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第25話 魔王の呪いと姫君の秘密
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『グアアアアアアァオオオ!!!!』
世界を揺るがすほどのこの世の物とは思えぬおぞましき絶叫が辺り一帯に轟く。
極彩色の空…大きく断絶した大地…その亀裂からは真っ赤に煮えたぎったマグマが吹き出している…。
そんな地獄の様な舞台で山ほどの巨大な存在と一人の少女戦士が対峙していた。
『グウウウッ…見事だ…人間の身でこの私に討ち勝つとは…』
巨大な存在の方は左肩から右脇腹に掛けて斜めに大きな太刀傷が走っている…。
彼の息は絶え絶えで、どうやら致命傷の様だ。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
がくりと膝を着き肩で息をする少女戦士…手にしていた『未来の剣』を地面に突き差し何とか踏み止まる。
彼女はブロンドのカーリーヘアに蒼い瞳で身体には露出度の高い女性用の鎧である『過去の鎧』と左手には円形で鏡の様に輝く盾…『現在の盾』を装備していた。
そう…彼女こそ何を隠そう、のちに女勇者と称えられ、エターニア王国建国の祖と言われる事になる女戦士ダイアナである。
だとすれば目の前にそびえ立つ大男は世界を壊滅寸前まで追い込んだ魔王その人ということになる。
『…にしても彼奴等め…ここまで人間に加担するとは…そんなに私が憎いかね…』
ダイアナの装備を見ながら恨めしいそうにつぶやく…だがどこか寂しげでもあった。
「…当たり前でしょう!?あなた、自分が何をしたか分かっている!?こうして討ち滅ぼされてもあなたには文句を言う資格はないのよ!!」
ダイアナはよろよろと立ち上がり鋭い視線で魔王を睨みつける。
ひび割れた枯れた大地と極彩色に穢れた大空、そしてどす黒く濁った大海…この光景はここだけに留まらず世界全体がそうなってしまっていた。
そのすべてが彼女の目の前に立つ魔王とその眷属の仕業である。
『フフッ…私の身体はじきに消滅するだろう…だがこのまま死を待つつもりは無い…せめて一矢報いようぞ…』
「何ですって…!?」
魔王が上体を反らす…ボロボロと崩れ行く身体…その額にある赤い宝玉が輝き、それはどんどん大きくなっていく。
明らかに攻撃の動作…それも相当強力なものであることを彼女の勘が告げている。
しかしダイアナにはもう回避するだけの体力が残っていなかった。
否応なく左手の『現在の盾』を身体の正面に配置し、身体をなるべく小さくし脚を踏ん張った。
やがて魔王の額から発射された深紅の怪光線は盾を直撃した…ズルズルと後退していく足元は地面をめくり上げていく。
「…くっ…!!」
苦悶の表情で耐えるダイアナであったが、その光線の余りの威力に左手が後方に持って行かれそうになる。
やがて盾は彼女の左手から外れ、遥か彼方の上空へと飛ばされてしまった…もう目視で追う事も叶わない。
『これでもう…『三種の神器』が揃う事は無い…いい気味だ…』
ニタニタと下卑た笑いをたたえる魔王…身体の崩壊はさらに進んでいた。
恐らく先程放った攻撃で身体を維持する力が失われたのであろう。
「…何だってこんな嫌がらせをするのです!?こんな事をしても死に逝くあなたには何の得にもならないでしょう!?」
『フフッ…それがそうでもないのだよ…フフッ…』
激昂するダイアナに対してどこか余裕のある魔王…一体何を考えているのか。
『私の身体は程なく滅ぶだろう…だが魂までは滅ばぬ…!!必ずや蘇ってこの雪辱を晴らしてくれよう!!』
「何ですって!?まさか…その時の為に!?」
『そうとも…あの『三種の神器』とおまえの聖なる血筋が揃わねば私を滅ぼす力は発現しない…神器を欠けさせただけでは探し出されれるかも知れぬ故、お前にも呪いをかけさせてもらった…』
「…何を言って…ああっ!!?」
ダイアナの顔が青ざめる…彼女の下腹に見るからに不気味な、蝙蝠が羽を広げた様などす黒い紋様が浮かび上がっているではないか…どうやら先程の怪光線を浴びた時に呪いを受けてしまったのだろう。
