プリンセス王子と虹色騎士団

美作美琴

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第39話 ベガ・レポート

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 「あら~ん…お久し振りシャルルさま~ん!!」

野営の為に建てた王族用の大型テントの入り口の布をはぐりベガが入って来た。

「ゲッ…お前は…ベガか…!?」

椅子に腰かけていたシャルルがベガの姿を見るや否や驚きと共に怪訝に眉をひそめる…しかしその表情の変化を見逃すベガではない、すかさずシャルルの側に擦り寄る。

「まあ、どうしたのシャルル様…?久し振りにアタシに会えて緊張しているの~ん?」

「…そっ…そう言う訳では無い…」

額に汗を浮かべ明らかに挙動不審なシャルル…視線をベガと合わせようとしない。

「あなたが独身の頃はあんなに激しくアタシにアタックしてきたくせに~」

ベガがシャルルの耳元でボソリと囁くと彼の額には夥しい量の汗が滲み、目が泳ぎ始める。

「ななな…何を言ってるんだね…はははっ…」

本人は一笑に伏したつもりの様だが、端から見るにただのひきつり笑いになっていた。
実際、シャルルがまだ一介の騎士であった頃、若き日のエリザベート姫のお付きをしていた魔導師ベガに求愛していたのは事実なのだ…しかし。

「あの頃のあれはお前を女だと思っていたからであって…男と知っていたら始めから口説くものかっ!しかもお前ときたら暫く女の振りをして私をからかいおって…!」

「ウフフ…いいじゃない~あの頃のシャルル様ったらで可愛かったんだもの…今みたいな筋肉ダルマじゃなくて~でもその後あなたをエリザベートに取られちゃって…惜しい事をしたわ~ん」

両手を握りしめクネクネと身体をくねらすベガを見てシャルルの全身を悪寒が駆け巡る。
その姿を横目にアルタイルがベガに話しかけた。

「それにしてもお前がこのタイミングで戻って来るとは思いもよらなかったよ…諸国を巡って何か興味深いものは見付けられたのか?」

「そうね…色々と見てきたわよ、何から話したらいいか迷う位にね…」

「ではその話の中に『古代魔導兵器』についての事柄はあるか?」

「当然大有りね、アタシの専門分野だし…なに?あなたも興味があるの?」

「ああ…今まさにその情報を欲しているお方が居るんだよ」

「シャルロット様ね…?いいわ、姫様にお会いましょう…アタシも彼女がどれだけご成長なさったか見てみたいもの」

手の平を合わせ満面の笑みのベガ。
声こそ野太いが、美しく麗しい姿だ…若気の至りでうっかり告白してしまったシャルルを責める事は出来ない。

「じゃあまた後でねシャルル様…エリザベートとご無沙汰だったのなら今夜、夜伽に行ってあげるわ~ん」

「バカ者!!そう言う事を言うんじゃない!!臣下の者が誤解をするだろう!!」

頭から湯気を上げそうな勢いで怒っているシャルルをしり目にベガとアルタイルはテントを後にした。



「やあハインツ、何か収穫はあったかい?」

調査を終え、姫専用のテントに戻って来たハインツを出迎えるシャルロット、しかしハインツの表情は晴れない…力無く首を横に振るだけだった。

「駄目だな…奴ら、証拠になる様な物は髪の毛一本残していかなかったよ…」

やや乱暴気味に野営用の折り畳み式の椅子に腰を下ろす。

「そう…微妙に当てが外れたかな、彼らの情勢を知る手掛かりが少しは掴めると思ったのだけれど…」

「おいおい贅沢を言うなよ…帝国の脅威を抑え込んだ事はエターニアの歴代の国王すら無し得なかった事だぞ…お前は誇っていい働きをした…」

いつに無く優し気な眼差しのハインツ…シャルロットの胸が僅かにときめく。

「あれ…珍しいね…君が素直に僕を褒めてくれるなんて…おだてても何も出ないよ?」

「茶化すな…俺は真面目に言っている…」

ハインツはおもむろに立ち上がりシャルロットに近付いて行く。
そして二人はお互いの息が掛かる程の距離まで接近していた。
見つめ合う二人…シャルロットが目を閉じ顔を上げた。
ハインツが顔を近づけたその時…。

