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第70話 僕は女の子
しおりを挟む「やああああっ!!」
怒りからなのか、先ほどまで持ち上げるのも大変だった未来の剣を上段から一直線に振り下ろす。
「おらぁ!!」
だがそに剣撃を軽々と右掌で受け止める四天王『業火のイグニス』。
「んんっ? 何だぁ?」
刀身に触れている掌から煙が上がる……イグニスは慌てて剣を離し後ろへ飛びのいた。
「炎の化身である俺様に火傷を負わせるとは……その剣、てめえは何者だ?」
先ほどまでのふざけた態度は鳴りを潜め真顔でシャルロットに問う。
「僕は女勇者の系譜……シャルロットだ!!」
「女勇者……シャルロットだと? ギャハハハ!! 笑わせる!! そんなへなちょこな太刀筋でか!? 今は様子見で剣を受けたが、今からはてめえの攻撃が俺様に中ることは無い!!」
一瞬困惑した表情を浮かべたイグニスであったがすぐに太々しい態度に戻る。
「言わせておけば!!」
「ほら、どうしたどうした!! お前の力はそんなもんか!?」
「うわああああああっ……!!」
手の平を上に向けてかかってこいと手招きするイグニスに激昂してシャルロットは未来の剣を出鱈目に振り回す。
怒りに任せた攻撃はことごとくかわされ、空を虚しく切るだけだった。
ただでさえ小柄で身体に見合わぬミドルソードを振り回している時点で剣さばきにまったくキレが感じられない。
本来の『未来の剣』は女勇者の末裔である女性なら軽々と扱え、潜在している対魔の力を引き出せるとされていた。
しかしシャルロットは男性……実は扱う資格を有していない。
だが、元の世界では『時の三女神』の啓示で生来女性としての教育を受けた事もあり、短時間ではあるが力を引き出せていたのだ。
ところがこちらの世界に来て自分が男性である事を知り、尚且つイグニスの挑発に乗って怒りに任せて戦う事によりその力さえ失っている……今は辛うじて持ち上げがむしゃらに振り回すのが関の山だった。
「よくもツィッギーとレズリーを!!」
「あ~~ん!? ああ、あの双子の別嬪さんの事か、確かこの森の村長だったか……あんな細っこい身体で最後まで俺様に楯突いたっけな~~」
耳垢をほじり、抜いた指に付いた耳垢を吹き飛ばしながら語るイグニス。
「くっ……!!」
「だけど手足の骨を叩き折って無抵抗にしたところで首を鷲掴みにしてやったらよ、
綺麗な顔がゲロに塗れて臭えのなんの!!」
「貴様ーーーー!!! それ以上二人を侮辱するなーーーー!!!」
シャルロットの表情がかつてないほど怒りに歪む。
普段の彼女からは想像もできない表情だ。
「妹の方かな? 何度も何度も姉さま姉さまうるせえからそのまま焼き殺して消し炭にしてやったのよ!! あの時の姉の絶望しきった顔は今思い返しても傑作だったな、ギャハハハハ!!