『知っているぞ…その聖なる力…お前の血族の力は女性にだけ受け継がれると言う事を…それは私が再び目覚める時、子孫に女が生まれなくするものだ…』
身体の全体にひびが広がる…魔王の身体はもう限界に達していた。
「こんなものっ…!!」
ダイアナは必死に腹を擦るが当然そんな事をしても文様は消えない。
『その呪いは子々孫々まで受け継がれる…子孫に男が生まれた時に絶望するが良い…フハハハハハッ…』
高笑いを残し魔王の身体は崩れ去り灰塵となり風に掻き消されていった。
「ああっ…何て事っ…!!こんなのって…一生の不覚だわっ!!」
ダイアナは地面に膝から崩れ落ち頭を抱える。
彼女…ダイアナの一族は代々女勇者の聖なる力を受け継いでいた…これは彼女の祖先が女神により授かった力だ。
その為、末裔に当たる子孫には女神の加護により必ず女の子が生まれる様になっていた。
そして誕生した女児に力は引き継がれ、それまで力を有していた母親はその力を失う。
しかしダイアナが受けてしまった呪いはそれを妨害するものであり、男が生まれてしまえばそこで力を受け継ぐものが絶えてしまう事を意味していた。
それは女勇者の一族にとっての存亡の危機であった。
「ううっ…ぐすっ…」
四つん這いになり泣き咽ぶダイアナ…そこに三人の人影が近づいた来た。
「まぁ…大丈夫ですかダイアナ?」
最初に声を掛けて来たのはベルダンデであった…肩に手を置き心配そうにダイアナの顔を覗き込む。
「ご苦労…と言いたい所だが…大変な事になってしまったな…我々が直接彼の者とあいまみえる事が出来ぬ故、汝には辛い思いをさせてしまった…」
普段の尊大な態度と裏腹にねぎらいの言葉を掛けるウルト。
「モイライ!!何とか私に掛けられた呪いを解く事はできませんか!?」
髪を振り乱しウルトの純白の衣にしがみ付くダイアナ…その瞳からは大粒の涙が溢れ出ていた。
「ゴメンね~ダイアナ~その呪い…あたしたちの加護を突き破る程の強力な念が籠っているからあたしたちにも解けないの~ホント、ゴメンね?」
「そっ…そんな…」
軽いノリでスクードに言われてしまい呆然自失のダイアナ…再び地面に手を着いてしまう。
「しかしあの者…再び復活するなどと宣《のたま》っていたな…」
ウルトが腕を組みながら難しい顔をする。
「そうですわね…こちらもそれに合わせて手を打たなければ…スクードちゃん、ちょっと先見《さきみ》を使って魔王の復活時期を割り出してもらえる?」
「かしこまりっ!!」
ベルダンデがスクードに依頼した先見《さきみ》とは未来を見る事の出来る能力で、モイライの三人の中で未来の女神である彼女にしか出来ない。
因みに過去の女神ウルトは過去見《かこみ》という過去を見る力…
現在の女神ベルダンデは現在の事象を固定する…今現在を維持しつづける時間停止に似た力がある。
「………」
スクードが放心したように遠くを見たまま身動き一つしなくなった…どうやらこれが先見《さきみ》をしている状態の様だ。
そして不意に彼女が元に戻った。
「分かった~今から二千年後だよん!!」
「…二千年後か…間違いないな?」
「うん!!その十六年前にダイアナの子孫に男の子が生まれるから間違いないよ!!」
ウルトの問いに元気よく答える…しかしそれを聞いて穏やかでいられないのはダイアナだ。
やはり自分の子孫に男の子が生まれてしまう…それは決定してしまった未来なのだ。
「モイライ!!何とかなりませんか!?このままでは二千年後にまたこの世界に危機が…!!いえ、今度こそ魔王に滅ぼされてしまいます!!どうか…どうか…お力添えを!!」
土下座にも似た地面にひれ伏すダイアナの涙の懇願…魔王を倒した功労者の願いをさすがのモイライも邪険には出来なかった。
「一つ…試してみたい事があります…上手くいくかどうかは分かりませんが…」
「ベルダンデ様!!それは一体…!?」
「その産まれてくる男の子…女の子として育ててみませんか…?」
「えっ………」
ベルダンデが何を言っているのか分からずダイアナは固まってしまった。
「その男の子を産まれてからすぐに女の子として育て、自分を女の子と信じて疑わなくなれば女勇者の力が覚醒するのではと思ったのですが…完全には覚醒しませんでしたね…」
『無色の疫病神』との戦いを振り返ると、始めこそ力を発揮していたシャルロットであったが、途中で力が減退…何とか倒せたから良いもののそれ以上の力を持つ魔王が復活した際には恐らく全くと言っていい程歯が立たないであろうことは想像に難くない。
