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第14章
青山家にて③
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「こんにちは、初めまして。片瀬優子と申します」
優子さんは優しい笑顔で母に挨拶した。
「青山瑠璃子です。亮弥がお世話になっています」
言い終わる辺りで、母親はチラリと俺に視線を向けた。
ここまで母親に笑みはない。怖ぇ。
「どうぞ、座って。愛美はソファ」
「はいは~い」
張り詰めた空気に似つかわしくない姉ちゃんの明るい声に、こいつ強いなぁと感心する。
リビングの窓は全開にしてあり、涼やかな風がよく通った。
晴天に恵まれて空気が澄んでいるのが唯一の救いだ。
奥の席に両親が座り、父親の向かいに俺が座った。
「あの、これ……」
優子さんは席に着く前に、お菓子の包みを差し出した。
「お好きだと伺ったので……もしよければ皆さんで召し上がってください」
「ふぅん」
母親のツンケンした態度を物ともせず、にこやかに差し出す優子さんに対し、包みを受け取りながら品定めするようにそれを見下ろす母親。
「急だったのにわざわざ買ってきてくれたんだよ。ちゃんとお礼言ってよ」
母親の酷い対応が優子さんに申し訳なくて思わず促すと、母親はため息混じりに言った。
「私、もうこれ飽きちゃったのよねぇ」
「はぁ!?」
予想外の母親のとんでもない言葉に、さすがに大きめの声が出た。
「何言ってんの? お正月に晃輝がくれた時も大喜びしてたじゃん」
「だからぁ、あの時食べたからもう飽きちゃったの!」
「嘘つけ!」
マジで何なんだこの態度。
普段からわがままで困った人ではあるけど、ここまでイヤなやつじゃないのに。
「まあまあ、亮弥くん」
優子さんはそっと俺の腕に触れてなだめると、母親の方を向いて続けた。
「私が亮弥くんのアドバイスのままに買ってきたから、自分で頭を使わずに横着したのが伝わってしまったんですよね。ごめんなさい」
誠実で穏やかな声が、空気の色を変える。
「次に来る時は、何か目新しいものをご提案するつもりで探してきますね」
そう言ってにっこり笑った優子さんに、俺は圧倒されていたし、父親も感嘆の表情を向けていた。
母親はしばらくの沈黙の後、
「フンだ」
と口を尖らせて、そっぽを向いた。
フンだじゃねぇ~!! ……と俺は叫びそうになったが、
「まあまあまあ」
と立ち上がった姉ちゃんに先を越された。
「お母さんがそう言うならぁ、今皆で食べようよ。これならお茶のほうがいいかな? 私入れてくるね~」
姉ちゃんが母親の手から包みを奪おうとすると、母親はそれを避けて言った。
「ダメよ。お茶うけは私がちゃんと用意してるんだから」
「え~、じゃあそれお父さんと二人で全部食べることになるけど、いいの?」
「うるさいわね」
それを見て、優子さんがふふふと笑う。
「それじゃ、お母さまが用意してくださったお菓子をいただきますね。ありがとうございます」
「当たり前よ」
優子さんすげぇ――。
俺は改めて思った。
俺が逆の立場だったら、たぶん気まずくて何も言えない。
こんな理不尽不機嫌野郎を相手に思わず笑みをこぼすなんて、怖いわ腹立つわでできない。
え、優子さんこういう人苦手じゃないっけ?? マジでどゆこと??
それから優子さんも席について、早速本題が始まるのかと思ったら、そうではなかった。
「急に押し掛けてしまってすみません。今日お出掛けの予定とかありませんでしたか?」
「別に、ないけど」
「天気も良いし、どうせなら皆で出掛ければよかったねぇ。二人もデートの予定があったんじゃないの?」
父親は意外なほどリラックスして見える。
「いえ、私達は今日は、ね。それぞれに過ごす日だったので、空いてました」
「そんな日があるんだね」
「ありますよ~。会う日のほうが少ないんだよね」
優子さんが同意を求めたので、俺は頷いた。
「ふぅん、もっとベッタリなのかと思った」
「あはは、そのほうが良いんでしょうけど、もういい年なので……、理性が先行しちゃって」
「そうよね」
母親の相づちにはトゲがある。
「ベッタリだと文句言うくせに……」
俺は小声で仕返しをした。
「そう言えば玄関のバラ、すごく綺麗に咲いてますね。鉢植えであんなに大きな花が咲くんだな~ってビックリしちゃって……」
「そうでしょう? 私が手入れしてるの」
バラを褒められた途端に母親が乗ってきたので、俺は吹き出しそうになった。
「えっ、お母さまが手入れなさってるんですか? 買ったものなのかと思いました。高そうだな~って……」
「お母さんはバラが好きでね。毎年ちょうどこの時期に咲くんだよ。花盛りに来てもらえて良かったね」
「……そうね。何もないよりは」
そうか、あれは見せびらかしたくて玄関に置いたんだな。威嚇ではなかったのか。
それにしても、お菓子を買ってきたり、バラを設置したり、もしかしてこの人、案外楽しみにしてたんじゃ……?
