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第12章
2 プライバシーの開示②
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翌朝、スマホのアラームで目を覚ました俺は、大きなため息とともに枕に突っ伏した。
出社するのが億劫だ。
栗原さんに会いたくない。
人前で無理やり押しのけて置いて帰ったんだから、きっと向こうも怒ってるはずだ。
でも、そうなったのは向こうが強引に食事に誘うからだし、腕にベタベタ触るのは逆セクハラとも言える。
しかも優子さんに目撃されたんだから、被害者は俺のほうだ。
そういえば、俺も十八の時いきなり優子さんの腕掴んだな。
なんで掴んだんだっけ、と記憶を辿ると、告白するためだったと思い出した。
うわ、恥ずかしい。
しかも待って、いきなり抱きついたこともあった。
やべーじゃん。今思うと完全に変質者じゃん。
当時は何も考えなかったけど、不意打ちで腕を掴んだり抱きついたりして、怖い思いをさせたかもしれない。
それでも優子さんは優しかった。
振りほどくことはせず、俺が自分の意志で離すまで待ってくれた。
どういう思考回路をしていたらあんなに優しい対応ができるんだろう。
ともかく、俺も人を責められる立場ではなかったようだ。
それに、栗原さんに人前で恥をかかせたという点では、俺が全面的に悪い。
仕方ないので、そのことだけでも謝ろうと覚悟した。
出社すると、まだ栗原さんは来ていなくて俺はホッとした。
PCを立ち上げて、休日に書いた業務改善メモを見ながら、昨日は優子さんという誘惑に負けて何もできなかったな~……と考えていると、
「おはようございまーす」
と女性の高い声が聞こえた。栗原さんだった。
俺が視線を向けると、スッと目を逸らして、淡々とした顔でバッグを椅子に下ろしてからPCの電源を入れ、ポーチを持ってどこかに行こうとした。
いつも朝から無駄に笑顔だし、目が合ったら話しかけてくるくせに、あからさまに態度を変えている。
めんどくさい。
めんどくさいけど仕方ない。
俺はおもむろに立ち上がって栗原さんを追いかけた。
「栗原さん」
呼ぶと、彼女は足を止めて振り返った。
不服そうにぶすっとしている。
向こうは謝る気はないらしい。
「ちょっと、話、いいですか?」
「いいですけど」
いつもの媚びたしゃべり方はどこへやら、栗原さんはにこりともしない。
こっちが素なんだろうか。裏表怖ぇ。
でもにこりともしてないのは俺も同じだから人のことは言えない。
俺は栗原さんを連れて、まだ無人のミーティングスペースに行った。
「昨日は人前で失礼なことをしてすみませんでした。その……知り合いに会って焦ったのもあって……」
「別に、いいですけど。私は知らない人だし。でも青山さん、ずっと思ってましたけどいつも冷たすぎませんか? そんなに私が嫌いなんですか?」
思いがけない責め方をされた。
そりゃ、苦手だとは思ってるけど、取り立てて冷たくはしていないつもりだった。
にしてもこの態度。
自分のしたことは棚上げで論点をすり替えて責めてくるところが、やけに元カノ達とかぶる。
もしかして……この人、俺のこと好きだったりするのかな。
だとしたらちょっと話が変わってくるけど。
とはいえ好きとは言われてないからお断りするのも変だし、嫌いかと聞かれて「嫌いまでは行かなくても苦手です」なんて本心を言うわけにもいかない。
「冷たくしたつもりは無いけど、女性が苦手なのでそう見えるのかもしれません」
「でも私は悲しかったです。それに、ごはん誘ってもいつも断るし……」
「それは……」
あくまでも俺が悪者なんだな、と思い、これ以上の議論をためらった。
ただ大人しく謝ればいいのだろうか?
