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第18話 『無色の疫病神』
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「久しいなイオ…それと姫様…」
その口振りからアルタイルだと分かるのだが、その人物は五歳くらいの子供であった。
いつもはローブを顔の半分位目深に被り目元が隠れている彼だが、その子供には微かにその面影がある。
アルタイルが五歳の頃はきっとこんな感じの子供だったのではないか…と。
ギュッと着ているスカートのすそを掴む。
何故か彼は緑色のワンピースのスカートを履いていた。
「えっ!?君…あのアルタイルなのかい!?」
「恥ずかしながら…」
「かっ…カワイイ!!」
物凄い起きおいで駆け寄りギュッと抱き付くシャルロット。
「駄目ですよ!!お師様は僕の物なんですからね!!」
負けじとイオもアルタイルに抱き着きグイグイと頬ずりをする。
「ちょっ…ちょっと!!止めてくれないか!!」
顔を真っ赤にするアルタイル少年。
可愛いなどと言われた上に揉みくちゃにされて恥ずかしさがピークに達していた。
「あっ…その服はね彼の身体が子供になってしまったせいで着ていた服が合わなくなってしまって…だから私のお古を着てもらっているのよ」
ツィッギーが目の前の状況に戸惑いながら説明をする。
「でも、お師様どうしてそんなお姿に!?」
「イオの疑問はもっともだね…アルタイル…君の身に何があったんだい?」
「まあなんだ…これから順を追って説明するから待ってくれないか?…ツィッギー殿…頼みます」
アルタイルはツィッギーに目配せをする。
「立ち話も何ですからどうぞお入りになって」
勧められるままシャルロット一行はツィッギーの屋敷に上がることにした。
通された居間には切り株を利用して作られた大きな円卓があり、全員がそれを囲むように座る。
「さあどうぞ、森で取れたハーブで淹れたお茶よ」
「いただきます、あっ…何だか良い香りがするね…」
「そのハーブには疲労回復の効能があるのよ」
一同はハーブティーで一息つくと、女装少年になってしまったアルタイルがおもむろに口を開いた。
「イオに宛てた手紙を読んだのなら知っているだろうけど私は秘薬の材料を捕りにこの森に入ったんだ…
但しこの森の中の物は木の実どころか石ころ一つ耳長族に無断で持ち出す事は出来ないのでまずは長であるツィッギー殿に会いに来たんだ…」
数日前…。
「あの…済みませんどなたか居ますか?」
アルタイルは道で会った通りすがりの耳長族に教えてもらった、村長ツィッギーの家を訪れ中に呼びかける。
「はい…どなた?」
玄関を出て来たツィッギーは革製の防具を身に付け背中には複数の矢の入った籠を背負い左手には弓を持って現れた。
まさにこれから冒険に出かけるといったいで立ちだ。
「私はエターニア王国で魔術師をしているアルタイルと申します…もしかしてこれからお出かけでしたか?」
「私はこの村の長のツィッギーです、それはそうなんですけど…あなたも私に用があっていらしたのでしょう?