「お邪魔するわよシャルロット姫!!」

テントの入り口を剥ぐってベガが入って来た。
シャルロットとハインツは脅かされた猫の様に軽く飛び跳ね、慌ててお互いに背中を向け離れた。

「あらら~?お邪魔だったかしら~?アタシ達の事なら気にしないで続けて頂戴?」

「出来るか~!!ってあなたは…」

突然の失礼な来客に憤慨するも冷静さを取り戻すシャルロット。
目の前の人物から只ならぬ気配を感じたからだ。

「本当はそうじゃ無いんだけど初めましてシャルロット様…アタシは魔導士のベガと申します、よろしくね」

胸元に手を当てニコリと微笑む。

「ああっ…あなたが!!アルタイルから噂は聞いていますよ…何でも古代遺跡や魔導兵器に詳しいとか…」

「ええ…現代に古代人が生き残っていなければ知識量においてアタシの右に出る者は居ないでしょうね」

「あなた面白い事を言うわね…」

「パトロンを喜ばす会話術も心得ていなと遺跡調査は出来ないんですのよ?」

目を瞑り胸を張るベガ。

「ますます気に入ったよ…ねえベガ、僕に君が知っている古代魔導兵器に関するその知識を教えてくれないかな?」

シャルロットの十八番、気を許した相手には砕けた口調になるのだ。
しかしベガは特に驚きもせず話を続けた。

「今アタシが偶然ここに戻って来たのもきっと運命なんでしょうね…宜しくてよ?何なりとお聞きくださいな」

「ありがとう…恩に着るよ!!」

ガッシリと手を取り合う二人…その後、調査に出ていた他の虹色騎士団レインボーナイツ達が戻るとそのまま帝国領を離れエターニア王国への帰途に就いた。



そして翌日の城内の会議室。

「おはよう諸君!!よく眠れたかな!?」

今日は朝から上機嫌のシャルロット。
昨日は城に帰ってからささやかな宴が開かれた…ベガの帰還を祝うための宴だ。
宴と言っても形式ばった物ではなく、ちょっとした立食パーティーである。
そこでシャルロットはベガが約十年異国で見聞きして来た珍しくも不思議な土産話を沢山聞いたせいで興奮し中々寝付けなかったのだ。
普通なら寝不足になりそうなものだが、逆に彼女のテンションは上がりっぱなしであった。

「朝から元気ですねシャル様…私は眠くて眠くて…」

「お前はまだまだお子様だな…そんな事では夜警など務められないぞ」

そういうハインツはピンピンしている…これも日頃の鍛錬のお蔭なのだろうか?
言ったそばから席に着いたまま舟をこぎ始めたグロリア…イオとアルタイルも眠そうだ。

「もう~だらしないわよアルタイル~昔は研究で何日も徹夜しても大丈夫だったじゃない~!!」

「無茶言うなベガよ…身体が子供のせいか夜更かしが出来なくなってるんだよ…」

「あら、これは失礼…」

「あの…ベガ様…」

「あら~どうされましたツィッギー様?」

「昨夜の冒険譚はとても興味深い物でしたわ…長く領土に籠っていた私にはとても刺激的な内容で…宜しければ今夜もお話をお聞かせ願いませんか?」

ツィッギーは羨望の眼差しでベガを見つめる。

「え~と…それはお約束出来ないかもしれませんね~…風の吹くまま気の向くまま…何せアタシは根っからの風来坊なので…でももし今夜まだアタシがこの城に居るようでしたら喜んでお聞かせしますわ」

「ありがとうございます」

何故、王宮付きの魔導士ながら何者にも縛られずベガが諸国を回る事が出来るのか…それは彼が先代の女王、エリザベートの母の時代からそういう契約の元にエターニアに仕官しているからに他ならない…だからシャルルにもエリザベートにすら彼の旅立ちを引き止める事は出来ないのだ。
しかしその理由を知る物は今やベガ本人だけであるので、彼が口外しなければ謎のままだ。

