プリンセス王子と虹色騎士団

美作美琴

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第71話 嵐の王と嘆きの断崖

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 「ツィッギー……レズリー……安らかに眠ってください……あなたたちの無念は私が必ず果たします」

 焼け野原を散策し、無事な木材を拾い集め十字に組み、地面に突き立てた墓標に手を合わせ誓いを立てるシャルロット。

「アルタイル、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 アイオライトと共に奥に控えていたアルタイルに歩み寄る。

「何でしょう?」

「あのイグニスという魔王軍の戦士は自分を四天王と名乗っていた……僕の世界には居なかったんだけど」

「ああ、それはそうでしょうね、四天王は魔王が復活してから現れた存在ですから……あなたの世界はまだ魔王の復活前でしたよね、ご存じないのも無理はない」

「そうなんだ……」

 シャルロットにとってこれはちょっとした誤算だった、以前の世界で知った情報をもとにこちらの勢力図を逆転させるつもりが、四天王の登場というイレギュラーにより計画が狂いつつあったのだ。
 それともう一つ、元の世界では無事だった仲間がこちらでは命を落としているというのもかなり大きな損失であった。

「次はどうします、姫様?」

「次はドミネイト帝国に行くつもりなんだけど、まさかやっぱり……」

「はい、お察しの通り瓦礫の山ですよ……軍事力において我がエターニアと双璧を成すと謳われたあの帝国がですよ? 当時その報告を受けた時は私も耳を疑ったものです」

「そう……」

 シャルロットも帝国にはあまり良い印象は持っていなかったが、滅んでしまったと聞くと心が痛む。

「帝国には何を探しに行かれるのですか?」

「帝国にも『絶望の巨人』が居るはずなんだよ、アイオライトの姉にあたる子がね
 私の世界では敵側のシェイドによって目覚めさせられてそちらに付いてしまったけど……だけどまだ眠っているなら今度は僕の味方になってもらおうと思ってさ」

「なるほど、それはいいですね……」

 アルタイルはこれまでの短い冒険の間にアイオライトの有用性を理解していた。
 巨人形態は大きな障害を取り除くパワー、少女形態ですら対魔法能力ならびに格闘能力……戦力として兵士を数十人連れて行くより余程有効なのだ。
 それがもう一人加わるのに何の異論があろうか。

「瓦礫の山という事だけど、恐らくエターニア同様遺跡は地下にあるはず……取り合えず行ってみようよ」

「分かりました、では早速準備を……」

『お待ちくださいシャルロット様』

 これから出発といった所にアイオライトが異を唱える。

「どうしたのアイオライト?」

『ここから南東に空間の歪みを検知しました……』

「空間の歪みだって!?」

 その言葉に過剰に反応するシャルロット。
 自分がこの別の世界線のエターニアに来たのはアークライトが放った空間転移の魔法に巻き込まれたのが発端だ。
 尚且つ一緒に巻き込まれた上、その転移中の空間内でサファイアとはぐれてしまっている。
 近くに空間異常があるなら放ってはおけない。

「分かった、まずはそちらを調査するよ……みんなついてきて」



 しばらく木々の生い茂る林道を歩くと潮風が強くなってくる、おまけに先ほどからまるで人の唸り声に似た不気味な音が響いてきた。

「何なの? この不快な音は?」

「はい、この辺は地形の影響なのか風がこのような音に聞こえるのです……そのせいでこの先の岸壁は『嘆きの断崖』と呼ばれているんですよ」

「『嘆きの断崖』……どこかで聞いたような……」

 その地名に物凄く聞き覚えがあったシャルロットだったが何故かもう少しの所で思い出せない。
 何となくもやもやした気持ちのまま歩き続けるとやがて視界が開けた。

「うわぁ……いい眺め」

 今の状況下、不謹慎ながらも辿り着いた岸壁から見下ろす海の景色に感嘆の声を上げるシャルロット。
 遮蔽物がないせいで強風がなお一層、無遠慮に彼らに吹き付ける。

「ここには悲しい伝承が言い伝えられているので、普段から誰も寄り付かないんですよね……平和な時代でも怪しげな女の影を見たなんて噂も立っていましたし」

「その手の話しは他にいくらでもあるよね、大抵は根拠のないものが多いんだけど……それでアイオライト、その空間の歪みはどの辺に感じられたんだい?」

『はい、反応は丁度私たちの真下になっています』

「何だって!?」

 驚いたシャルロットとアルタイルは慌ててその場から飛びのく。
 しかし暫く様子を見るが特に何も起こらない。

「ああ驚いた……もう、そういう事は早くいってよね!!」

『申し訳ありません』

 無感情に謝罪をする。
 起動してからそう時間が立っていないアイオライトは、まだサファイアほど機転は利かないようだ。

「姫様、もしかするとアイオライトは誤った反応を感知したのではないでしょうか?」

「う~~ん……その可能性は捨てきれないけど、僕はアイオライトを信じたい……」

 顎に指を当てて考え込む……そしてあることを思いついた。

「アイオライト、反応はまだそこにあるのかい?」

『はい、現在も反応は継続中です』

「目の前にそれがないという事は、上、もしくは下にあるのではないかな……」

 空を見上げるが、見た限り異常はない……わずかに雲があるが快晴だ。

「アルタイル、この崖は海側からはどうなって見えるんだい?」

「申し訳ありません、海側から見たことがないのではっきりとは申し上げられないのですが、切り立った断崖になっていると思われます」

「ねえ、海側から崖を見ることはできないかな、ここからロープを下げて降りるとか」

「いけません姫様、危険です……誤って落下してしまったら命はありませんよ?」

「そうは言うけどさ、気になるんだよね」

 シャルロット一行がどうするか考えあぐねていると、海側からより一層強い風が彼らを襲った。

「うわっ!! 一体何なの!?」

「ほう、見慣れない者らがおるな……何者だ?」

 堪らず両腕で顔を覆い隠していると、上空から声がした。
 それまでが嘘のように静まり返ったので手を除け空を見上げると、白い天使のような翼を背中からはやした一人の男が宙に浮遊していた。
 頭には鋭利な角の生えた兜を被っている。