お話を伺いますわ」
そうは言っても彼女の全身から滲み出る急いでいるというか焦っているというか…そんな雰囲気が感じ取れたのでアルタイルは手短に要件を伝えることにした。
「薬の材料を捕るために『秘密の庭園』に入る許可を頂きたい…」
『秘密の庭園』…それはここグリッターツリーの森の中にあって特に希少な植物が群生している地区の事を指す。
アルタイルが今作ろうとしている魔法薬は特殊な材料が必要で、そのいくつかがその『秘密の庭園』にあるのは調べがついていた。
「それは別に構わないのですが…」
あまりにあっさり許可が出たのでいささか拍子抜けのアルタイル…
もう少し渋られると思っていたのだが…ただ含みがあるのに彼は気付いた。
「何かあったのですか…?」
彼女の重装備から何もないなんて事は逆に不自然…入園許可をくれた見返り分位は首を突っ込んでもいいとこの時のアルタイルは思った…ただこの後に起こる事で彼は心の底から後悔する事になるのだが…。
「今お会いしたばかりの方にお話するのはどうかと思うのですが…
あなたは魔術師なんですよね?どうか我々に力を貸して頂けないでしょうか…」
「と…言うと?」
「実際に見て頂いた方が早いですね…どうぞこちらへ…」
ツィッギーの案内で林道を進む…道中でやはり戦闘準備をした耳長族が数人合流し、道を進むにつれ人数が更に増えていった。
普段、魔道工房に引き籠っているせいで体力のないアルタイルが息を切らし始めた頃…かなりの数に膨れ上がった耳長族の部隊が立ち止まった。
「ここが『輝きの大樹』…我ら耳長族の心の拠り所にして森の守護神です…」
「これが…」
アルタイルは言葉を失った。
目の前には見上げるのに首が痛くなるほどの高さ、雄々しく茂る枝葉、樹齢は悠に数百年単位であろう太い幹の巨木が現れた。
周りの木々はその『輝きの大樹』を敬うかの様に距離が空いており、周りはやや広めの広場になっていた。
その姿は圧倒的であり見る物に神秘的な何かを感じさせる。
森の外から見ると、森の中心辺りから一際飛びぬけて見えている木なのだが、一転森に入ってしまうと別の木の枝葉で遮られてしまって逆に見えなくなる…だから至近距離まで近付くまで発見できなかったのだ。
「数か月前から『輝きの大樹』にある怪物が憑りついて養分を吸い取っているのです…
『輝きの大樹』は力が弱まりそのせいで土地が痩せ作物が育たなくなり池が干上がったりしました…だから今日はその怪物の退治の為に準備をしていたのです…怪物は私達が近づいたからきっと出て来る筈…木をよく見ていて下さいね…」
「…はい」
ツィッギーの神妙な物言いに緊張が抑えられないアルタイル。
やがてそれは現れた。
『輝きの大樹』の根を張る地面から何やら半透明の粘菌の様な物体が複数湧き出し、幹に巻き付きながら昇り始める。
やがてそれは寄り集まり大蛇の様な巨大な体を為す。
ブヨブヨとしてぬめりのある光沢を放つ身体は例えるなら蛙の卵の様な質感がある。
上にある方の端には巨大な一つ目が現れこちらを睨みつける。
血走った金色の目は気の弱い者が観たらそれだけで卒倒してしまいそうな不気味さがあった。
実際、ここに集まった耳長族の戦士たちの何人かは震えが止まらなくなっていた。
「まさかあれは『無色の疫病神』?…何でこいつがここに!?」
「知っているのですかアルタイル様!?」
「文献にある二千年前にあったという『聖魔戦争』…その人間の敵であった勢力、魔族が使役していたと記録にある伝説上の怪物です…あれに襲われた者は『人生』を奪われるとか…」
「どう言う事です!?」
「いや、それが私も詳しくは…実際あれを見るのは初めてだし…」
アルタイルの全身に冷や汗が伝う。
まさか伝説上の魔物に出くわすなど思っていなかったのだ。
「何度か戦いましたがあの魔物は矢も魔法も効かないのです!!どうすれば倒せるのですか!?弱点は無いのですか!?」
ツィッギーがアルタイルの肩を掴んで揺さぶる。
「我々では倒せない!!女神の助力を得た伝説の女勇者が倒したと文献に記載されていたが…今の我々にはどうすることもできない!!」
「…そんな…?」
ツィッギーの腕の力が抜ける。
「村長!!あの化け物が妙な動きをしています!!」
耳長族の青年が叫ぶ。
彼が言う通り『無色の疫病神』がその半透明な身体を小刻みに揺らしている…すると長い身体のあちこちから突起が幾本も伸び始めているではないか。
「またあの時の!!みんな攻撃用意!!絶対奴の攻撃を受けちゃ駄目よ!!」
ツィッギーの号令で耳長族の戦士たちが次々に弓をつがえる。
『無色の疫病神』の突起が爆発的に伸び一斉に打ち出された。
のたうちながら迫る無数の触手…それに向かって矢で集中攻撃をする。
彼らの弓の腕前はかなりの物で正確無比に触手を撃ち抜いていく…しかし触手は一時的に吹き飛ぶもののすぐに再生し再び襲い掛かって来る。
「うわっ!!」
青年の一人が触手に絡め取られた。
「待ってろ!!今助けるぞ!!」
その触手を複数人が弓で集中攻撃、切断に成功する…解放される青年。
「大丈夫!?」
ツィッギーが青年を抱き起し介抱する。
「これは…」
助け出された青年を見て衝撃を受けるアルタイル…何と彼の身体はまるで枯れ木の様に干からびてしまっているではないか。
どうやら生命力を吸われてしまっているようだがまだ辛うじて生きている。
ものの数秒しか触手に捕まっていなかった筈なのに…もしやこれが文献にある人生を奪うと言う事なのか?いやそれなら単純に命を奪うと書かないだろうか。
「こうなったら…!!」
アルタイルは愛用の長い杖を構える先端には玉虫色に輝く宝玉が嵌っている。
やがてその宝玉に徐々に炎が灯る…発射可能になったその時…
「アルタイルさん!!炎の魔法だけは使わないでください!!