「でもね?まだ諦めちゃいけないと思うの…『三種の神器』も盾が無かった訳だし…まだ三年あるからシャルちゃんもまだまだ女の子として成長するかもしれないでしょう?」
ポンと胸の前で手を叩くベルダンデ。
何だかどこか楽しんでいる節がある。
「ちょっと待って下さい…まるで当たり前の様に話してますが…えっ?シャルロット様が男の子!?本当なんですか!?」
混乱するイオ…それもそうだ、見た目は完全に美少女で、優雅な身のこなしはどこをどう見てもお姫様その物であったのだから。
無論、シャルロット本人も自分を女の子と思い込んでいるので、不自然さは全くなかったのであろう。
しかし親しい者の前でのみ使っていた一人称が『僕』だったのは彼女のどこかでまだ男の子の部分が無自覚に残っていたのかもしれない。
「今まで黙っていて申し訳ありません…あの子が男の子なのは本当の事なのです…出来ればこれからも変わらずあの子に接してあげて下さい…」
エリザベートが深々と皆に向かって頭を下げる。
「いえっ!!おやめください王妃様!!頭をお上げ下さい!!」
慌てて王妃に頭を上げる様に促すグラハム…しかし皆一様にショックを受けている様で心ここに在らずだ。
「これを隠す様に指示したのは私たちなの…シャルちゃんに使命を全うしてもらう為には余計な邪魔が入ってほしくなかったので」
「…成程…伝説が形骸化した現在、王子が誕生したとなるとお家騒動が起こるかも知れませんから…」
今迄ずっと静観していたシオンがぼそりと口を開いた。
それを聞いて王と王妃、グラハムの表情が険しくなる…数日前に起こったシャルロットの暗殺未遂事件…これは身内の関与が疑われているのも事実。
姫として育てていたにも拘らず起こってしまった事件だ、王子だったらもっと露骨に襲撃して来たかもしれない。
それをけん制する意味でもエリザベートは本来女王に成るべきところを退き、夫であるシャルルを王に迎えたのだ。
これはエターニアの君主が女王でなければならないという古き因習を払拭する目的があった。
「ええ…実際ウルトお姉様の祝福はお役に立ったでしょう?」
クスッと含み笑いをするベルダンデ。
確かにすべての状態異常を無かった事にする『過去の祝福』によって毒を無効にできたのは疑いようのない事実だ。
「あれあれ?よく見たらシャルちゃんお胸が大きくなってるよ?」
スクードが横たわるシャルロットの胸が大きくなっている事を見付けてしまった。
「あら本当…でも好都合ね…」
「なっ…何をなさるので!?」
シャルル王の心配をよそにベルダンデがシャルロットの胸の上に手をかざす…すると胸が僅かに光り、そして消えていく。
「このままの状態を維持しようと思いまして…そうすればシャルちゃんが男の子である事を知られるリスクが減りますから…」
ベルダンデにはその物の時間を現在の状態に固定できる…つまりシャルロットの胸はパイチの実の効果が切れても女性の様に大きいままだと言う事だ。
「ええっ!?息子の胸がおっぱいになってしまった…」
シャルルはシャルロットの胸に触りそうになっていた…その指の動きのいやらしさといったら筆舌に尽くしがたい。
「もうっ!!」
エリザベートに思いっきりこずかれた。
「確かにこの件は秘密にしなければならないね…シャル様本人は当然としてハインツとグロリアに教えないというのも話を聞けば納得だ」
「何故ですお師様?シャル様に教えないのは分かるんですが…ハインツ様とグロリアさんに教えないというのは…」
「お前な…シャル様が女性としてのアイデンティティを保てているのは誰のおかげだと思っているのだ…それに親しい者との関係が揺らぐのは好ましくない…少し考えれば分かろう…」
アルタイルは呆れた…いくら興味がないとはいえイオにも少しは女心を理解してもらいたいと思った。
「では皆様…今の話はくれぐれもご内密に願います…せめてこの子が十六になるまでは…」
「はい!!」
一同は機密保持の約束を固く交わした。
「ふ~んなる程ね…どおりであの子がパイチの実に反応するはずだわ…」
屋敷のベランダに腰掛けていたツィッギーが一人呟く。
耳の良い耳長族だ、少し離れた位では壁越しでも話が聞き取れてしまうのだった。