「そちらこそ何者です!? 相手に名を問うのならまずは自分から名乗りなさい!!」

「おっと、それは失礼した……私は魔王軍四天王が一人、『暴風のバアル』だ……して、そなたは?」

「私はエターニア王国王女、シャルロットです!!」

「何だと? エターニアには王女は居ないはずだが?」

「はぁ……またこの反応だよ、これじゃあ新しい四天王に会うたび説明しなきゃなんないのかな?」

「何を言っている?」

「あぁごめん、こっちの話し……さっきも四天王と名乗る者が挑んできたので軽く一蹴したところさ」

 突然の四天王の登場に内心穏やかではないシャルロットだがおくびにも出さない。
 ここで下手に出ては相手に付け入るスキを与えかねないからだ。
 正直なところ、先の四天王イグニスですら突然の覚醒が起こったことで何とか倒せた……あんな幸運が何度も起こるとは信じがたい、ここははったりでも余裕を見せつけねばならない、これは戦における駆け引きだ。
 いつの間にかシャルロットもしたたかさを身に着けていたのだ。

「そうか、イグニスの反応が消えたのはそなたの仕業か……面白い、その力存分に私に見せてみよ!! はっ!!」

 バアルの突き出した両掌から強力なつむじ風が発せられた。
 シャルロットが後ろに飛び退きよけるも、直前まで立っていた地面が深く広く抉られる。

「危ないじゃないか!!」

(何だこの風は? ここまで強力な風魔法は見たことがない!!)

 魔術師であるアルタイルも驚愕する程の威力……突風で人や対象物を吹き飛ばす魔法はいくらでも見てきたが、風の力のみで対象物をここまで破壊する強力なものにはお目にかかったことがなかった。

(恐らく空気を螺旋状に高速回転させることでその威力を倍加しているんだ……何という魔法練度……!!)

「『嵐の王』とまで謳われた私の力、見くびるなよ!! せいっ!!」

 今度はシャルロットたちを取り巻くように多数の竜巻が発生する。
 それらは徐々に包囲を狭め、彼女らに近づいていく。

「完全に囲まれた……」

『私にお任せを』

 アイオライトが変形を始め、巨人形態になった。

「何だと!? 何故絶望の巨人がそなたらのもとに居る!?」

「あーーー……そのセリフも言っちゃうんだ?」

 シャルロットは苦笑いを浮かべるが、もうこれはお約束として諦めるしかないようだ。

『フン!!』

 正面の竜巻に手を付く巨人アイオライト、しかしそもそも実体の存在しない風を押し返すなど出来ない……とうとうアイオライトは身体を竜巻に巻き取られてしまった。

『ムッ………!!』

 高速回転しながら上空へと突き上げられていくアイオライト。
 
「何という事だ……あの巨体を苦も無く持ち上げてしまうとは……!!」

 なすが儘、竜巻のうねりに翻弄されたアイオライトはシャルロットたちを包囲していた竜巻の輪の外へと追いやられる。
 そのまま背中から激しく地面に落下、地面にめり込んでしまった。

『パフォーマンス80パーセント低下……行動不能……』

 そう声を発し、そのまま動かなくなってしまった。

「アイオライトーーー!!!」

「他人を心配する余裕がそなたらにあるのか!? さあ反撃して見せよ!!」

「くっ……!! 言わせておけば!!」

 シャルロットが剣を竜巻に向かって振り回すが、切ることもかき消すこともできない、それどころか剣を持っていかれそうになるのを抑えるのが関の山だった。

「むぅ……一体どうしたらいいんだ……」

 尚も狭まる竜巻の包囲網……万事休す。
 しかし外側から別の竜巻が現れ、包囲の竜巻の囲いに衝突したのだ。
 するとその部分の竜巻が掻き消え僅かな隙間が出来た。

『さあ、こちらへ!!』

 聞いたことのない女性の声がする、恐らくは外側から竜巻の魔法を放った本人だろう。

「今の内に逃げましょう!!」

「でも、アイオライトが……!!」

「残念ですが今は助けられません!! お早く!!」

「くっ……」

 倒れているアイオライトを尻目に後ろ髪惹かれる思いのシャルロットだったが、アルタイルの言う通り今を逃しては脱出のチャンスはもう無いだろう。
 声の導き通りその出来た隙間から脱出を図る二人。

「何者!? まだ仲間が居たのか!?」

 竜巻を自分の意思で解除したバアルであったが、そのわずかな時間のうちにシャルロットたちは姿を消していた。

「逃げたか……しかし焦ることはない、この者が居る限り彼奴等は再び戻ってくるだろう」

 力を失い裸の少女の姿になってしまったアイオライトを見下ろし、バアルは特にシャルロットを追う事はしなかった。
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