「ああああああああっ!!!」
「いけませんシャルロット様!! 奴の挑発に乗ってはいけません!!」
アルタイルが呼び掛けるがシャルロットの耳には届いていない。
(むう、あのイグニスという男、口汚く相手を挑発することに手練れている
そうやって罵り嘲り、シャルロット様を怒らせ平常心を極限まで削ぐつもりなのだ
奴がそれを楽しんでいるのは間違いないが、これは戦略的な意味でもかなり有効だ)
こう分析するも今のシャルロットにこれを説明したところで怒りに我を忘れている彼女にはきっと届かないだろう。
アルタイルが魔法で援護したくても、彼女の動きが予想できないほど滅茶苦茶で同士討ちが怖くて手が出せない。
すでにシャルロットはイグニスの計略に嵌ってしまったのだ。
(だが、イグニスがここまで姑息な手を使うのは裏を返せば未来の剣が怖いのだろう、姫様の集中を乱せば攻撃にスキが出来るからかわし易くなる……さっきのやり取りでこの剣は危険だと悟ったんだ)
アルタイルの状況分析は正しかった……初手以来、イグニスは未来の剣に触れることなくすべて避けている。
そして突如シャルロットに異変が起こる。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
剣を地面に突き差し跪いてしまった、息も上がって苦しそうだ。
元々ベストの状態でも数分しか伝説の装備を使い熟せなかったものが、現在に不調の中怒りに任せて無理矢理に力を引き出したせいで一気に体力を消耗してしまったのだ。
「何だか初めて会った時からてめえの様子がおかしかったんでな、様子を見てたんだが……てめえ、その装備を使えてないだろう?」
「くっ……」
シャルロットが上目使いでイグニスを睨みつける……まさかこんな短時間でこちらの状況を見透かされてしまうとは、四天王は伊達ではないといったところか。
「火傷を負わされた時は正直焦ったが、そろそろ遊びは終わりだ」
前に突き出したイグニスの掌に円に十文字を組み合わせ形状の炎が発生する。
「燃え尽きろ!! アンクファイアー!!」
イグニスの手から激しい炎が噴き出した……それは一直線にシャルロットめがけて突き進む。
「シャルロット姫!!」
アルタイルの悲痛な叫び……しかしその炎がシャルロットに命中することはなかった……アイオライトがシャルロットの前に割って入ったからだ。
腕を身体の前でクロスした状態でアンクファイアーを食らったが無傷のアイオライト……無論ドレスは燃え尽きてしまったが。
「ヌッ!? 何だこのガキは!!」
『姫様を…コロさせない……』
片言の発声が少し流暢になり始めていた。
その直後、アイオライトは全裸のままイグニスに向かって殴り掛かったのだ。
「グアッ!!」
一瞬の動揺の隙を突かれ、アイオライトの一撃をまともの左の頬に食らってしまったイグニスは派手に後方へ飛ばされ、地面を転がった。
「何だ!? てめえは一体!?」
尚も間髪入れずアイオライトは上空に跳ね上がり地面に大の字に倒れているイグニスに向かって拳を叩きこむ。
「うおっ!! あぶねえ!!」
寸でのところで寝転がりそれをかわすも、地面は砕け土砂が激しく飛散する。
全裸の少女に追い回される大男という奇妙な光景が繰り広げられてる中、アルタイルは地面にへたり込んでいるシャルロットの元へと駆け寄っていた。
「大丈夫ですか姫様!? さあこれを飲んで!!」
アルタイルから渡されたガラスの小瓶にはハチミツ色の液体が入っている。
「……これは?」
「私が研究している回復薬です、まだ狙った効果を発揮していませんが今はせめてこれで体力を回復してください!!」
「分かったよ、ありがとう」
瓶の蓋を開け、一気に煽る……すると全身の疲労が嘘のように消え去り立ち上がれるまでに回復した。
「凄いじゃないかアルタイル!! ここまで効果がある回復薬は見たことがないよ!!」
「いえ、滅相もない……疲労は抜けますが、怪我はごく浅いものまでしか直せないのです、まだまだ改良の余地があるかと……しかし姫様、疲労が回復したところでこのままではあのイグニスなるものには勝てませんよ?」
「仕方ないじゃないか、無理と分かっていてもここで僕が奴に勝たなければ世界は終わる、ツィッギーとレズリーの仇は打てない」
回復薬で上向いていた感情が反転、再び険しい表情のシャルロット。
しかしこのまま先ほどと同じ轍を踏ませるわけにはいかない。
アルタイルは意を決して口を開く。
「姫様、怒りの感情に任せて戦っても先ほどの二の舞……あなたは絶対にあやつには勝てないでしょう」
「何を言うんだ、今度こそはうまくやるよ!!」
「いいえ、必ず返り討ちに遭います、ツィッギー様とレズリー様と同じ末路をたどるでしょう……断言します」
「なっ……」
歯に衣着せぬアルタイルの発言、シャルロットは衝撃を受けた。
