プリンセス王子と虹色騎士団

美作美琴

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第75話 バアル討伐戦

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 「はうう……」

 情けない声を出しうなだれながらバアルが待ち受ける嘆きの断崖の最上部を目指し歩くのはシャルロット、そしてティーナだ。

「大丈夫ですかシャルロット様?」

「うん、でもあのベガのいやらしい手つき……いくら未来の剣の力を引き出すためとはいえ耐え難いです……」

 出発前、その名目でベガに一しきり身体を触られまくったシャルロットは自らの腕で胸を覆う。
 
「ごめんねティーナ、こんな危険な戦いに巻き込んでしまって……本当ならイワンと一緒に逃げてくれても構わなかったのに」

「いいえ、先ほども言いましたがあなたが居てくれなければ私はイワンと再会することはできませんでした……私は百数年生きてきましたがもう思い残すことはないのです……ならばこの受けた大恩、命を懸けてでもお返ししなくては耳長族の名折れ」

「ティーナ……ありがとうね」

 二人は微笑みあい頷く。

 程なくして崖の頂上に行きつく……そこには案の定バアルが待っていた。

「ほう、よもや仲間を見捨てて逃げるとは思っていなかったが、やはり戻って来たな……
 しかし私もいささか待ちくたびれた……なので少々この人形で遊ばせてもらった」

 バアルの足元には薄汚れ、皮膚が裂け、内部構造が露出している少女形態のアイオライトがうつ伏せに倒れていた。

「アイオライト!!」

「見かけによらず頑丈よな、私の力をもってしても完全に破壊することはできなかったよ」

「貴様ーーー!!」

 アイオライトの頭を踏みつけ、下卑た笑みを浮かべたバアルを睨みつけるシャルロット。

『シャルロット様……何故……戻ってきたのですか? ……私などお見捨てになればよろしいものを……私のような道具の為に命を危険に晒すなど……合理的ではありません……』

 首だけをぎこちなく起こし、シャルロットの方を向く。
 アイオライトにそもそも生命はないし痛みも感じない、しかし苦痛に耐えながら声を絞り出しているようにシャルロットには見受けられた。

「何言ってるのアイオライト!! 僕と君は友達だ!! 僕の為に身体を張ったその友達を見捨てるなんて僕には出来ないよ!!」

『シャルロット様……』

 アイオライトの頬を額から流れ、目を経由したオイルが流れ落ちる……まるで彼女が涙を流したように見えたのだ。
 無論、絶望の巨人にそのような機能は組み込まれていない。

「フン、馬鹿馬鹿しい……もう茶番は終わったか? ではそろそろ二回戦と行こうじゃないか」

「望むところだ!!」

 シャルロットが地面を踏みしめバアルに切り掛かる……しかしバアルは翼をはためかせ上空へと避ける。

「飛ぶとは卑怯だぞ!! 正々堂々地上で勝負しろ!!」

「飛行能力は私の持ち前の能力だ、卑怯呼ばわりされる謂れはない!!」

 刹那、バアルの左頬を矢が掠る……ティーナの弓がバアルを捉えたのだ。
 視線を移すとティーナが弓をこちらに向けてつがえていた。

「ヌゥ……どこからか弓兵を雇ったようだな、しかも耳長族とは……イグニスめ、仕損じたな?」

「君もじきにイグニスのもとへ送ってあげるから一緒にあの世で悔い改めるんだね!!」

「言うじゃないかお姫様……私をイグニスの様なノロマと一緒にするなよ? ハッ!!」

 バアルが突き出した両掌から竜巻を発生させシャルロット目がけて放つ。

「フッ!!」

 シャルロットが剣で一閃、竜巻は両断され掻き消える。

「切れた!!」

 感嘆の声を上げる。
 以前は切れなかったバアルの竜巻が切れるようになっていたのだ。

「ムゥ、この短期間でそこまで成長するとは……何があった?」

「べーーーっ!! そんなの教える訳ないじゃない!!」

  あかんべーをして挑発する、不本意とはいえベガのが効果を発揮していた。

「そうか、ならもう手加減は要らぬな……ヌゥン!!」

 バアルが今までの様に両手を前に突き出すが、今度は指を大きく開いている。
 するとその各々の指先から別々に計十本の竜巻が発生したのだ。

「なっ、何それ……」

 その迫力に圧倒されるシャルロット……バアルがそのまま両腕を左右に開くと辺りは目も明けていられない程の暴風に見舞われる。
 踏ん張った足も徐々に後退させられていく。

「シャルロット様!!」

 ティーナが矢を番え精神統一する……徐々に矢の先に魔法力が集中していくと、矢を中心に風が渦巻いていた。

「『ウインドエレメントインパクト』!!」

 風を纏った矢が螺旋を描きながら宙を裂きバアル目がけて打ち出される。
 あまりの速さに並みの者には目視できない程だ。

「何!? この攻撃は!!」

 なんとバアルは『ウインドエレメントインパクト』に反応を見せた。
 避けるのが間に合わないと判断し両腕を突き出し竜巻で防御を試みた。
 だがまるでドリルの様に突き進む『ウインドエレメントインパクト』はバアルの竜巻をことごとく打ち消していく……そして矢はバアルの掌まで到達していた。
 そう、これは先ほどシャルロットたちが複数の竜巻に包囲された時に放たれ、脱出口を作ったあの攻撃だったのだ。
 