森に…!!『輝きの大樹』に燃え移ったら大変な事になります!!」
「くっ…!!」
ツィッギーの指摘を受け仕方なく杖を降ろす。
アルタイルの見立てでは『無色の疫病神』のゼリーの様にブヨブヨした身体には炎系の魔法が有効と判断し実践しようとした訳だが、地脈を安定を司る霊木の『輝きの大樹』が側にある以上、延焼の恐れのある魔法は使えないのだ…ある意味森全体を人質に取られたと言っても過言ではない。
再び『無色の疫病神』の伸縮する触手が高速に迫って来る。
「『防御障壁《プロテクションウォール》』!!」
アルタイルは倒れている青年と介抱しているツィッギーの前に立ちはだかり防御魔法を展開する…触手は進行は光の壁で遮られる。
「ツィッギーさんは早くその人を連れて逃げろ!!」
「アルタイルさん!?」
「私もそう長くは持たない…!!早く!!」
「ありがとう…!!」
ツィッギーが青年に肩を貸し出来るだけの全速力で逃げる。
耳長族は非力故少しもたついている。
暫くは障壁で止まっていた触手だがやがて障壁を迂回する様に回り込みそれごとアルタイルを締め付けて来た。
そして宙高く持ち上げられてしまう。
「ぐわっ…!!このままでは私も…!!」
先程触手に捕まった青年の様に干からびてしまう事だろう。
「そうはいくか!!はあああっ!!」
アルタイルの全身が光に包まれる…魔法力で全身を包む事によって極力生命力の吸収に抵抗しようというのだ。
そして彼は尚も魔法力を高めていく。
「はああああっ!!!」
叫ぶと同時に身体を取り巻いていた触手が吹き飛んだ。
落下するアルタイル。
「風よ!!」
青年を仲間に預けたツィッギーが戻って来ていた。
彼女が風の魔法を唱えると落下地点につむじ風が発生しアルタイルは受け止められ事なきを得る。
「大丈夫ですかアルタイルさん!!…あれ!?」
「う~ん…身体が…重い」
彼は着ているローブがやけに重く感じた、しかも随分とダブついている気がする。
『無色の疫病神』に生命力を吸われた事で重度の倦怠感に見舞われたアルタイルだがそれだけではない…何と彼の身体が縮んでしまっているではないか。
いや正確には子供の頃の姿になっているのだ。
「なっ…何でこんな事に~!?まさか人生を奪うというのは…」
人生を奪う…すなわち『無色の疫病神』に触れられた者は今迄歩んで来たその者の過ごして来た時間と経験を奪うと言う事なのか…?試しに防御障壁に呪文を唱えてみるが光の壁は現れなかった。
(やはり…魔法が使えなくなっている!?)
