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第14章
青山家にて④
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「あれ、これ……」
何かに気づいた優子さんを、俺は固唾を飲んで見守った。
「これ、白砂糖使ってませんよね……」
「え?」
予期せぬ言葉に、俺はギョッとして母親の反応を見た。
母親も少し驚いたように目を大きくしている。
「たぶんバターも使ってないし……、卵も? ココナッツケーキですか? すごく優しい味で、おいしい……」
「え? え?」
何言ってるの、優子さん。
「亮弥くんから、お母さまが食べ物に気を遣っていらっしゃるとは聞いていたんです。さすがよく知っていらっしゃるなぁ。これどちらのケーキですか? お店行ってみたいです」
母親はここへ来て初めて、さも満足そうな笑顔を見せた。
「ふぅん、そんなに美味しかったんだ」
「はい、素朴だけど品があって、私はすごく好きです」
優子さんは俺に「ね、おいしいよね」と言いながら、もう一口、口に入れた。
「ざぁんねん。ヤな反応だったら認めない口実にするつもりだったのに」
その言葉は引っかかったものの、母親の機嫌は上向いたらしい。
俺はホッとしていた。
なぜならこのケーキは――。
「優子さん、これ、母の手作り」
「えっ!!」
優子さんは驚いた顔でこちらを振り向いた。
「え、これ作られたんですか? すごい……! えー、こんな美味しいのお家で作れちゃうんだ? すごい……」
「このくらい簡単よ」
「ほんとですか? 教えてほしいです……」
優子さんの反応、百点だな。
「でもよくわかったじゃない、砂糖のことなんて。ウチの子達は一度も材料に興味持ってくれたことないんだから」
「おいしければ何でもオッケーでしょ」
後ろのソファから姉ちゃんが雑な意見を挟む。
「俺も砂糖がどうとか考えたことなかったから、優子さんが何を言い出したのかわからなくて焦っちゃった」
「ほんと? ごめんね。こういうところにこだわる方なんだと思ったら、ちょっと感動しちゃって……。私も普段、甜菜糖とか使ってるんです」
「あら、そうなの?」
「良かったじゃん。わかってくれる人が現れて」
俺はここぞとばかりに念を押した。
「それはそれ、これはこれよ」
母親はまたツンとした顔になって、自分もケーキを口に運んだ。
どうしよう。
この流れで本題に入っても良さそうだけど……。
そう思って優子さんを見たら、特に止めるような顔はしていなかったので、俺は話を切り出した。
「あのさ、お母さん。というか、お父さんも……」
「うん」
「俺、優子さんと出会ったのもう十年近く前なんだけどさ、俺のほうが一目惚れして……このとおり、すごく綺麗で優しい人だから……。でもその時は断られて、それで……その後何年も会えなかったんだけど、俺は優子さんのことずっと好きで……。今ようやくつき合えるようになって、その……、すごく幸せなんです……。だから、あくまで俺が惚れ込んでる側なんだってことは、わかってほしいっていうか……」
「そうだなぁ、たしかに思ったより若くて美人さんで、人柄も良いし、亮弥が好きになるのもわかるなぁ」
「いえいえ、とんでもないです」
父親の言葉に優子さんは慌てて手を振った。
「亮弥くんは本当に素直で優しい人で、しかもこんなに容姿に恵まれてて……、私なんかでは分不相応だということは、重々承知してます……」
「いやいや、逆だって。俺はホント、目下努力中で……」
「惚気合わなくていいわよ」
母親が口を開いたので、皆の意識はそちらに集中した。
「別に……あなたのことが嫌いって言ってるんじゃない。四十歳を超えて、まだ結婚もしてない状況で、この先亮弥の子供を産めるのかって言ってるの」
「は?」
母親の言葉に、俺は眉をひそめた。
「何、今時そんなこと言うのはあれでしょ。セクハラ?」
「何とでも言えばいいけど、でも私は、亮ちゃんが結婚しても子供は望めないなんて……イヤなのっ……」
母親は急にトーンダウンして涙ぐんだ。
いやー、待て待て待て??
ちょっと展開について行けないんだけど?
まさか母親が子供にこだわるなんて考えたこともなかったし。
そんな意志今まで聞いたことないし。
「別に俺は子供要らないでしょ? 孫は姉ちゃんが産んでくれるし」
「愛美は嫁ぐから外孫じゃない。青山家はどうなるのよ!」
「あのね……、お父さん三男じゃん。青山家関係ないでしょ」
「そういう問題じゃないの! 私……、亮ちゃんの子供を抱くの……楽しみにしてたのにっ……」
「そんなこと言われても……」
母親の気持ちはわからなくもない。
たぶん、親というものは基本的には孫が欲しいものなんだろう。
孫の顔を云々という話はよく聞くし。
でも、本人達が子供を欲しいと思ってなくても、親に望まれたら産むべきなのだろうか?