いやいや、無いか。
お菓子もバラも、昨日姉ちゃん達を迎えるために準備したんだろう。
優子さんが雑談で繋いでくれてるうちに、姉ちゃんがコーヒーとお菓子の準備を終えて運んできた。
母親が用意したというそのお菓子を見て、俺は思わず「あっ」と言ったが、瞬時に母親が視線をよこしてほんのわずかに首を振ったので、口をつぐんだ。
「どうしたの?」
優子さんが聞く。
「う、うん、なんでもない……」
姉ちゃんが四人それぞれの前に置いたお皿の上には、小さめのパウンドケーキが二切れずつ乗っている。
「わあ、美味しそう! こんなにいただいていいんですか?」
「どうぞ。お口に合うかわかりませんけど」
「ありがとうございます、いただきます。それじゃ、コーヒーから……」
優子さんはコーヒーを一口飲んだ。
それを見つめる母親の目には、明らかに審査する側の厳しさがある。
「あ、このコーヒー、美味しいですね。香りもいいし……」
「そう?」
「いただきまーす」
母親が優子さんに向ける圧に耐えきれなくなった俺は、意識を逸らそうと先にパウンドケーキに手をつけた。
それを見た優子さんもフォークを手にとってケーキを一口分、口に運ぶ。
毒林檎を食べるのを今か今かと待つ魔女のような顔の母親。
コーヒーを飲んで気を紛らせる父親。
緊張が走る。
優子さんは優しい笑顔で母に挨拶した。
「青山瑠璃子です。亮弥がお世話になっています」
言い終わる辺りで、母親はチラリと俺に視線を向けた。
ここまで母親に笑みはない。怖ぇ。
「どうぞ、座って。愛美はソファ」
「はいは~い」
張り詰めた空気に似つかわしくない姉ちゃんの明るい声に、こいつ強いなぁと感心する。
リビングの窓は全開にしてあり、涼やかな風がよく通った。
晴天に恵まれて空気が澄んでいるのが唯一の救いだ。
奥の席に両親が座り、父親の向かいに俺が座った。
「あの、これ……」
優子さんは席に着く前に、お菓子の包みを差し出した。
「お好きだと伺ったので……もしよければ皆さんで召し上がってください」
「ふぅん」
母親のツンケンした態度を物ともせず、にこやかに差し出す優子さんに対し、包みを受け取りながら品定めするようにそれを見下ろす母親。
「急だったのにわざわざ買ってきてくれたんだよ。ちゃんとお礼言ってよ」
母親の酷い対応が優子さんに申し訳なくて思わず促すと、母親はため息混じりに言った。
「私、もうこれ飽きちゃったのよねぇ」
「はぁ!?」
予想外の母親のとんでもない言葉に、さすがに大きめの声が出た。
「何言ってんの? お正月に晃輝がくれた時も大喜びしてたじゃん」
「だからぁ、あの時食べたからもう飽きちゃったの!」
「嘘つけ!」
マジで何なんだこの態度。
普段からわがままで困った人ではあるけど、ここまでイヤなやつじゃないのに。
「まあまあ、亮弥くん」
優子さんはそっと俺の腕に触れてなだめると、母親の方を向いて続けた。
「私が亮弥くんのアドバイスのままに買ってきたから、自分で頭を使わずに横着したのが伝わってしまったんですよね。ごめんなさい」
誠実で穏やかな声が、空気の色を変える。
「次に来る時は、何か目新しいものをご提案するつもりで探してきますね」
そう言ってにっこり笑った優子さんに、俺は圧倒されていたし、父親も感嘆の表情を向けていた。
母親はしばらくの沈黙の後、
「フンだ」
と口を尖らせて、そっぽを向いた。
フンだじゃねぇ~!! ……と俺は叫びそうになったが、
「まあまあまあ」
と立ち上がった姉ちゃんに先を越された。
「お母さんがそう言うならぁ、今皆で食べようよ。これならお茶のほうがいいかな? 私入れてくるね~」
姉ちゃんが母親の手から包みを奪おうとすると、母親はそれを避けて言った。
「ダメよ。お茶うけは私がちゃんと用意してるんだから」
「え~、じゃあそれお父さんと二人で全部食べることになるけど、いいの?」
「うるさいわね」
それを見て、優子さんがふふふと笑う。
「それじゃ、お母さまが用意してくださったお菓子をいただきますね。ありがとうございます」
「当たり前よ」
優子さんすげぇ――。
俺は改めて思った。
俺が逆の立場だったら、たぶん気まずくて何も言えない。
こんな理不尽不機嫌野郎を相手に思わず笑みをこぼすなんて、怖いわ腹立つわでできない。
え、優子さんこういう人苦手じゃないっけ?? マジでどゆこと??