彼の仮説が正しいのなら今まで生きてきた中で修得した魔法はすべて『無色の疫病神』に吸われてしまった事になる。
先程被害に遭った青年と違い身体が干からびなかったのは捕まった時に咄嗟に魔法力で身体を包み込んだからなのかもしれない。
「今回も何も出来なかった…撤退しましょうアルタイルさん!!」
悔しさに顔を歪めながらアルタイルを抱き上げるツィッギー。
いくら耳長族が非力でもさすがに子供位は抱きかかえられる。
「ちょっと!!あれをあのままにしておいていいのかい!?」
「大丈夫です…あれは『輝きの大樹』から離れようとしないんです…今日の所は引きましょう!!」
「…うっ…」
不本意ながら涙が滲み出る。
今の自分ではこれ以上戦えないのも事実…ツィッギーに抱きかかえられたままこの場を去るしかないアルタイルであった。
その口振りからアルタイルだと分かるのだが、その人物は五歳くらいの子供であった。
いつもはローブを顔の半分位目深に被り目元が隠れている彼だが、その子供には微かにその面影がある。
アルタイルが五歳の頃はきっとこんな感じの子供だったのではないか…と。
ギュッと着ているスカートのすそを掴む。
何故か彼は緑色のワンピースのスカートを履いていた。
「えっ!?君…あのアルタイルなのかい!?」
「恥ずかしながら…」
「かっ…カワイイ!!」
物凄い起きおいで駆け寄りギュッと抱き付くシャルロット。
「駄目ですよ!!お師様は僕の物なんですからね!!」
負けじとイオもアルタイルに抱き着きグイグイと頬ずりをする。
「ちょっ…ちょっと!!止めてくれないか!!」
顔を真っ赤にするアルタイル少年。
可愛いなどと言われた上に揉みくちゃにされて恥ずかしさがピークに達していた。
「あっ…その服はね彼の身体が子供になってしまったせいで着ていた服が合わなくなってしまって…だから私のお古を着てもらっているのよ」
ツィッギーが目の前の状況に戸惑いながら説明をする。
「でも、お師様どうしてそんなお姿に!?」
「イオの疑問はもっともだね…アルタイル…君の身に何があったんだい?」
「まあなんだ…これから順を追って説明するから待ってくれないか?…ツィッギー殿…頼みます」
アルタイルはツィッギーに目配せをする。
「立ち話も何ですからどうぞお入りになって」
勧められるままシャルロット一行はツィッギーの屋敷に上がることにした。
通された居間には切り株を利用して作られた大きな円卓があり、全員がそれを囲むように座る。
「さあどうぞ、森で取れたハーブで淹れたお茶よ」
「いただきます、あっ…何だか良い香りがするね…」
「そのハーブには疲労回復の効能があるのよ」
一同はハーブティーで一息つくと、女装少年になってしまったアルタイルがおもむろに口を開いた。
「イオに宛てた手紙を読んだのなら知っているだろうけど私は秘薬の材料を捕りにこの森に入ったんだ…
但しこの森の中の物は木の実どころか石ころ一つ耳長族に無断で持ち出す事は出来ないのでまずは長であるツィッギー殿に会いに来たんだ…」
数日前…。
「あの…済みませんどなたか居ますか?」
アルタイルは道で会った通りすがりの耳長族に教えてもらった、村長ツィッギーの家を訪れ中に呼びかける。
「はい…どなた?」
玄関を出て来たツィッギーは革製の防具を身に付け背中には複数の矢の入った籠を背負い左手には弓を持って現れた。
まさにこれから冒険に出かけるといったいで立ちだ。
「私はエターニア王国で魔術師をしているアルタイルと申します…もしかしてこれからお出かけでしたか?」
「私はこの村の長のツィッギーです、それはそうなんですけど…あなたも私に用があっていらしたのでしょう?
お話を伺いますわ」
そうは言っても彼女の全身から滲み出る急いでいるというか焦っているというか…そんな雰囲気が感じ取れたのでアルタイルは手短に要件を伝えることにした。
「薬の材料を捕るために『秘密の庭園』に入る許可を頂きたい…」
『秘密の庭園』…それはここグリッターツリーの森の中にあって特に希少な植物が群生している地区の事を指す。
アルタイルが今作ろうとしている魔法薬は特殊な材料が必要で、そのいくつかがその『秘密の庭園』にあるのは調べがついていた。
「それは別に構わないのですが…」
あまりにあっさり許可が出たのでいささか拍子抜けのアルタイル…
もう少し渋られると思っていたのだが…ただ含みがあるのに彼は気付いた。
「何かあったのですか…?」
彼女の重装備から何もないなんて事は逆に不自然…入園許可をくれた見返り分位は首を突っ込んでもいいとこの時のアルタイルは思った…ただこの後に起こる事で彼は心の底から後悔する事になるのだが…。
「今お会いしたばかりの方にお話するのはどうかと思うのですが…
