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第13章

2 温もり①

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 優子さんが来てくれる。
 電話を切ったら、ふいに涙が込み上げた。

 体中が痛くて、怠くて、瞼は熱くて重い。
 熱は何度あるのかわからないし、立ち上がるとフラフラして、こんなことあまり経験がないから、心細かった。
 タオルを濡らして冷凍庫で冷やしたものをアイスノン代わりに使いながら、ひたすら熱が下がるのを待ったけど、どうも上がる一方な気がする。
 いい年して発熱ひとつ耐えられない。
 対処法もわからない。
 病院って飛び込みで行っていいのかすらわからないし、調べる元気もなかった。
 心配をかけるかもしれないと思うと、母親に聞くこともできずにいた。

 でも優子さんが来てくれるなら安心だ。
 そう思えて、気が抜けたら少し眠ってしまった。

 ふと目を覚ましたら、電話をしてから一時間が過ぎていた。
 そろそろ着く頃かもしれない。
 優子さんはああ言ってくれたけど、さすがに少しは片づけないと……。

 俺は体を支えながらゆっくり起き上がった。
 ゾクゾクと悪寒が走る。
 とりあえずテーブルに広げたままのPCと検定のテキストを閉じて重ね、散らかしてた筆記用具をペン立てにしまい、空のペットボトルをキッチンに持っていった。
 ついでに換気扇をつけて、部屋に戻って窓を開ける。
 フラフラしながら床を軽く掃除し、ウエットティッシュでテーブルを拭いたところで、起き上がっていることにも少し慣れてきた。
 それで、せめてゴミだけは捨てておこうと、可燃ゴミとペットボトル、ビールの缶をまとめて部屋を出た。

 こんな状態でマスクもなくエレベーターを使うのも気が引けて、階段で降りたが、頭がフラフラして視界がぐらついたので、踏み外さないよう手すりに掴まりながらゆっくり降りた。
 やっぱり熱がある時に動くのはよくない。
 申し訳ないけど帰りはエレベーターを使わせてもらおう。
 そう思って、一階のゴミ置き場にゴミを捨ててからエントランスに行くと、自動ドアの向こうに、優子さんがいた。
 危ない、行き違うところだった。
 スマホも部屋に置いてきてるし。

 優子さんはマスクをして、重たそうな買い物袋を下げて、俺の部屋番号を押したのか、応答を待っているようだった。
 俺は数歩進み出て、優子さんが気づくように手を横に伸ばして振った。
「あっ」と言ったのが、大きくなった目とマスクのわずかな動きから伝わってくる。
 自動ドアを開けてあげると、
「亮弥くん! ダメじゃないそんなフラフラでこんなとこに……」
「ごめん、ゴミ捨ててきた」
「えぇ~、良かったのにそんなの。私がやるのに」
「それじゃ、意味ない」
 笑ったらまたフラついて、優子さんがそっと支えるように腕に触れた。
 その優しい感触にホッとする。
「近づくと、移っちゃう……」
「大丈夫。とりあえず部屋に戻って体温はかろう。体温計買ってきたから」
 言いながら、優子さんはボタンを押してエレベーターを呼んだ。

「ほんと? ありがとう。それ、俺持つよ」
「そんなフラフラな人は、重いもの持っちゃダメ!」
 その怒り方が可愛くて、また笑ってしまった。
「あ、そうだ、マスク……」
「うん、買ってきたよ。つける?」
「つける」
 ガサガサとドラッグストアの袋を探り、マスクを探し当てる優子さん。
「亮弥くん普通サイズでいいのか迷ったけど……」
「普通サイズで、いいよ」
 マスクを受け取ってつけると、ちょうどエレベーターが来たので乗り込んだ。
「やっぱりちょっと大きい気がする」
 優子さんが笑う。
「そう? でもこれしか、つけたことない」
「私でも女性用の小さいサイズだから、亮弥くんも小さいので足りるんじゃないかな」
「優子さん顔、小さいじゃん」
「亮弥くんのほうが小さいよ」
「それはない」
「あるよ~!」
 妙に主張するので、普段からそんなこと気にしてたのかな、と、なんだか愛しく思えた。

 さっきまでの不安はどこに行ったのか、自然に笑顔になっている自分に気づく。
 優子さんが現れた途端に、弱い気持ちがどこかへ消えて視界が明るくなった。
 優子さんは目の表情が豊かで、マスクをしていても普段どおりの温かさがちゃんと伝わってくる。

 優子さんがウチに来たのは初めてだ。
 洗練されていない普通の男の独り暮らしの部屋だから、呆れられるかもしれないと思ったけど、部屋に入ると同時に「意外と散らかってない……」とつぶやいたのを聞いて、少しホッとした。
 本当ならもっと綺麗に片づけて隅々まで掃除して、一緒に住んでも迷惑かけませんよアピールをしたかったけど、通常運転に近い状態を見てもらえたのは、むしろ良かったのかもしれない。
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