シオンの前にガーゴイルリーダーが立ちはだかった。
 すぐさま苦無でガーゴイルリーダーの首に一撃を食らわせるが、苦無は首に中った所でそれ以上切り込む事が出来ない。

「何っ!?」

『そんななまくらじゃあ俺に身体に傷一つ付けられないぜ!!』

 動揺したシオンの一瞬の隙を突き、ガーゴイルリーダーは大きな掌でシオンの身体を両側から腕ごと掴んだ。

「ぬぐっ……!!」

 身じろぎしてもそこから解き放たれる事は無かった……もの凄い力だ。

『さ~~~て、これから楽しい楽しい空の旅へご招待だ……料金はお前の命でな』

「シオン!!」

 そのままの状態で勢いよく上空へと一気に飛び上がる。
 チャールズが手を伸ばした所で既に届かない。
 やがて米粒ほどの大きさにしか見えない空高くまで舞い上がった。
 反転し、今度は頭から地表に向かって落下していくガーゴイルリーダーとシオン。

『じゃあな』
 
 その状態でシオンから手を放す……真っ逆さまに高速で落下する。

「無念……」

 地面に頭から衝突し、地面に勢いよく転がるシオン……頭は割れ、夥しい量の血液が溢れ出し彼女を血の海に沈める。
 四肢は本来曲がらない方向へと折れ曲がっていた。

「シオーーーーン!!」

 急いで駆け付け身体を抱き上げる。

「に……げて……」

 そう言い残しシオンの身体から力が抜ける……シオンはこと切れていた。

『さて、チャールズ王子……魔王様があなたにお会いになりたいそうです、ご同行願えますかな?』

「………」

 チャールズは返事をしない……どうやらシオンの死を目の当たりにし、精神が絶えられなくなってしまった様だ。
 目は虚ろ、涙が止めどなく流れ、口元からは涎が垂れていた。

『あちゃー……やりすぎちゃったかな? まあいいか、取り合えず生きて連れてこいとの命令だったしな』

 ガーゴイルリーダーはチャールズを抱え、飛び去った行った。

「くっ……!! 間に合わなかった!! チャールズ王子!!」

 ガーゴイルの拘束から何とか逃れたグラハムが駆け付けた時には既にチャールズの姿はなかった。

「シオン……ゆっくり休んでください……」

 悲し気な表情でシオンの亡骸を抱き上げグラハムは北にある森の中へと姿を消した。
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