でもここで謝ったら、次は断りづらくなるかもしれない。
優子さんならどうするだろう。
――優子さんなら、きっと正直に全てを話す。
それが一番近道なのかもしれない。
仕事と関係ないことを話すのは気が重かったけど、俺は意を決して口を開いた。
「昨日会った女の人、俺の彼女なんです」
「えっ……」
「俺は……あの人のことがもう十年近くずっと好きで、大事に思ってるので、他の女性に全く興味が無いです。だから、栗原さんと二人ではお茶も食事もできません。ごめんなさい」
これでわかってくれよ、と思いながら、俺は頭を下げた。
しばらく沈黙が続いた後、
「別に私、青山さんを好きとか言ってませんから」
そんな言葉を吐き捨てて、栗原さんはパタパタと走っていった。
……話し損じゃね~か!!
デスクに戻ってしばらくすると、栗原さんが戻ってきた。
泣いた後みたいに目と鼻が赤いのに気づいて、もしかして俺のせいではと責任を感じた。
でも本人が「好きとは言ってない」って言ってたし、席につくなりマスクを取り出してかけたので、花粉症なんだろうと決めて気にしないことにした。
昼休み、手洗いから戻ってきた清水さんが、
「お前、彼女いるってマジ?」
と言ってきた。
「誰に聞いたんすか、そんなこと」
「女子トイレから漏れ聞こえてきた」
「マジっすか。最悪なんですけど」
「女子達が大騒ぎしてて、阿鼻叫喚だったよ」
「はぁ……」
「いいよなぁ、モテるやつは~」
何も良くない、と俺は思った。
「別にモテてないですよ。今いる人達に言い寄られたこともないし」
「お前、女心わかってねぇなぁ~」
栗原さんみたいな人の女心なら、一生わからなくていい。
しかし、なんで女子ってそんなに口軽いんだろう。
話して良いことと悪いことくらいわからないのかな?
……いや、そんなのただの俺の主観か。
話されたら困るのに口止めしなかった俺も悪い。
きっと栗原さんみたいな人が普通の女子であり、普通の人間なんだろう。
こういうストレスを一切与えてこない優子さんが凄すぎるのだ。
それに悪いことばかりとは限らない。
これを機に社内の女子が、誰も俺に興味を示さなくなってくれるかもしれない。
そうなった時は栗原さんに感謝しようと思う。
出社するのが億劫だ。
栗原さんに会いたくない。
人前で無理やり押しのけて置いて帰ったんだから、きっと向こうも怒ってるはずだ。
でも、そうなったのは向こうが強引に食事に誘うからだし、腕にベタベタ触るのは逆セクハラとも言える。
しかも優子さんに目撃されたんだから、被害者は俺のほうだ。
そういえば、俺も十八の時いきなり優子さんの腕掴んだな。
なんで掴んだんだっけ、と記憶を辿ると、告白するためだったと思い出した。
うわ、恥ずかしい。
しかも待って、いきなり抱きついたこともあった。
やべーじゃん。今思うと完全に変質者じゃん。
当時は何も考えなかったけど、不意打ちで腕を掴んだり抱きついたりして、怖い思いをさせたかもしれない。
それでも優子さんは優しかった。
振りほどくことはせず、俺が自分の意志で離すまで待ってくれた。
どういう思考回路をしていたらあんなに優しい対応ができるんだろう。
ともかく、俺も人を責められる立場ではなかったようだ。
それに、栗原さんに人前で恥をかかせたという点では、俺が全面的に悪い。
仕方ないので、そのことだけでも謝ろうと覚悟した。
出社すると、まだ栗原さんは来ていなくて俺はホッとした。
PCを立ち上げて、休日に書いた業務改善メモを見ながら、昨日は優子さんという誘惑に負けて何もできなかったな~……と考えていると、
「おはようございまーす」
と女性の高い声が聞こえた。栗原さんだった。
俺が視線を向けると、スッと目を逸らして、淡々とした顔でバッグを椅子に下ろしてからPCの電源を入れ、ポーチを持ってどこかに行こうとした。
いつも朝から無駄に笑顔だし、目が合ったら話しかけてくるくせに、あからさまに態度を変えている。
めんどくさい。
めんどくさいけど仕方ない。