「聞く気は無かったのだけど…あの子たちを気に入っちゃったんだよね…私」
清々しい顔でよ風に吹かれるツィッギーであった。
世界を揺るがすほどのこの世の物とは思えぬおぞましき絶叫が辺り一帯に轟く。
極彩色の空…大きく断絶した大地…その亀裂からは真っ赤に煮えたぎったマグマが吹き出している…。
そんな地獄の様な舞台で山ほどの巨大な存在と一人の少女戦士が対峙していた。
『グウウウッ…見事だ…人間の身でこの私に討ち勝つとは…』
巨大な存在の方は左肩から右脇腹に掛けて斜めに大きな太刀傷が走っている…。
彼の息は絶え絶えで、どうやら致命傷の様だ。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
がくりと膝を着き肩で息をする少女戦士…手にしていた『未来の剣』を地面に突き差し何とか踏み止まる。
彼女はブロンドのカーリーヘアに蒼い瞳で身体には露出度の高い女性用の鎧である『過去の鎧』と左手には円形で鏡の様に輝く盾…『現在の盾』を装備していた。
そう…彼女こそ何を隠そう、のちに女勇者と称えられ、エターニア王国建国の祖と言われる事になる女戦士ダイアナである。
だとすれば目の前にそびえ立つ大男は世界を壊滅寸前まで追い込んだ魔王その人ということになる。
『…にしても彼奴等め…ここまで人間に加担するとは…そんなに私が憎いかね…』
ダイアナの装備を見ながら恨めしいそうにつぶやく…だがどこか寂しげでもあった。
「…当たり前でしょう!?あなた、自分が何をしたか分かっている!?こうして討ち滅ぼされてもあなたには文句を言う資格はないのよ!!」
ダイアナはよろよろと立ち上がり鋭い視線で魔王を睨みつける。
ひび割れた枯れた大地と極彩色に穢れた大空、そしてどす黒く濁った大海…この光景はここだけに留まらず世界全体がそうなってしまっていた。
そのすべてが彼女の目の前に立つ魔王とその眷属の仕業である。
『フフッ…私の身体はじきに消滅するだろう…だがこのまま死を待つつもりは無い…せめて一矢報いようぞ…』
「何ですって…!?」
魔王が上体を反らす…ボロボロと崩れ行く身体…その額にある赤い宝玉が輝き、それはどんどん大きくなっていく。
明らかに攻撃の動作…それも相当強力なものであることを彼女の勘が告げている。
しかしダイアナにはもう回避するだけの体力が残っていなかった。
否応なく左手の『現在の盾』を身体の正面に配置し、身体をなるべく小さくし脚を踏ん張った。
やがて魔王の額から発射された深紅の怪光線は盾を直撃した…ズルズルと後退していく足元は地面をめくり上げていく。
「…くっ…!!」
苦悶の表情で耐えるダイアナであったが、その光線の余りの威力に左手が後方に持って行かれそうになる。
やがて盾は彼女の左手から外れ、遥か彼方の上空へと飛ばされてしまった…もう目視で追う事も叶わない。
『これでもう…『三種の神器』が揃う事は無い…いい気味だ…』
ニタニタと下卑た笑いをたたえる魔王…身体の崩壊はさらに進んでいた。
恐らく先程放った攻撃で身体を維持する力が失われたのであろう。
「…何だってこんな嫌がらせをするのです!?こんな事をしても死に逝くあなたには何の得にもならないでしょう!?」
『フフッ…それがそうでもないのだよ…フフッ…』
激昂するダイアナに対してどこか余裕のある魔王…一体何を考えているのか。
『私の身体は程なく滅ぶだろう…だが魂までは滅ばぬ…!!必ずや蘇ってこの雪辱を晴らしてくれよう!!』
「何ですって!?まさか…その時の為に!?」
『そうとも…あの『三種の神器』とおまえの聖なる血筋が揃わねば私を滅ぼす力は発現しない…神器を欠けさせただけでは探し出されれるかも知れぬ故、お前にも呪いをかけさせてもらった…』
「…何を言って…ああっ!!?」
ダイアナの顔が青ざめる…彼女の下腹に見るからに不気味な、蝙蝠が羽を広げた様などす黒い紋様が浮かび上がっているではないか…どうやら先程の怪光線を浴びた時に呪いを受けてしまったのだろう。
『知っているぞ…その聖なる力…お前の血族の力は女性にだけ受け継がれると言う事を…それは私が再び目覚める時、子孫に女が生まれなくするものだ…』
身体の全体にひびが広がる…魔王の身体はもう限界に達していた。