それは違う気がする。
人それぞれ生き方は違うし、子供を持ちたくても持てない夫婦だってたくさんいるわけで、外野が口を出すのは時代遅れだと思うのだ。
「それってつまりさ、優子さんが子供を産まないなら別れてほしいって意味かもしんないけどさ、俺優子さんと別れたら一人で生きてくだけだから、結局孫なんて生まれないよ?」
「そんなのわかんないじゃない」
「わかる。優子さん以外に興味ないもん。お母さんは、俺が生涯孤独に生きることになっても良いの?」
「それはっ……」
母親は言葉に詰まった。
俺は心の中で、少なからず罪悪感を感じていた。
自分が子供を持たないという申し訳なさを、母親を責めることで紛らせているような気がしたからだ。
でも俺にはそれ以上どうすることもできなかった。
何かに気づいた優子さんを、俺は固唾を飲んで見守った。
「これ、白砂糖使ってませんよね……」
「え?」
予期せぬ言葉に、俺はギョッとして母親の反応を見た。
母親も少し驚いたように目を大きくしている。
「たぶんバターも使ってないし……、卵も? ココナッツケーキですか? すごく優しい味で、おいしい……」
「え? え?」
何言ってるの、優子さん。
「亮弥くんから、お母さまが食べ物に気を遣っていらっしゃるとは聞いていたんです。さすがよく知っていらっしゃるなぁ。これどちらのケーキですか? お店行ってみたいです」
母親はここへ来て初めて、さも満足そうな笑顔を見せた。
「ふぅん、そんなに美味しかったんだ」
「はい、素朴だけど品があって、私はすごく好きです」
優子さんは俺に「ね、おいしいよね」と言いながら、もう一口、口に入れた。
「ざぁんねん。ヤな反応だったら認めない口実にするつもりだったのに」
その言葉は引っかかったものの、母親の機嫌は上向いたらしい。
俺はホッとしていた。
なぜならこのケーキは――。
「優子さん、これ、母の手作り」
「えっ!!」
優子さんは驚いた顔でこちらを振り向いた。
「え、これ作られたんですか? すごい……! えー、こんな美味しいのお家で作れちゃうんだ? すごい……」
「このくらい簡単よ」
「ほんとですか? 教えてほしいです……」
優子さんの反応、百点だな。
「でもよくわかったじゃない、砂糖のことなんて。ウチの子達は一度も材料に興味持ってくれたことないんだから」
「おいしければ何でもオッケーでしょ」
後ろのソファから姉ちゃんが雑な意見を挟む。
「俺も砂糖がどうとか考えたことなかったから、優子さんが何を言い出したのかわからなくて焦っちゃった」
「ほんと? ごめんね。こういうところにこだわる方なんだと思ったら、ちょっと感動しちゃって……。私も普段、甜菜糖とか使ってるんです」
「あら、そうなの?」
「良かったじゃん。わかってくれる人が現れて」
俺はここぞとばかりに念を押した。
「それはそれ、これはこれよ」
母親はまたツンとした顔になって、自分もケーキを口に運んだ。
どうしよう。
この流れで本題に入っても良さそうだけど……。
そう思って優子さんを見たら、特に止めるような顔はしていなかったので、俺は話を切り出した。
「あのさ、お母さん。というか、お父さんも……」
「うん」
「俺、優子さんと出会ったのもう十年近く前なんだけどさ、俺のほうが一目惚れして……このとおり、すごく綺麗で優しい人だから……。でもその時は断られて、それで……その後何年も会えなかったんだけど、俺は優子さんのことずっと好きで……。今ようやくつき合えるようになって、その……、すごく幸せなんです……。だから、あくまで俺が惚れ込んでる側なんだってことは、わかってほしいっていうか……」
「そうだなぁ、たしかに思ったより若くて美人さんで、人柄も良いし、亮弥が好きになるのもわかるなぁ」
「いえいえ、とんでもないです」
父親の言葉に優子さんは慌てて手を振った。
「亮弥くんは本当に素直で優しい人で、しかもこんなに容姿に恵まれてて……、私なんかでは分不相応だということは、重々承知してます……」
「いやいや、逆だって。俺はホント、目下努力中で……」
「惚気合わなくていいわよ」
母親が口を開いたので、皆の意識はそちらに集中した。
「別に……あなたのことが嫌いって言ってるんじゃない。四十歳を超えて、まだ結婚もしてない状況で、この先亮弥の子供を産めるのかって言ってるの」
「は?」
母親の言葉に、俺は眉をひそめた。
「何、今時そんなこと言うのはあれでしょ。セクハラ?」
「何とでも言えばいいけど、でも私は、亮ちゃんが結婚しても子供は望めないなんて……イヤなのっ……」
母親は急にトーンダウンして涙ぐんだ。
いやー、待て待て待て??
ちょっと展開について行けないんだけど?
まさか母親が子供にこだわるなんて考えたこともなかったし。
そんな意志今まで聞いたことないし。
「別に俺は子供要らないでしょ? 孫は姉ちゃんが産んでくれるし」
「愛美は嫁ぐから外孫じゃない。青山家はどうなるのよ!」
「あのね……、お父さん三男じゃん。青山家関係ないでしょ」
「そういう問題じゃないの! 私……、亮ちゃんの子供を抱くの……楽しみにしてたのにっ……」
「そんなこと言われても……」
母親の気持ちはわからなくもない。
たぶん、親というものは基本的には孫が欲しいものなんだろう。
孫の顔を云々という話はよく聞くし。
でも、本人達が子供を欲しいと思ってなくても、親に望まれたら産むべきなのだろうか?
それは違う気がする。
人それぞれ生き方は違うし、子供を持ちたくても持てない夫婦だってたくさんいるわけで、外野が口を出すのは時代遅れだと思うのだ。
「それってつまりさ、優子さんが子供を産まないなら別れてほしいって意味かもしんないけどさ、俺優子さんと別れたら一人で生きてくだけだから、結局孫なんて生まれないよ?」
「そんなのわかんないじゃない」
「わかる。優子さん以外に興味ないもん。お母さんは、俺が生涯孤独に生きることになっても良いの?」
「それはっ……」
母親は言葉に詰まった。
俺は心の中で、少なからず罪悪感を感じていた。
自分が子供を持たないという申し訳なさを、母親を責めることで紛らせているような気がしたからだ。
でも俺にはそれ以上どうすることもできなかった。
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