あなたは魔術師なんですよね?どうか我々に力を貸して頂けないでしょうか…」
「と…言うと?」
「実際に見て頂いた方が早いですね…どうぞこちらへ…」
ツィッギーの案内で林道を進む…道中でやはり戦闘準備をした耳長族が数人合流し、道を進むにつれ人数が更に増えていった。
普段、魔道工房に引き籠っているせいで体力のないアルタイルが息を切らし始めた頃…かなりの数に膨れ上がった耳長族の部隊が立ち止まった。
「ここが『輝きの大樹』…我ら耳長族の心の拠り所にして森の守護神です…」
「これが…」
アルタイルは言葉を失った。
目の前には見上げるのに首が痛くなるほどの高さ、雄々しく茂る枝葉、樹齢は悠に数百年単位であろう太い幹の巨木が現れた。
周りの木々はその『輝きの大樹』を敬うかの様に距離が空いており、周りはやや広めの広場になっていた。
その姿は圧倒的であり見る物に神秘的な何かを感じさせる。
森の外から見ると、森の中心辺りから一際飛びぬけて見えている木なのだが、一転森に入ってしまうと別の木の枝葉で遮られてしまって逆に見えなくなる…だから至近距離まで近付くまで発見できなかったのだ。
「数か月前から『輝きの大樹』にある怪物が憑りついて養分を吸い取っているのです…
『輝きの大樹』は力が弱まりそのせいで土地が痩せ作物が育たなくなり池が干上がったりしました…だから今日はその怪物の退治の為に準備をしていたのです…怪物は私達が近づいたからきっと出て来る筈…木をよく見ていて下さいね…」
「…はい」
ツィッギーの神妙な物言いに緊張が抑えられないアルタイル。
やがてそれは現れた。
『輝きの大樹』の根を張る地面から何やら半透明の粘菌の様な物体が複数湧き出し、幹に巻き付きながら昇り始める。
やがてそれは寄り集まり大蛇の様な巨大な体を為す。
ブヨブヨとしてぬめりのある光沢を放つ身体は例えるなら蛙の卵の様な質感がある。
上にある方の端には巨大な一つ目が現れこちらを睨みつける。
血走った金色の目は気の弱い者が観たらそれだけで卒倒してしまいそうな不気味さがあった。
実際、ここに集まった耳長族の戦士たちの何人かは震えが止まらなくなっていた。
「まさかあれは『無色の疫病神』?…何でこいつがここに!?」
「知っているのですかアルタイル様!?」
「文献にある二千年前にあったという『聖魔戦争』…その人間の敵であった勢力、魔族が使役していたと記録にある伝説上の怪物です…あれに襲われた者は『人生』を奪われるとか…」
「どう言う事です!?」
「いや、それが私も詳しくは…実際あれを見るのは初めてだし…」
アルタイルの全身に冷や汗が伝う。
まさか伝説上の魔物に出くわすなど思っていなかったのだ。
「何度か戦いましたがあの魔物は矢も魔法も効かないのです!!どうすれば倒せるのですか!?弱点は無いのですか!?」
ツィッギーがアルタイルの肩を掴んで揺さぶる。
「我々では倒せない!!女神の助力を得た伝説の女勇者が倒したと文献に記載されていたが…今の我々にはどうすることもできない!!」
「…そんな…?」
ツィッギーの腕の力が抜ける。
「村長!!あの化け物が妙な動きをしています!!」
耳長族の青年が叫ぶ。
彼が言う通り『無色の疫病神』がその半透明な身体を小刻みに揺らしている…すると長い身体のあちこちから突起が幾本も伸び始めているではないか。
「またあの時の!!みんな攻撃用意!!絶対奴の攻撃を受けちゃ駄目よ!!」
ツィッギーの号令で耳長族の戦士たちが次々に弓をつがえる。
『無色の疫病神』の突起が爆発的に伸び一斉に打ち出された。
のたうちながら迫る無数の触手…それに向かって矢で集中攻撃をする。
彼らの弓の腕前はかなりの物で正確無比に触手を撃ち抜いていく…しかし触手は一時的に吹き飛ぶもののすぐに再生し再び襲い掛かって来る。
「うわっ!!」
青年の一人が触手に絡め取られた。
「待ってろ!!今助けるぞ!!」
その触手を複数人が弓で集中攻撃、切断に成功する…解放される青年。
「大丈夫!?」
ツィッギーが青年を抱き起し介抱する。
「これは…」
助け出された青年を見て衝撃を受けるアルタイル…何と彼の身体はまるで枯れ木の様に干からびてしまっているではないか。
どうやら生命力を吸われてしまっているようだがまだ辛うじて生きている。
ものの数秒しか触手に捕まっていなかった筈なのに…もしやこれが文献にある人生を奪うと言う事なのか?いやそれなら単純に命を奪うと書かないだろうか。
「こうなったら…!!」
アルタイルは愛用の長い杖を構える先端には玉虫色に輝く宝玉が嵌っている。
やがてその宝玉に徐々に炎が灯る…発射可能になったその時…
「アルタイルさん!!炎の魔法だけは使わないでください!!
