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第8章
2 憂鬱①
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「姉ちゃん……、どうしよう……」
「おおー、聞いたよ。西山課長に会うんだって?」
優子さんの誕生日が過ぎてすぐの週末、俺は部屋のソファでのたうちながら悩みまくった挙げ句、姉ちゃんに電話をした。
「え、なんで知ってんの?」
「実華子に聞いた~」
どうやら、優子さんが元カレの奥さんに相談した内容が、奥さんから友人である姉ちゃんに筒抜けになっているらしい。
この人達には秘密を守るという感覚はないのか、と呆れたが、姉ちゃんに相談を持ちかけようとしていた自分も同じだと気づいて更に落ち込んだ。
「つーか、ずいぶん遅かったじゃん、元カレの話聞き出すの」
「そりゃそーでしょ、姉ちゃんから聞いたって言わずに聞くの大変だったんだよ。俺、勘づかれるんじゃないかと思ってめちゃくちゃ緊張したんだから」
「アハハ、がんばったね。エラいエラい」
元はと言えば、俺が長らく悩んでたのは姉ちゃんが俺に話したせいなのに、全然悪びれてない。
まあ、こういう姉だから仕方がない。
「でも何で会おうと思ったの? 普通あんまり会いたくなくない?」
「わかんない……なんとなくノリで……」
「は? バカなの?」
「元カレさん、俺と会うの嫌がるかな……?」
「まあ……大丈夫でしょ。西山課長優しいし、めっちゃ大人でいい人だから。優子さんの元カレって聞いて納得しちゃったもんなー」
「やめてそういう不安になること言うの」
「なんで不安なのよ?」
「その人、優子さんにとってもけっこう大事な人だったぽいんだよね……」
はっきり言って俺は、元カレって言っても単につき合ったことがある男の中の一人だろ、とタカを括っていた。
俺にとっての元カノ達がそんなに大きな存在でないのと同じように考えていたのだ。
所詮は別れた相手だし、俺のほうが絶対勝っていると。
でも優子さんの話を聞いているうちに、ふと思い出してしまった。
優子さんには一人だけ、理解を示してくれた特別な存在の彼氏がいたことを。
まさかそれが件の元カレさんだとは思っていなくて、念のため聞いてみたら、まさにその人だったという……。
さすがにこれはショックだった。
よりによってその人じゃなくてもよくない?
もっとライトなつき合いだった彼氏でよくない?
ただでさえ不安が尽きないのに、こんな試練まであるなんて酷すぎる。
しかも優子さんは、そこをそんなに重要視してないぽいのだ。
え、その人だけど、どうかした……?
みたいな感じなのだ。優子さんはすごく優しいし、すごく気を配ってくれる人だけど、イマイチ男心をわかってないところがある。
とはいえ、過去のことで優子さんと揉めても仕方ない。
だから俺は、とにかくその受け入れがたい事実をどうにか飲み込むために、元カレと会うという選択をした。
でも、今さらになって憂鬱で憂鬱で仕方ない。
あの日優子さんの家を出るまでは、どうにか勘ぐられずに元カレの話を引き出せた達成感と、優子さんが隠さず話してくれた安心感とで、壁を乗り越えた思いだった。
でも、一人になって考えるうちに、優子さんも元カレも本当はお互いを忘れていなかったらどうしようとか、不機嫌そうな態度で来られたらどうしようとか、わざわざ会ってもらってうまく話せなかったらどうしようとか、様々な不安で頭がいっぱいになってしまっている。
「そりゃ、昔は大事だったかもしれないけど、今はそうじゃないから別れてるんでしょ」
「そうとも限らないじゃん。別れてもより戻す人だってたくさんいるし……」
「実華子といいアンタといい、何がそんなに不安なのかね~!」
姉ちゃんが投げやりな調子で言った。
「え、その奥さんも不安がってたの? それじゃやっぱり……」
「いや、あんたたち馬鹿でしょ。もっと自分のパートナーを信じろっての」
「そりゃ、優子さんのことは、信じてるけど……」
でも俺達の恋人としての期間なんて、まだ半年そこそこだ。
今の自分が本当の意味で優子さんの精神的な支えになれているとも思えない。
そんな中で、別れた理由が「たった一言」しかなかった元カレに勝てるような気がしないのだ。会うと打ちのめされる気がする。
「いーや、信じてないね」
姉ちゃんは、たしなめるように言う。
「アンタわかってないのよ。あの優子さんが今恋愛をしてることがどんなにすごいことか」
「いや、わかってるつもりだよ。だって優子さんにその気になってもらうまで、俺めちゃくちゃ待ったし」
「いーや、わかってない。あんたはね、優子さんが少なくとも九年以上ぶりに好きになった男なんだよ。その間玉砕した男が何人いると思ってんの?」
「え、何人いるの……?」
「知らない」
「なんだよそれ」
「でも、私が一緒に仕事してた時でも"コイツ優子さんに惚れてんな~"って人が何人もいたから、全く恋愛の機会が無かったってことは絶対ないはず」
「まあ、そうだと思うけど……」
そういえば、言い寄った男の人数を聞くのを忘れていた、と俺は思った。
「でも私が何度聞いても"恋愛はもう別に要らない"みたいな返事しかなかったの。アンタのことで初めて、誰かを好きって気持ちがある優子さんを見たんだよね。マジでビビったわ」
「ビビんなよ……」
「だからそれだけ革命的なことだって言ってんの」
そう言われたら、まあ、そうなのかなと思わなくもない。
優子さんが俺にだけは真正面から向き合ってくれたのも知ってる。
本当はあまり人と関わりたくない人なのに、俺だけは側に置いてくれてることも……。
