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第13章

1 帰省②

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 東京のお土産を渡して、お茶を飲みながら雑談が始まった。
 母が近所の人との出来事や、晶子達が遊びに来た時の話、先月桜を見に行った話などを取り留めもなくしゃべるのを、私は相づちを打ったり時折つっこみを入れたりしながら聞いた。
 その傍らで、父はずっとスマホをいじっている。
 今や、両親の世代――六十代後半でも、暇つぶしにスマホを見るのが当たり前の時代だ。
 リタイア世代が携帯電話を使いこなすのが難しかったのは、もう過去の話なのだろう。
 たまに娘が帰ってきてもスマホのほうが大事なのかな、と私は少し気になったけど、母の話は父にとって全部知っていることで、特に聞く意味もないのだろうと自分を納得させた。

 母の話がひとしきり終わったところで、私はもう例の話を切り出してしまおうかと考えた。
 せっかく今二人揃ってくつろいでいるし、何より、夜になるとテレビを見始めてしまう。
 そうなると私の話なんて聞いてくれないことは、経験でわかっている。
 子供の話よりもテレビ番組のほうが大事な人達だ。
「あのさ……っ」
 私は思い切って言葉を発した。
 と同時に、父が立ち上がる。
「畑に行ってくる」
 胸がズキリと痛む。
 やたらとタイミングが悪いのも、毎度のこと。
 こういう時に父の意思を遮ると大抵うまく行かない。わかっているけど、ダメ元で呼び止める。
「あのね、ちょっとだけ二人に聞いてほしい話があるんだけど……」
「何? すぐ終わる?」
「大事な話だからできればちゃんと聞いてほしいけど、話自体はすぐ終わる」
「じゃ、後にして」
 父はそう言い残すと部屋を出ていった。
 ああ、やっぱり後回しか。と冷めた気持ちになるのを押し込めて、気にしなくていい、いつものことだ。悪気があるわけじゃない。そう自分に言い聞かせる。

「大事な話って何?」
 母が尋ねた。
「あー、うん、仕事のことなんだけどね」
「改まって切り出すから、彼氏でも連れてくるのかと思った」
 娘がこの年になってもその可能性が頭をよぎるのか、と私は意外に思った。
「後で晩ごはんの時にでも話したら? どうせ時間はたっぷりあるんだから」
「うん……」

 その後私は母に勧められて、ボウル片手に父のいる畑に向かった。
 夜に食べたい野菜を取ってくるよう言われたのだ。
 家の側に身内が所有する小さな土地があり、両親は昔からそこで、自分達が食べる分程度の畑を作っている。
 味の濃い無農薬野菜で育ったから、東京で買う野菜はとても味気ない。
 家の野菜、もしくはそれに準じた味のものを使いたいことも、地元で店をやりたい理由の一つだ。

 父は農作業用の長靴を履き、首にタオルをかけて、キャベツが並ぶエリアにしゃがみ込んでいた。
 畑では春野菜の季節が続いているらしい。
「スナップエンドウがあるよ」
 父が言う。
「ほんとだ、たくさんなってるね! 食べる」
 さっきのことはいったん忘れて、私はまた明るい声色に努める。
「そら豆も大きいのはもう食べられる」
 父が指した方に歩み寄ると、腿くらいの高さの、丸っこい葉が密集した枝の合間に、大きなそら豆の鞘がぽこぽこと生えている。
「いいね、この季節は珍しいものがあって」
「キャベツはお父さんが後で持っていくから」
「あ、ほんと? ありがとう」
「ジャガイモとか玉ねぎは家にある。あと庭の明日葉(あしたば)も食べていい」
「明日葉かぁ。天ぷらもいいね」
 私はスナップエンドウとそら豆、それから菜の花を少しと、冬が遠のいてもまだ現役だったブロッコリーのわき芽をいくつか収穫して、父と普通に話せたことに胸を撫で下ろしながら家に戻った。

 さて、どう食べようかな。
 ひと手間加えるのを却って嫌がる人達だから、スナップエンドウとブロッコリーは普通に茹でてマヨネーズで食べるだろう。
 おそらく何かしらの肉料理が出るだろうし、キャベツと一緒につけ合わせにするか、サラダにしてもいい。
 そら豆は焼きそら豆にしてみたいな。
 そら豆がグリルなら、肉料理をしてももう一つのコンロで天ぷらができる。
 明日葉と菜の花と、他にも何かあれば天ぷらにしよう。

 穫ってきた野菜を母に渡して調理プランを告げると、肉料理はトンカツにするとのことだった。
 なので、揚げ物ばかりになるのを避けるため、明日葉はジャガイモと椎茸と一緒に炒めることにした。

 日も沈んだ頃、キッチンで調理を進めている母に、炒め物は私が作ろうかと申し出た。
 いい機会だから菜食で出してみようかと企んでいたら、母に「豚こまも入れてちょうだい」と言われ、断れずに入れてしまった。

 出来上がった物を食卓に運ぶと、それを見た父が驚いた顔を見せる。
「えっ、なんで明日葉炒めたの? 天ぷらが一番おいしいのに」
 そう言われて、父の前で天ぷらの話をしたこと思い出す。
「ごめん、揚げ物ばかりになるかと思って……」
 答えながら、勝手にメニューを変えてしまった罪悪感から私の胸はまたズキズキと痛んだ。

 夕食が始まると、やはり二人の意識はテレビへと向かった。私の好みではない内容のテレビ番組に、それでもちゃんと楽しもうと先入観を取り払ってつき合う。
 時折両親がこぼす言葉から無意識に価値観を測ってしまい、やっぱり私とは受け止め方が違うなー、なんて考えた。
 そういう居心地の悪さはありつつも、お刺身と料理は文句なしに美味しかったし、誰かにごはんを作ってもらえるのは本当にありがたいとつくづく思った。

 食事がだいたい終わったので、私はタイミングを計りながらおずおずと話を切り出した。
「あのさ、夕方言ってた話なんだけど……」
 しかしその勇気は父の鬱陶しそうな返しで無惨に切り捨てられる。
「今テレビ見てるから」

 結局話はできなかった。
 お風呂を済ませて、母が床の間に敷いてくれた布団の上に寝転がり、疲れたなー……と思っていると、ふと亮弥くんの顔が浮かんだ。
 私はバッグからスマホを取り出して、亮弥くんの写真を開いた。

 かっこいい。
 なんでこんなに美形なんだろう。
 どういう遺伝子してるんだろう……。

 次々とスワイプして、ル・ピュールで撮ってもらったツーショットの写真をしばらくぼんやり見つめてから、大きくため息をついた。
 亮弥くんに会いたい。
 心地よく、スムーズに、何の違和感も感じさせず隣にいてくれる亮弥くんに、いつもどれほど支えられているかを痛感する。

 どうして家族なのに、こんなにも馴染まないのだろう。
 どうしてこんなに緊張したり傷ついたりしてしまうんだろう。
 どうしてほんの少し話を聞いてもらうことすら叶わないのだろう。
 何も特別なことは求めていないのに。

 ……いや、でも、私が特殊であること自体が、そもそも両親に対して求めすぎていることと同じなのかもしれない。
 いつもどおりにしてるだけで娘からこんなふうに思われているなんて、両親にしてみればずいぶん迷惑な話だ。
 私が普通でありさえすれば、もっとうまく馴染めたんだろう。
 つまり、私の心の歩み寄りが足りないのだ。
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