森に…!!『輝きの大樹』に燃え移ったら大変な事になります!!」
「くっ…!!」
ツィッギーの指摘を受け仕方なく杖を降ろす。
アルタイルの見立てでは『無色の疫病神』のゼリーの様にブヨブヨした身体には炎系の魔法が有効と判断し実践しようとした訳だが、地脈を安定を司る霊木の『輝きの大樹』が側にある以上、延焼の恐れのある魔法は使えないのだ…ある意味森全体を人質に取られたと言っても過言ではない。
再び『無色の疫病神』の伸縮する触手が高速に迫って来る。
「『防御障壁《プロテクションウォール》』!!」
アルタイルは倒れている青年と介抱しているツィッギーの前に立ちはだかり防御魔法を展開する…触手は進行は光の壁で遮られる。
「ツィッギーさんは早くその人を連れて逃げろ!!」
「アルタイルさん!?」
「私もそう長くは持たない…!!早く!!」
「ありがとう…!!」
ツィッギーが青年に肩を貸し出来るだけの全速力で逃げる。
耳長族は非力故少しもたついている。
暫くは障壁で止まっていた触手だがやがて障壁を迂回する様に回り込みそれごとアルタイルを締め付けて来た。
そして宙高く持ち上げられてしまう。
「ぐわっ…!!このままでは私も…!!」
先程触手に捕まった青年の様に干からびてしまう事だろう。
「そうはいくか!!はあああっ!!」
アルタイルの全身が光に包まれる…魔法力で全身を包む事によって極力生命力の吸収に抵抗しようというのだ。
そして彼は尚も魔法力を高めていく。
「はああああっ!!!」
叫ぶと同時に身体を取り巻いていた触手が吹き飛んだ。
落下するアルタイル。
「風よ!!」
青年を仲間に預けたツィッギーが戻って来ていた。
彼女が風の魔法を唱えると落下地点につむじ風が発生しアルタイルは受け止められ事なきを得る。
「大丈夫ですかアルタイルさん!!…あれ!?」
「う~ん…身体が…重い」
彼は着ているローブがやけに重く感じた、しかも随分とダブついている気がする。
『無色の疫病神』に生命力を吸われた事で重度の倦怠感に見舞われたアルタイルだがそれだけではない…何と彼の身体が縮んでしまっているではないか。
いや正確には子供の頃の姿になっているのだ。
「なっ…何でこんな事に~!?まさか人生を奪うというのは…」
人生を奪う…すなわち『無色の疫病神』に触れられた者は今迄歩んで来たその者の過ごして来た時間と経験を奪うと言う事なのか…?試しに防御障壁に呪文を唱えてみるが光の壁は現れなかった。
(やはり…魔法が使えなくなっている!?)
彼の仮説が正しいのなら今まで生きてきた中で修得した魔法はすべて『無色の疫病神』に吸われてしまった事になる。
先程被害に遭った青年と違い身体が干からびなかったのは捕まった時に咄嗟に魔法力で身体を包み込んだからなのかもしれない。
「今回も何も出来なかった…撤退しましょうアルタイルさん!!」
悔しさに顔を歪めながらアルタイルを抱き上げるツィッギー。
いくら耳長族が非力でもさすがに子供位は抱きかかえられる。
「ちょっと!!あれをあのままにしておいていいのかい!?」
「大丈夫です…あれは『輝きの大樹』から離れようとしないんです…今日の所は引きましょう!!」
「…うっ…」
不本意ながら涙が滲み出る。
今の自分ではこれ以上戦えないのも事実…ツィッギーに抱きかかえられたままこの場を去るしかないアルタイルであった。
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