それから優子さんも席について、早速本題が始まるのかと思ったら、そうではなかった。
「急に押し掛けてしまってすみません。今日お出掛けの予定とかありませんでしたか?」
「別に、ないけど」
「天気も良いし、どうせなら皆で出掛ければよかったねぇ。二人もデートの予定があったんじゃないの?」
父親は意外なほどリラックスして見える。
「いえ、私達は今日は、ね。それぞれに過ごす日だったので、空いてました」
「そんな日があるんだね」
「ありますよ~。会う日のほうが少ないんだよね」
優子さんが同意を求めたので、俺は頷いた。
「ふぅん、もっとベッタリなのかと思った」
「あはは、そのほうが良いんでしょうけど、もういい年なので……、理性が先行しちゃって」
「そうよね」
母親の相づちにはトゲがある。
「ベッタリだと文句言うくせに……」
俺は小声で仕返しをした。
「そう言えば玄関のバラ、すごく綺麗に咲いてますね。鉢植えであんなに大きな花が咲くんだな~ってビックリしちゃって……」
「そうでしょう? 私が手入れしてるの」
バラを褒められた途端に母親が乗ってきたので、俺は吹き出しそうになった。
「えっ、お母さまが手入れなさってるんですか? 買ったものなのかと思いました。高そうだな~って……」
「お母さんはバラが好きでね。毎年ちょうどこの時期に咲くんだよ。花盛りに来てもらえて良かったね」
「……そうね。何もないよりは」
そうか、あれは見せびらかしたくて玄関に置いたんだな。威嚇ではなかったのか。
それにしても、お菓子を買ってきたり、バラを設置したり、もしかしてこの人、案外楽しみにしてたんじゃ……?
いやいや、無いか。
お菓子もバラも、昨日姉ちゃん達を迎えるために準備したんだろう。
優子さんが雑談で繋いでくれてるうちに、姉ちゃんがコーヒーとお菓子の準備を終えて運んできた。
母親が用意したというそのお菓子を見て、俺は思わず「あっ」と言ったが、瞬時に母親が視線をよこしてほんのわずかに首を振ったので、口をつぐんだ。
「どうしたの?」
優子さんが聞く。
「う、うん、なんでもない……」
姉ちゃんが四人それぞれの前に置いたお皿の上には、小さめのパウンドケーキが二切れずつ乗っている。
「わあ、美味しそう! こんなにいただいていいんですか?」
「どうぞ。お口に合うかわかりませんけど」
「ありがとうございます、いただきます。それじゃ、コーヒーから……」
優子さんはコーヒーを一口飲んだ。
それを見つめる母親の目には、明らかに審査する側の厳しさがある。
「あ、このコーヒー、美味しいですね。香りもいいし……」
「そう?」
「いただきまーす」
母親が優子さんに向ける圧に耐えきれなくなった俺は、意識を逸らそうと先にパウンドケーキに手をつけた。
それを見た優子さんもフォークを手にとってケーキを一口分、口に運ぶ。
毒林檎を食べるのを今か今かと待つ魔女のような顔の母親。
コーヒーを飲んで気を紛らせる父親。
緊張が走る。
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