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第9章

3 通じ合えること②

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「あっ、来た」
 実華ちゃんが、店の入口に向かって私越しに手を振った。
 振り返って見ると、二人はもう店内に入って、こちらに近づいてくるところだった。
 正樹の後ろをついて来る亮弥くんの表情が、見送った時より心なしか柔らかくなっていて、私はひと安心した。
「おかえりなさ~い」
「いやあ、ずいぶん待たせちゃったね」
「仲良く話せた?」
 実華ちゃんが聞くと、二人は顔を見合わせながら、
「そりゃあ、ねえ。もちろん」
「はい」
 亮弥くんが口元を緩めたので、私はちょっと驚いた。どうやらしっかり正樹に懐柔されたらしい。
「おつかれさま、亮弥くん」
 私は立ち上がって隣の椅子を引き、亮弥くんを促した。
「ちゃんと話せた?」
「うん。いろいろ聞けた」
「解決した?」
「うん」
「そっか、良かったね」
 正樹も向かい側の実華ちゃんの隣に落ち着いた。
 二人の飲み物を注文するついでに、私達ももう一杯ずつ頼んだ。

「亮弥、すごい無口だったけどちゃんとしゃべれたの?」
 実華ちゃんがからかうように絡んでいく。
 途端に亮弥くんはまた人見知りを発動した。
「せっかく俺と打ち解けたのに、実華子が話し掛けたらまた戻っちゃうでしょ」
「本当に打ち解けたの? どうやって懐柔したの?」
「どうって、普通に話しただけだって」
「そういえばなんかいつの間にか……」
 小さな声で呟いて考え込んだ亮弥くんが、
「あっ!」
 何かに思い当たったように顔を上げた。
 その視線の先には、どこか白々しく首を傾げる正樹。
「策士」
「違う違う、偶然の結果だって」
「いや、絶対ウソですよ。二重三重に騙されてる」
 そう言った亮弥くんは、ものすごく親しげな笑みを見せた。
 私は驚いて正樹と亮弥くんを交互に見たけど、すっかり二人で通じ合って、こっちは視野に入れてもくれない。

「亮弥が笑うと、なんかキラキラ光が散るね」
 頬杖をついて、グラスに刺さっているストローを弄りながら二人の様子を眺めていた実華ちゃんが、テレビを見ながら言う独り言のように呟いた。
「や、やめてください……」
「なんで? 褒めたのに。イケメンってやばいね、本当にキラキラするんだね」
 相変わらずグイグイ行く実華ちゃんに、亮弥くん受け止めきれるかな、と心配になる。
「正樹ももっとがんばらないと」
「がんばりようがないでしょ、これは生まれ持った能力だよ」
「なんすか、能力って」
 ツッコミまでできるようになってる!
 あんなに警戒してたのにここまで打ち解けるなんて、いったい正樹は何をしたんだろう?
 亮弥くんのスッキリした表情からして不安は解消できたみたいだし、本当に良かった。

 その後お茶を飲みながらしばらく話して、本日の面談は終了になった。
 汐留で遊んでから帰るという西山夫妻とは、飲食店を出たところで解散することにした。
「ありがとうね、二人とも。私達のわがまま聞いてくれて」
「いえいえ、普段のお返しですよ! それに、二人に会えて嬉しかったです! ね、正樹」
「うん、会えて良かった」
 正樹は温かい笑顔を見せた。
「正樹ありがとう。亮弥くんがお世話になりました」
「こちらこそ。良かったね優子、良い人と出会えて。俺も安心した」
「うん……」
 そういえば、前に話した時、正樹でダメになったからもうダメ、とか言ったっけ。
 それを思い出して少し恥ずかしくなった。
 今は、亮弥くん以上に隣に居てほしいと思える人はいないと、思えている。
「亮弥くん、また会おうね」
「ハイ、まあ、機会があれば」
「アハハ、つれない」
 この二人がまた会うこともあるのだろうか。
 私としてはちょっと複雑だけど、仲良くなれるのならそれも悪くはないだろう。

 実華ちゃんと正樹に見送られて、私達は汐留を後にした。
「がんばったね、亮弥くん。疲れたでしょ」
「うん、気疲れした」
 亮弥くんはいつもどおりの笑顔を見せた。
「どうだった? 話してみて」
「うん……すごくいい人だった……」
 しみじみとした言い方に、私は心の奥で、正樹の人間性が亮弥くんに伝わって良かった、とホッとしていた。
「質問にも丁寧に答えてくれたし、向こうからもいろいろ話してくれたよ。優子さんの若い頃のこととか……」
「え、やだなぁ。変なこと言ってなかった?」
「ううん、全然。褒めてたよ。でも一つだけ気になったことがあってさ……」
「え?」
「あ、まあ、後で……帰ってから話す」
 何かおかしな話でも聞いたのだろうか。
 少し気になったけど、まあ後で聞けるならいいか、と思って、私は腕時計を見た。時刻は四時過ぎだった。
「まだけっこう時間早いね。どこか寄ってく? 買い物もして帰らないと……」
「ううん。買い物は後でいい。真っすぐ浅草に帰る」
 言いながら亮弥くんは、指を絡ませて少し自分に引き寄せるように私の手をぐっと握った。
「早く二人になりたいから」
 ドキン――と、胸が鳴った。
 亮弥くんがそんなことを言うのは珍しい。
「うん……、わかった」
 なんだか妙にドキドキして、顔が熱くなった。
 今さらそんなことで照れるような年でも関係性でもないのに、どうしちゃったんだろう。

 それからお互いなんとなく無口になって、なんだか気恥ずかしいまま地下鉄に乗った。
 新型車両の明るい内装が、やけに眩しく感じられた。
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