アラフォーだから君とはムリ

天野アンジェラ

文字の大きさ
上 下
146 / 158
第14章

青山家にて④

しおりを挟む
「あれ、これ……」
 何かに気づいた優子さんを、俺は固唾を飲んで見守った。
「これ、白砂糖使ってませんよね……」
「え?」
 予期せぬ言葉に、俺はギョッとして母親の反応を見た。
 母親も少し驚いたように目を大きくしている。
「たぶんバターも使ってないし……、卵も? ココナッツケーキですか? すごく優しい味で、おいしい……」
「え? え?」
 何言ってるの、優子さん。
「亮弥くんから、お母さまが食べ物に気を遣っていらっしゃるとは聞いていたんです。さすがよく知っていらっしゃるなぁ。これどちらのケーキですか? お店行ってみたいです」
 母親はここへ来て初めて、さも満足そうな笑顔を見せた。
「ふぅん、そんなに美味しかったんだ」
「はい、素朴だけど品があって、私はすごく好きです」
 優子さんは俺に「ね、おいしいよね」と言いながら、もう一口、口に入れた。
「ざぁんねん。ヤな反応だったら認めない口実にするつもりだったのに」
 その言葉は引っかかったものの、母親の機嫌は上向いたらしい。
 俺はホッとしていた。
 なぜならこのケーキは――。

「優子さん、これ、母の手作り」
「えっ!!」
 優子さんは驚いた顔でこちらを振り向いた。
「え、これ作られたんですか? すごい……! えー、こんな美味しいのお家で作れちゃうんだ? すごい……」
「このくらい簡単よ」
「ほんとですか? 教えてほしいです……」
 優子さんの反応、百点だな。
「でもよくわかったじゃない、砂糖のことなんて。ウチの子達は一度も材料に興味持ってくれたことないんだから」
「おいしければ何でもオッケーでしょ」
 後ろのソファから姉ちゃんが雑な意見を挟む。
「俺も砂糖がどうとか考えたことなかったから、優子さんが何を言い出したのかわからなくて焦っちゃった」
「ほんと? ごめんね。こういうところにこだわる方なんだと思ったら、ちょっと感動しちゃって……。私も普段、甜菜糖てんさいとうとか使ってるんです」
「あら、そうなの?」
「良かったじゃん。わかってくれる人が現れて」
 俺はここぞとばかりに念を押した。
「それはそれ、これはこれよ」
 母親はまたツンとした顔になって、自分もケーキを口に運んだ。

 どうしよう。
 この流れで本題に入っても良さそうだけど……。
 そう思って優子さんを見たら、特に止めるような顔はしていなかったので、俺は話を切り出した。
「あのさ、お母さん。というか、お父さんも……」
「うん」
「俺、優子さんと出会ったのもう十年近く前なんだけどさ、俺のほうが一目惚れして……このとおり、すごく綺麗で優しい人だから……。でもその時は断られて、それで……その後何年も会えなかったんだけど、俺は優子さんのことずっと好きで……。今ようやくつき合えるようになって、その……、すごく幸せなんです……。だから、あくまで俺が惚れ込んでる側なんだってことは、わかってほしいっていうか……」
「そうだなぁ、たしかに思ったより若くて美人さんで、人柄も良いし、亮弥が好きになるのもわかるなぁ」
「いえいえ、とんでもないです」
 父親の言葉に優子さんは慌てて手を振った。
「亮弥くんは本当に素直で優しい人で、しかもこんなに容姿に恵まれてて……、私なんかでは分不相応だということは、重々承知してます……」
「いやいや、逆だって。俺はホント、目下努力中で……」
「惚気合わなくていいわよ」
 母親が口を開いたので、皆の意識はそちらに集中した。

「別に……あなたのことが嫌いって言ってるんじゃない。四十歳を超えて、まだ結婚もしてない状況で、この先亮弥の子供を産めるのかって言ってるの」
「は?」
 母親の言葉に、俺は眉をひそめた。
「何、今時そんなこと言うのはあれでしょ。セクハラ?」
「何とでも言えばいいけど、でも私は、亮ちゃんが結婚しても子供は望めないなんて……イヤなのっ……」
 母親は急にトーンダウンして涙ぐんだ。

 いやー、待て待て待て??
 ちょっと展開について行けないんだけど?
 まさか母親が子供にこだわるなんて考えたこともなかったし。
 そんな意志今まで聞いたことないし。

「別に俺は子供要らないでしょ? 孫は姉ちゃんが産んでくれるし」
「愛美は嫁ぐから外孫じゃない。青山家はどうなるのよ!」
「あのね……、お父さん三男じゃん。青山家関係ないでしょ」
「そういう問題じゃないの! 私……、亮ちゃんの子供を抱くの……楽しみにしてたのにっ……」
「そんなこと言われても……」
 母親の気持ちはわからなくもない。
 たぶん、親というものは基本的には孫が欲しいものなんだろう。
 孫の顔を云々という話はよく聞くし。
 でも、本人達が子供を欲しいと思ってなくても、親に望まれたら産むべきなのだろうか?
 それは違う気がする。
 人それぞれ生き方は違うし、子供を持ちたくても持てない夫婦だってたくさんいるわけで、外野が口を出すのは時代遅れだと思うのだ。

「それってつまりさ、優子さんが子供を産まないなら別れてほしいって意味かもしんないけどさ、俺優子さんと別れたら一人で生きてくだけだから、結局孫なんて生まれないよ?」
「そんなのわかんないじゃない」
「わかる。優子さん以外に興味ないもん。お母さんは、俺が生涯孤独に生きることになっても良いの?」
「それはっ……」
 母親は言葉に詰まった。
 俺は心の中で、少なからず罪悪感を感じていた。
 自分が子供を持たないという申し訳なさを、母親を責めることで紛らせているような気がしたからだ。
 でも俺にはそれ以上どうすることもできなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-

橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。 心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。 pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。 「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

プラトニック添い寝フレンド

天野アンジェラ
ライト文芸
※8/25(金)完結しました※ ※交互視点で話が進みます。スタートは理雄、次が伊月です※ 恋愛にすっかり嫌気がさし、今はボーイズグループの推し活が趣味の鈴鹿伊月(すずか・いつき)、34歳。 伊月の職場の先輩で、若い頃の離婚経験から恋愛を避けて生きてきた大宮理雄(おおみや・りおう)41歳。 ある日二人で飲んでいたら、伊月が「ソフレがほしい」と言い出し、それにうっかり同調してしまった理雄は伊月のソフレになる羽目に。 先行きに不安を感じつつもとりあえずソフレ関係を始めてみるが――? (表紙イラスト:カザキ様)

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

処理中です...