でも逆に言うと、それがわかっている上で今、不安で憂鬱になっているわけで、わかっていることを再確認したところでこの不安は晴れないのだ。
「おおー、聞いたよ。西山課長に会うんだって?」
優子さんの誕生日が過ぎてすぐの週末、俺は部屋のソファでのたうちながら悩みまくった挙げ句、姉ちゃんに電話をした。
「え、なんで知ってんの?」
「実華子に聞いた~」
どうやら、優子さんが元カレの奥さんに相談した内容が、奥さんから友人である姉ちゃんに筒抜けになっているらしい。
この人達には秘密を守るという感覚はないのか、と呆れたが、姉ちゃんに相談を持ちかけようとしていた自分も同じだと気づいて更に落ち込んだ。
「つーか、ずいぶん遅かったじゃん、元カレの話聞き出すの」
「そりゃそーでしょ、姉ちゃんから聞いたって言わずに聞くの大変だったんだよ。俺、勘づかれるんじゃないかと思ってめちゃくちゃ緊張したんだから」
「アハハ、がんばったね。エラいエラい」
元はと言えば、俺が長らく悩んでたのは姉ちゃんが俺に話したせいなのに、全然悪びれてない。
まあ、こういう姉だから仕方がない。
「でも何で会おうと思ったの? 普通あんまり会いたくなくない?」
「わかんない……なんとなくノリで……」
「は? バカなの?」
「元カレさん、俺と会うの嫌がるかな……?」
「まあ……大丈夫でしょ。西山課長優しいし、めっちゃ大人でいい人だから。優子さんの元カレって聞いて納得しちゃったもんなー」
「やめてそういう不安になること言うの」
「なんで不安なのよ?」
「その人、優子さんにとってもけっこう大事な人だったぽいんだよね……」
はっきり言って俺は、元カレって言っても単につき合ったことがある男の中の一人だろ、とタカを括っていた。
俺にとっての元カノ達がそんなに大きな存在でないのと同じように考えていたのだ。
所詮は別れた相手だし、俺のほうが絶対勝っていると。
でも優子さんの話を聞いているうちに、ふと思い出してしまった。
優子さんには一人だけ、理解を示してくれた特別な存在の彼氏がいたことを。
まさかそれが件の元カレさんだとは思っていなくて、念のため聞いてみたら、まさにその人だったという……。
さすがにこれはショックだった。
よりによってその人じゃなくてもよくない?
もっとライトなつき合いだった彼氏でよくない?
ただでさえ不安が尽きないのに、こんな試練まであるなんて酷すぎる。
しかも優子さんは、そこをそんなに重要視してないぽいのだ。
え、その人だけど、どうかした……?
みたいな感じなのだ。優子さんはすごく優しいし、すごく気を配ってくれる人だけど、イマイチ男心をわかってないところがある。
とはいえ、過去のことで優子さんと揉めても仕方ない。
だから俺は、とにかくその受け入れがたい事実をどうにか飲み込むために、元カレと会うという選択をした。
でも、今さらになって憂鬱で憂鬱で仕方ない。
あの日優子さんの家を出るまでは、どうにか勘ぐられずに元カレの話を引き出せた達成感と、優子さんが隠さず話してくれた安心感とで、壁を乗り越えた思いだった。
でも、一人になって考えるうちに、優子さんも元カレも本当はお互いを忘れていなかったらどうしようとか、不機嫌そうな態度で来られたらどうしようとか、わざわざ会ってもらってうまく話せなかったらどうしようとか、様々な不安で頭がいっぱいになってしまっている。
「そりゃ、昔は大事だったかもしれないけど、今はそうじゃないから別れてるんでしょ」
「そうとも限らないじゃん。別れてもより戻す人だってたくさんいるし……」
「実華子といいアンタといい、何がそんなに不安なのかね~!」
姉ちゃんが投げやりな調子で言った。
「え、その奥さんも不安がってたの? それじゃやっぱり……」
「いや、あんたたち馬鹿でしょ。もっと自分のパートナーを信じろっての」
「そりゃ、優子さんのことは、信じてるけど……」
でも俺達の恋人としての期間なんて、まだ半年そこそこだ。
今の自分が本当の意味で優子さんの精神的な支えになれているとも思えない。
そんな中で、別れた理由が「たった一言」しかなかった元カレに勝てるような気がしないのだ。会うと打ちのめされる気がする。
「いーや、信じてないね」
姉ちゃんは、たしなめるように言う。
「アンタわかってないのよ。あの優子さんが今恋愛をしてることがどんなにすごいことか」
「いや、わかってるつもりだよ。だって優子さんにその気になってもらうまで、俺めちゃくちゃ待ったし」
「いーや、わかってない。あんたはね、優子さんが少なくとも九年以上ぶりに好きになった男なんだよ。その間玉砕した男が何人いると思ってんの?」
「え、何人いるの……?」
「知らない」
「なんだよそれ」
「でも、私が一緒に仕事してた時でも"コイツ優子さんに惚れてんな~"って人が何人もいたから、全く恋愛の機会が無かったってことは絶対ないはず」
「まあ、そうだと思うけど……」
そういえば、言い寄った男の人数を聞くのを忘れていた、と俺は思った。
「でも私が何度聞いても"恋愛はもう別に要らない"みたいな返事しかなかったの。アンタのことで初めて、誰かを好きって気持ちがある優子さんを見たんだよね。マジでビビったわ」
「ビビんなよ……」
「だからそれだけ革命的なことだって言ってんの」
そう言われたら、まあ、そうなのかなと思わなくもない。
優子さんが俺にだけは真正面から向き合ってくれたのも知ってる。
本当はあまり人と関わりたくない人なのに、俺だけは側に置いてくれてることも……。
でも逆に言うと、それがわかっている上で今、不安で憂鬱になっているわけで、わかっていることを再確認したところでこの不安は晴れないのだ。
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