「ヌゥウウウウアアアアア……!!」

 しかし気合で『ウインドエレメントインパクト』を矢ごと握りつぶす……指と掌には無数の切り傷を負い、裂けて血が滴っている。

「やってくれたな……しかしこれ程の強力な魔法、お主もただでは済むまい?」

「ううっ……」

 バアルに指摘された直後、ティーナが胸を押さえて跪く。
 苦しそうに浅い呼吸を何度も繰り返している。

「ティーナ!! どうしたの!?」

「『ウインドエレメントインパクト』は……莫大な魔力を消費するのです……一度放てばそれ以上その日は魔法を使えなくなるほどの……」

「えっ!? じゃあそれを今日は二回も使ったのかい!?」
 
「は……い……」

 もはや返事をするのも大変な状態のティーナ。
 しかしこうなる事はあらかじめ覚悟していた。
 一度目の発射の時は姿を誰にも見られないように長距離から狙った、それは魔力が枯渇したところを狙われないためであった。
 しかし今は形振りを構っていられる場合ではなかったのだ。
 シャルロットを守るために。

「一瞬、肝を冷やしたがもう打ち止めのようだな……次はどう防ぐ?」

 手から流れる自らの血を舐めながらにじり寄ってくるバアル……彼女を庇うように前に立つシャルロット。

(まだかい、アルタイル……)

 シャルロットは待っていた……この場にシャルロットとティーナしか現れなかったのには訳がある。
 他の者がとある作戦を実行するためであるのだが、どうやらその準備が遅れているようなのだ。
 しかしバアルは手を傷つけられたことで頭に血が上ったのか近接戦を仕掛けてくるつもりなのだろう、両手の甲部分から細身の剣を出現させている。
 
「さて、今度は肉弾戦で勝負と行こうじゃないか」

「二刀流……!!」

「私がただ風を操るだけしか出来ないと思ったか?」
 
 言うが早いかバアルは一瞬にして間合いを詰めてくる。
 シャルロットは寸でのところでかわしたが、こちらの動きを確認してから腕の振りを変え切りつけてくる。

「うっ……!!」

 僅かに切っ先が二の腕に掠る……血の飛沫が宙に舞う。
 バアルは翼を使って滑空、旋回し再びシャルロットに向かって突進してきた。

 バアルの剣の柄を握らない攻撃方法、これなら傷ついた掌を使う必要がない……突く、薙ぎ払うなど腕の延長的な感覚で扱えるが、熟練を要する構えだ。
 恐らくは自身の素早さと飛行能力を生かしたヒットアンドアウェイ戦法を得意としているのだろう……そう判断したシャルロットは久し振りにある技を開放することにした。

「グラハム流剣技!! アサルトイリュージョン!!」

 シャルロットは自身の横に左右三人ずつ、計六人の分身をさせる。
 
「何っ!? 分身だと!?」

 動揺により一瞬躊躇したバアルの動きにブレーキが掛かる……その隙を突き分身シャルロットたちは円で包むようにバアルを取り囲んだ。

「やあああっ……!!」

 そして円の中央に居るバアル目がけて一斉に突きを見舞う。

「くっ、何の……!!」

 咄嗟に羽ばたき上空に逃れ、分身シャルロットたちの突きをかわす。
 分身たちはお互いの剣先をぶつけ合う形で止まった。

(あの攻撃を回避された!? これは不味いことになったね……)

 即興とはいえ自分でも会心の一撃だと思われた攻撃をいとも簡単にかわされてしまい、意気消沈のシャルロット。
 相手は伊達に四天王最強と呼ばれていないと実感する。

「危ない危ない、これ程の技を隠していたとはいやはや恐れ入ったよ……
 これは近づくのは控えた方が良さそうだ」

 距離を取り上空へと羽ばたいていくバアル、これではシャルロットが手を出す事が出来ない。
 ティーナが戦闘不能なのを見越した上での行動……狙撃の心配がないのが分かっているからだ。

「ではこれから兎狩りといくか……いつまで避け切れる?」

 右手だけをこちらに向け掌から空気を凝縮して作られた球体を連続発射する。

「クッ……どこまでも卑怯な!!」

「何とでも言え、これが力ある者の特権よ!!」

 シャルロットも俊敏さでは負けていない、紙一重でよけ続ける……しかしスタミナが、伝説の装備の活動限界が来て動きが止まった時が一巻の終わりだ。

(まだ!? もう持ちこたえられない!!)

 肩で息を切らしていると微かだが地面が振動するのを感じる。

(どうやら彼らの準備も整ったようだ、僕も時間稼ぎとしては上出来だね)

 何を思ったかシャルロットが足を止めた……そして振り返りバアルを見る。

「おや? もう逃げるのはお終いですか? 観念したというなら仕方がないですが」

「観念するのは君の方だよバアル……」

「何っ……」

 余裕綽綽のバアルに向かって満面の笑みを湛えるシャルロット。
 その笑顔に不気味なものを感じたバアルは魔法を発射するべく手を突き出した……しかしそこから風の魔法が発射されることはなかった。

「どっどうした事だ!? 魔法が……!!」

「そうでしょうそうでしょう……彼らがやってくれたようだ」

「貴様!! 何をした!?」

 慌てるバアルに不敵な笑みを浮かべるシャルロット。

 一体アルタイルたちは何をしたのであろうか。
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