「では早速本題に入ろうか…まずは絶望の巨人デスペアジャイアントについてだけど文献には三体存在した事になっているよね…うちの団員のサファイアとシェイドが持ち去ったとみられる赤い巨人で二体確認されている…だからもう一体あるはずなんだ…もしもう一体もシェイドに渡る事があればきっと大変な事になるだろう」

シャルロットの発言に先程まで和気あいあいとしていた場の空気が一気に凍り付く。
団員たちは先日の帝国領で起こった巨人同士の戦いを目撃している…ものの数分で街が大規模に破壊されてしまったのだ、あれにもう一体巨人が加わって暴れようものならもう手のつけようが無くなってしまう。
しかしここでベガが口を挟む。

「あの~その心配は無いんじゃあないかしら?」

「どうしてそう言い切れるんだい?」

「三体目は居ない…いえ違うわね、三体目の巨人は二度と動く事が無いからよ…」

ええっ?と会議場内がどよめく…それは一体どういう事なのか。

「三年前…マウイマウイという南の島に行った事があったの…そこにも遺跡があったのだけれどそこの地下で黄色い体色の巨人の残骸を発見したわ…」

「それは本当なのかい!?」

「ええ勿論…それは仰向けで倒れていたのだけれど腹部から胸部に掛けて大きく破損していてね、魔動力炉…魔法を生産して動力に変える装置と、コア…これは私達人間に例えると脳にあたる部分なんだけど、それがごっそり無くなっていたわ…破損状態から少なくても数百年前にはそうなっていた様ね…」

「そうだったんだ…」

シャルロットはホッとした表情を見せる。

「でも油断しては駄目よシャルちゃん…あなた達の報告書を見る限り、エターニア地下遺跡とドミネイト地下遺跡の巨人をこのシェイドとか言うお坊ちゃんが探し当てたと言う事はその黄色い巨人の魔動力炉とコアを何らかの形で持っていると言う事になるのだから…ある意味こっちの方が危険かもしれないわね…」

「あっ!!そうか…」

シャルロットは考える…
サファイアがドミネイトの赤い巨人の居場所を突き止め、意思の疎通が出来たのは巨人がお互いを認識する為に備わっている機能だからだ。
シェイドが巨人の在処を探れたと言う事は同等の機能を持った装置かそれその物を持っている可能性が高い。

「もう一つあまり良く無い知らせがあるわね…」

「今度は何だい?」

ベガの口から今度はどんなことが語られるか戦々恐々の一同…その予感はあながち間違いではなかった。

「西のヴェルザーク地方に古代の巨大戦車が眠るという言い伝えがあるのよ、それはもう山の様に大きな戦車のね…シェイド達がそれに手を付けていなければいいのだけれど…」

「何だって!?」

シェイド達は西から進行して来た節がある…あの狡猾で計略家のシェイドがその情報を掴んでいないはずが無い。

「仮にシェイドがその戦車を手に入れていたとして、何故その戦車で攻めて来ないんだろう?それを使えば帝国なんかに与することなく帝国を戦車で破壊してこのエターニアに侵攻すれば良いものを…」

「そうね、確かにそんな回りくどい事をしなくてもここに攻めて来れたわよね…彼らが戦車を手に入れていないか若しくは修復不能なほど壊れているかもしれない訳だし…まあ可能性の一つと考えておいて頂戴な」

「…ありがとう、頭の片隅に置いて置くよ…」

しかし知ってしまったからには不安は中々頭から離れないものだ…シャルロットは気持ちを切り替えるために紅茶を一口、口に含んだ。

「では次に…ベガは『現在の盾』の所在を掴んでいないかい?」

『現在の盾』…これは『過去の鎧』『未来の剣』と並び、魔王を倒す為に必要な三種の神器の一つだ。
しかし二千年前の大戦時に行方不明になってしまい、現在も所在不明のままなのだ。
これを見つけ出すのもシャルロット達の重大な任務の一つである。

「ご免なさいね~最近見つけた古い文献にも遥か南の方角に飛んで行った事位しか情報が無いのよ~」

ベガが申し訳なさそうに表情を曇らす。

「まあ仕方が無いね…最近は僕たちもシェイドの対応に追われて調査が止まっていた訳だし…」

しかしこうなるともはやこちら側から打って出るという事は難しい状況になってしまった…あまりにも情報が少なすぎる。
また再びシェイドの後手に回るしかないのだろうか。
ここでシャルロットが俯いたまま考えを巡り出した。
だがいここでハインツは嫌な予感がしていたのだ。