「こんなものっ…!!」
ダイアナは必死に腹を擦るが当然そんな事をしても文様は消えない。
『その呪いは子々孫々まで受け継がれる…子孫に男が生まれた時に絶望するが良い…フハハハハハッ…』
高笑いを残し魔王の身体は崩れ去り灰塵となり風に掻き消されていった。
「ああっ…何て事っ…!!こんなのって…一生の不覚だわっ!!」
ダイアナは地面に膝から崩れ落ち頭を抱える。
彼女…ダイアナの一族は代々女勇者の聖なる力を受け継いでいた…これは彼女の祖先が女神により授かった力だ。
その為、末裔に当たる子孫には女神の加護により必ず女の子が生まれる様になっていた。
そして誕生した女児に力は引き継がれ、それまで力を有していた母親はその力を失う。
しかしダイアナが受けてしまった呪いはそれを妨害するものであり、男が生まれてしまえばそこで力を受け継ぐものが絶えてしまう事を意味していた。
それは女勇者の一族にとっての存亡の危機であった。
「ううっ…ぐすっ…」
四つん這いになり泣き咽ぶダイアナ…そこに三人の人影が近づいた来た。
「まぁ…大丈夫ですかダイアナ?」
最初に声を掛けて来たのはベルダンデであった…肩に手を置き心配そうにダイアナの顔を覗き込む。
「ご苦労…と言いたい所だが…大変な事になってしまったな…我々が直接彼の者とあいまみえる事が出来ぬ故、汝には辛い思いをさせてしまった…」
普段の尊大な態度と裏腹にねぎらいの言葉を掛けるウルト。
「モイライ!!何とか私に掛けられた呪いを解く事はできませんか!?」
髪を振り乱しウルトの純白の衣にしがみ付くダイアナ…その瞳からは大粒の涙が溢れ出ていた。
「ゴメンね~ダイアナ~その呪い…あたしたちの加護を突き破る程の強力な念が籠っているからあたしたちにも解けないの~ホント、ゴメンね?」
「そっ…そんな…」
軽いノリでスクードに言われてしまい呆然自失のダイアナ…再び地面に手を着いてしまう。
「しかしあの者…再び復活するなどと宣《のたま》っていたな…」
ウルトが腕を組みながら難しい顔をする。
「そうですわね…こちらもそれに合わせて手を打たなければ…スクードちゃん、ちょっと先見《さきみ》を使って魔王の復活時期を割り出してもらえる?」
「かしこまりっ!!」
ベルダンデがスクードに依頼した先見《さきみ》とは未来を見る事の出来る能力で、モイライの三人の中で未来の女神である彼女にしか出来ない。
因みに過去の女神ウルトは過去見《かこみ》という過去を見る力…
現在の女神ベルダンデは現在の事象を固定する…今現在を維持しつづける時間停止に似た力がある。
「………」
スクードが放心したように遠くを見たまま身動き一つしなくなった…どうやらこれが先見《さきみ》をしている状態の様だ。
そして不意に彼女が元に戻った。
「分かった~今から二千年後だよん!!」
「…二千年後か…間違いないな?」
「うん!!その十六年前にダイアナの子孫に男の子が生まれるから間違いないよ!!」
ウルトの問いに元気よく答える…しかしそれを聞いて穏やかでいられないのはダイアナだ。
やはり自分の子孫に男の子が生まれてしまう…それは決定してしまった未来なのだ。
「モイライ!!何とかなりませんか!?このままでは二千年後にまたこの世界に危機が…!!いえ、今度こそ魔王に滅ぼされてしまいます!!どうか…どうか…お力添えを!!」
土下座にも似た地面にひれ伏すダイアナの涙の懇願…魔王を倒した功労者の願いをさすがのモイライも邪険には出来なかった。
「一つ…試してみたい事があります…上手くいくかどうかは分かりませんが…」
「ベルダンデ様!!それは一体…!?」
「その産まれてくる男の子…女の子として育ててみませんか…?」
「えっ………」
ベルダンデが何を言っているのか分からずダイアナは固まってしまった。
「その男の子を産まれてからすぐに女の子として育て、自分を女の子と信じて疑わなくなれば女勇者の力が覚醒するのではと思ったのですが…完全には覚醒しませんでしたね…」
『無色の疫病神』との戦いを振り返ると、始めこそ力を発揮していたシャルロットであったが、途中で力が減退…何とか倒せたから良いもののそれ以上の力を持つ魔王が復活した際には恐らく全くと言っていい程歯が立たないであろうことは想像に難くない。