奥ではまだアイオライトとイグニスが格闘を続けているのだが、目に入らぬほどに。
「本当はあなたも分かっているのでしょう? このままでは駄目だと……
怒りによって潜在的な男性的気性の粗さが出てしまっている……牢で私があなたに男性である事を教えてしまったのも要因の一つでしょう、この事態を招いてしまった原因は私にもあるので姫様だけを責めるのはお門違いなのでしょうが敢えて言わせていただきます……あなたはあなた自身を取り戻してください」
「僕が僕自身を取り戻す……?」
その言葉を聞いてシャルロットが落ち着きを取り戻す。
「そうです、身体は男性に生まれながらも女性として生きてきたあなたの十五年間は本物でしょう? それを今一度思い起こしてください」
シャルロットは振り返る……物心ついた頃より可愛いものが好きで、絵本の中の王子様に憧れ、フリフリの洋服を好んで着、ぬいぐるみを片時も離さなかった幼少期。
淑女たる知性と教養を叩きこまれ、辛くても女性として向上していると喜びを感じていた少女時代。
そこでのちに恋心を寄せることになるハインツ、姉妹同然に育つことになるグロリアと出会う。
ハインツとの決闘、トラブルで彼とのファーストキス、ハインツに見立てたクマのぬいぐるみに抱き着きながら愛を語りながら眠る夜。
虹色騎士団結成後もハインツを想わなかった日はなかった。
「そうだった……僕は……私は女の子……ハインツが大好きな一人の女の子だった……」
目を瞑り胸の前で両手を合わせるシャルロットからは先ほどまで滾っていた殺気は消え失せ、代わりに温かな気力が湧きだし溢れてきたのだ。
それはその場にいる者すべてが感じ取っていた、アルタイルもアイオライトも、そして敵であるイグニスですら。
「何だぁ? この甘ったるい気配は……」
アイオライトを殴り飛ばした後、戦いの手を止めイグニスがその気配の方を見るとシャルロットがゆっくりと立ち上がっているのが見えた。
『この波動は……ナニ? 解析不能……』
地面に倒れたまま未知の力の分析に入るが答えを導き出せないアイオライト。
シャルロットの胸を中心に眩い光が広がっている、もっとも近くにいたアルタイルはその温かな光に中てられ顔を上気させその場に座り込んでしまった。
「ああ……姫様……なんと麗しい……」
恍惚とした表情を浮かべ骨抜きになってしまっている。
しかしイグニスは違った。
「てめえ!! その不快な光を消しやがれ!! 吐き気がするぜ~~~!!」
地面を振動させながらシャルロット目がけて走ってくる……拳には炎を纏って。
そのままの勢いで炎の拳を彼女目がけ突き出す。
「どうだ~~!! あれっ!?」
確かにシャルロットを捉えたと思ったイグニスだが、そこに彼女の姿はなかった。
「可哀そうに……あなたは愛を知らないのですね……」
「てめえ!! いつの間に!?」
シャルロットはイグニスのすぐ後ろに立っていた。
慌てて振り向くイグニスだがシャルロットはいつの間にか彼の胸元に掌を当てていた。
「ウォアアアアアア……!!!」
胸が焼けるように熱い、自らを炎の化身と謳うイグニスすら悲鳴を上げる熱さ。
彼の胸の中心にはくっきりとシャルロットの手形が残っていた。
「何しやがる!!」
攻撃を繰り出すもシャルロットには掠りもしない……先ほどとは立場が一転してしまった。
「凄い……これが女勇者の真の力……」
目の前の光景を信じられないといった風のアルタイル。
「愛なき者よ……無に帰りなさい」
一閃……目にも止まらぬシャルロットの斬撃がイグニスの胴を捉える。
しかしイグニスは何も起こらなかった。
「……おっ、驚かせやがって……今のは外れたのか……ってあれっ!?」
身体を捩った瞬間、イグニスの視界が上下反転する。
腹が横一文字に切られていて上半身が身体から切り離され真っ逆さまに地面に落ちた。
「グワワワッ!! 何じゃこりゃぁ!? 痛みを感じなかったのに!!」
切断面から夥しい血液が噴き出し血だまりを作る。
「さあ、お眠りなさい……今度は愛ある境遇に生まれ変われるといいわね」
地面で既に物言わぬイグニスの上半身の横に跪き瞼を閉じさせるシャルロット。
直後、シャルロット自身も気を失い、その場に前のめりに倒れこんでしまった。
「シャルロット様!!」
アルタイルとアイオライトが彼女のもとに駆け付ける。
「良かった、気を失っているだけです」
シャルロットを仰向けに横たえアルタイルは介抱を始めるのだった。
「あのお方は一体……? もしかしたら私たちの力になってくれるかもしれない……」
戦場のはるか彼方から一部始終を見ていた者が居た。
踵を返しその場を離れる時、頭を覆っていたフードが外れた……その頭には長い耳があった。
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