(何だ何だ?まさかあいつまた突拍子も無い事考えてるんじゃ無かろうな…)

そしてシャルロットはおもむろに顔を上げてこう言った。

「よし決めた…我々虹色騎士団レインボーナイツは西に進軍して情報を収集する…各自遠征の準備をせよ!!」

シャルロットが右手を前に突き出し高らかに宣言したのだ。

「おい待てよ!!遠征って簡単に言うけどな、どれだけ大変かお前は分かってるのか!?」

ハインツがやっぱりか、と声を荒げる。

「僕の事を心配してそう言ってくれるのはよく分かってるよ…いつもありがとう」

「なっ…何だよこんな所でいきなり…」

彼女の予想していなかった返答に困惑するハインツ。
皆が見ている中、見る見る顔が赤くなる。

「以前お母様が言っていたよ…何でもかんでも自分の言う事を盲目的に聞く者を家臣にしてはいけないってね」

「…それが今何の関係があるんだ!?」

「主人に対して物おじせずに意見を言える…君は僕の家臣に相応しい人物って事さ…だからずっと僕の側に居てくれないか?」

「なっなっ…!!」

ハインツは顔から火が出そうだった…。
シャルロットの姿がいつもの数倍愛おしく思える。

(はいはいご馳走様…)

一同は心の中でそう思ったがグロリアだけは違った。

(シャル様…兄上…)

グロリアは無意識に左手の薬指の黒い指輪をいじってしまう。

「君とここに居る騎士団の皆が居ればどんな困難にも打ち勝てる…そうは思わないかい?」

「それはそうだ…俺たちは日夜、お前を守るために研鑽を積んでいる…」

「じゃあこれで僕も安心だ…遠征での活躍、期待しているよ!!」

「おっ…おう!!、任せろ!!…あっ…」

ハインツはハッとした…又してもシャルロットの口車に乗ってしまったのだ。
しかし既に遅し、後の祭り…。

「よーーーし!!みんな、遠征頑張ろーーーっ!!」

落ち込んで床に手を突くハインツをよそに、一同はシャルロットの号令に同調し声を上げた。




『ほほう…姫君は西に遠征か…楽しそうな事だ…』

椅子に腰掛け自分の左手薬指の指輪から発せられる音声に耳を傾けているのはシェイドであった。
ここはシェイド達のアジトで昔、大戦時中に造られたどこかの国の軍の本陣のひとつだ…至る所に武器や防具が散乱していた。

『何を呑気な、まだ我々もあれの調整が出来ていないのですぞ…今シャルロット姫に来られては都合が悪い…』

『分かってるよグリム…所でなあハイド、姫君に振り回されているハインツと言う騎士を君はどう思う?』

動揺するグリムを制し、槍を持ちシェイドの傍らに立っているハイドに質問を投げかけた。

『まるでおままごとですね…王子を姫として扱ったり、あまつさえ男同士で恋仲になるなど…嫌悪感で反吐が出ます…』

『まあそう言ってやるな…姫は自分の事を男だと知らないんだよ…勿論ハインツもな』

『………』

押し黙るハイド…それ以降彼は暫く口を利かなかった。

『それでどうなさるんです?このまま奴らを行かせるおつもりで?』

女アサシン、リサがシェイドの足元に膝ま付く。

『う~んそうだな…おっ、そうだいいことを思い付いたぞ…リサよ、あの女に連絡を取れ…』

『どういった御用向きで?』

『さっきのハイドとの会話で思い付いたんだが…そろそろシャルロット姫には自分に向き合ってもらおうと思ってね…今までは武力行使だったがそれでは姫君の心を折る事は出来ないらしい…ならば次はからめ手を使うまでの事…』

『まあ…意地悪です事…では早速行って参りますわ』

リサは一瞬にしてその場から姿を消した。

『シャルロットよ…もう少しで成人なんだ…そろそろ将来を考えるといい…』

漆黒の仮面が邪魔で表情は窺い知れないがシェイドは明らかにほくそ笑んでいた。
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