俺はおもむろに立ち上がって栗原さんを追いかけた。
「栗原さん」
呼ぶと、彼女は足を止めて振り返った。
不服そうにぶすっとしている。
向こうは謝る気はないらしい。
「ちょっと、話、いいですか?」
「いいですけど」
いつもの媚びたしゃべり方はどこへやら、栗原さんはにこりともしない。
こっちが素なんだろうか。裏表怖ぇ。
でもにこりともしてないのは俺も同じだから人のことは言えない。
俺は栗原さんを連れて、まだ無人のミーティングスペースに行った。
「昨日は人前で失礼なことをしてすみませんでした。その……知り合いに会って焦ったのもあって……」
「別に、いいですけど。私は知らない人だし。でも青山さん、ずっと思ってましたけどいつも冷たすぎませんか? そんなに私が嫌いなんですか?」
思いがけない責め方をされた。
そりゃ、苦手だとは思ってるけど、取り立てて冷たくはしていないつもりだった。
にしてもこの態度。
自分のしたことは棚上げで論点をすり替えて責めてくるところが、やけに元カノ達とかぶる。
もしかして……この人、俺のこと好きだったりするのかな。
だとしたらちょっと話が変わってくるけど。
とはいえ好きとは言われてないからお断りするのも変だし、嫌いかと聞かれて「嫌いまでは行かなくても苦手です」なんて本心を言うわけにもいかない。
「冷たくしたつもりは無いけど、女性が苦手なのでそう見えるのかもしれません」
「でも私は悲しかったです。それに、ごはん誘ってもいつも断るし……」
「それは……」
あくまでも俺が悪者なんだな、と思い、これ以上の議論をためらった。
ただ大人しく謝ればいいのだろうか?
でもここで謝ったら、次は断りづらくなるかもしれない。
優子さんならどうするだろう。
――優子さんなら、きっと正直に全てを話す。
それが一番近道なのかもしれない。
仕事と関係ないことを話すのは気が重かったけど、俺は意を決して口を開いた。
「昨日会った女の人、俺の彼女なんです」
「えっ……」
「俺は……あの人のことがもう十年近くずっと好きで、大事に思ってるので、他の女性に全く興味が無いです。だから、栗原さんと二人ではお茶も食事もできません。ごめんなさい」
これでわかってくれよ、と思いながら、俺は頭を下げた。
しばらく沈黙が続いた後、
「別に私、青山さんを好きとか言ってませんから」
そんな言葉を吐き捨てて、栗原さんはパタパタと走っていった。
……話し損じゃね~か!!
デスクに戻ってしばらくすると、栗原さんが戻ってきた。
泣いた後みたいに目と鼻が赤いのに気づいて、もしかして俺のせいではと責任を感じた。
でも本人が「好きとは言ってない」って言ってたし、席につくなりマスクを取り出してかけたので、花粉症なんだろうと決めて気にしないことにした。
昼休み、手洗いから戻ってきた清水さんが、
「お前、彼女いるってマジ?」
と言ってきた。
「誰に聞いたんすか、そんなこと」
「女子トイレから漏れ聞こえてきた」
「マジっすか。最悪なんですけど」
「女子達が大騒ぎしてて、阿鼻叫喚だったよ」
「はぁ……」
「いいよなぁ、モテるやつは~」
何も良くない、と俺は思った。
「別にモテてないですよ。今いる人達に言い寄られたこともないし」
「お前、女心わかってねぇなぁ~」
栗原さんみたいな人の女心なら、一生わからなくていい。
しかし、なんで女子ってそんなに口軽いんだろう。
話して良いことと悪いことくらいわからないのかな?
……いや、そんなのただの俺の主観か。
話されたら困るのに口止めしなかった俺も悪い。
きっと栗原さんみたいな人が普通の女子であり、普通の人間なんだろう。
こういうストレスを一切与えてこない優子さんが凄すぎるのだ。
それに悪いことばかりとは限らない。
これを機に社内の女子が、誰も俺に興味を示さなくなってくれるかもしれない。
そうなった時は栗原さんに感謝しようと思う。
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