「でもね?まだ諦めちゃいけないと思うの…『三種の神器』も盾が無かった訳だし…まだ三年あるからシャルちゃんもまだまだ女の子として成長するかもしれないでしょう?」
ポンと胸の前で手を叩くベルダンデ。
何だかどこか楽しんでいる節がある。
「ちょっと待って下さい…まるで当たり前の様に話してますが…えっ?シャルロット様が男の子!?本当なんですか!?」
混乱するイオ…それもそうだ、見た目は完全に美少女で、優雅な身のこなしはどこをどう見てもお姫様その物であったのだから。
無論、シャルロット本人も自分を女の子と思い込んでいるので、不自然さは全くなかったのであろう。
しかし親しい者の前でのみ使っていた一人称が『僕』だったのは彼女のどこかでまだ男の子の部分が無自覚に残っていたのかもしれない。
「今まで黙っていて申し訳ありません…あの子が男の子なのは本当の事なのです…出来ればこれからも変わらずあの子に接してあげて下さい…」
エリザベートが深々と皆に向かって頭を下げる。
「いえっ!!おやめください王妃様!!頭をお上げ下さい!!」
慌てて王妃に頭を上げる様に促すグラハム…しかし皆一様にショックを受けている様で心ここに在らずだ。
「これを隠す様に指示したのは私たちなの…シャルちゃんに使命を全うしてもらう為には余計な邪魔が入ってほしくなかったので」
「…成程…伝説が形骸化した現在、王子が誕生したとなるとお家騒動が起こるかも知れませんから…」
今迄ずっと静観していたシオンがぼそりと口を開いた。
それを聞いて王と王妃、グラハムの表情が険しくなる…数日前に起こったシャルロットの暗殺未遂事件…これは身内の関与が疑われているのも事実。
姫として育てていたにも拘らず起こってしまった事件だ、王子だったらもっと露骨に襲撃して来たかもしれない。
それをけん制する意味でもエリザベートは本来女王に成るべきところを退き、夫であるシャルルを王に迎えたのだ。
これはエターニアの君主が女王でなければならないという古き因習を払拭する目的があった。
「ええ…実際ウルトお姉様の祝福はお役に立ったでしょう?」
クスッと含み笑いをするベルダンデ。
確かにすべての状態異常を無かった事にする『過去の祝福』によって毒を無効にできたのは疑いようのない事実だ。
「あれあれ?よく見たらシャルちゃんお胸が大きくなってるよ?」
スクードが横たわるシャルロットの胸が大きくなっている事を見付けてしまった。
「あら本当…でも好都合ね…」
「なっ…何をなさるので!?」
シャルル王の心配をよそにベルダンデがシャルロットの胸の上に手をかざす…すると胸が僅かに光り、そして消えていく。
「このままの状態を維持しようと思いまして…そうすればシャルちゃんが男の子である事を知られるリスクが減りますから…」
ベルダンデにはその物の時間を現在の状態に固定できる…つまりシャルロットの胸はパイチの実の効果が切れても女性の様に大きいままだと言う事だ。
「ええっ!?息子の胸がおっぱいになってしまった…」
シャルルはシャルロットの胸に触りそうになっていた…その指の動きのいやらしさといったら筆舌に尽くしがたい。
「もうっ!!」
エリザベートに思いっきりこずかれた。
「確かにこの件は秘密にしなければならないね…シャル様本人は当然としてハインツとグロリアに教えないというのも話を聞けば納得だ」
「何故ですお師様?シャル様に教えないのは分かるんですが…ハインツ様とグロリアさんに教えないというのは…」
「お前な…シャル様が女性としてのアイデンティティを保てているのは誰のおかげだと思っているのだ…それに親しい者との関係が揺らぐのは好ましくない…少し考えれば分かろう…」
アルタイルは呆れた…いくら興味がないとはいえイオにも少しは女心を理解してもらいたいと思った。
「では皆様…今の話はくれぐれもご内密に願います…せめてこの子が十六になるまでは…」
「はい!!」
一同は機密保持の約束を固く交わした。
「ふ~んなる程ね…どおりであの子がパイチの実に反応するはずだわ…」
屋敷のベランダに腰掛けていたツィッギーが一人呟く。
耳の良い耳長族だ、少し離れた位では壁越しでも話が聞き取れてしまうのだった。
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