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第7章
4 フレンチディナー①
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優子さんと俺の誕生日祝いとして、フレンチレストランへディナーに行くことになっていた。
浅草界隈の裏手にひっそりと営業しているそのお店は、優子さんのお気に入りで、これまで何度か通っているそう。
ドレスコードもない気軽なお店らしいけど、「少しだけオシャレしてきて」と優子さんに言われたので、どんな服装がいいのか、俺はまたもやネットで調べてみた。
"フレンチディナー 服装 男性"……、検索結果に並ぶ"スマートカジュアル"という文字を見て、なるほどこれだと合点した。
手持ちの服の組み合わせでもなんとかなりそうではあったけど、せっかく優子さんの馴染みのお店に連れて行ってもらうのだから、恥ずかしくないようにと思い、先週デート用の服を買いに行った。
どことなく裕福そうな面々で賑わう銀座のデパートに、やや怯えながら出掛けて、とりあえずメンズフロアを一回りした。
その中に、スタイリッシュで俺好みのお店を見つけて入ったが最後、着せ替え人形のように次々と試着をさせられた。
「とってもお似合いですね!」
「すごくカッコいいです」
「これも着てみませんか?」
「こっちもいいかも」
こちらが息つく間もなく、店員が次々とオススメの服を持ってくる。
よくあるのだ、これは。
いや、お店側も売るのが仕事だから、そりゃ一つでも多く気に入ってもらおうとあれこれ勧めてくるだろう。
それ自体はおそらく客が誰でも同じだと思う。
でも、店員が男であれ女であれ関係なく、いちいち感嘆のため息と、フィッティングハイではと思うほどのテンション、そして制御できずこぼれ出てしまっているような笑みを向けられると、こっちはちょっと……いや、かなり引いてしまう。
この顔のせいだろうか。
それとも、世の中皆この試練に耐えて服を買っているのだろうか。
わからないが、とにかくこの試着地獄のせいで、俺は服を買いに行くのが億劫で仕方ない。
とはいえ、顔しか取り柄がない以上は、せめて外見にはいつも気を遣おうと決めているので、定期的に地獄に踏み入るのを避けられない人生だ。
まあ悪いことばかりではない。
地獄を抜けた先で、いつも満足いく服を手に入れることができるから。
今回は度重なる試着の末、最初に自分が選んだネイビーのジャケットと黒のスキニーパンツの組み合わせに、うっすらとブルーのストライプが入った白シャツというコーディネートで購入することにした。
……ということは試着地獄は無駄だったわけだが、まあ、忘れることにしよう。
「こんな素敵な彼氏さんとお食事って、彼女さんお幸せですね」
という店員の一言に苦笑いしながら、彼女のほうがずっと素敵なんですよ、と俺は心の中で自慢した。
さて、その一張羅を着てコートを羽織り、約束の土曜日の夕方、俺は優子さんと待ち合わせた浅草駅にやって来た。
改札を出て階段を上がっていくと、ぽっかりと開いた出口に覗く景色は、空から地上へと移り変わっていく。
二筋の光が水平に回り続ける、ライトアップされたスカイツリー。
墨田区役所。
金色のオブジェが有名な企業ビル。
そして点々と街灯を並べる真っ赤な吾妻橋を背に優子さんの姿を認めた時、俺は思わず足を止めた。
スカートだ。
優子さんがスカートをはいている。
え、あれ優子さんだよね??
するとその女性はふと俺に目を留め、みるみる微笑んだ。
やっぱり優子さんだった。
優子さんは白いファー付きコートの下に黒のフレアスカートを覗かせていた。
タイツを履いていて生足ではないにしろ、スカート姿の優子さんを見るのは初めてだ。
めちゃくちゃかわいい。
俺が階段を上りきるのとほぼ同時に、優子さんもこちらに歩み寄ってきた。
「スカート初めてだね」
「あはは、気づいちゃった? 恥ずかしい」
「超かわいいよ。お人形みたい」
「やめてよ、私四十歳だよ。中年だよ?」
「中年は却下。いいじゃん、かわいいんだから。俺こんな感じだけど大丈夫?」
そう言ってコートをはだけさせて見せると、優子さんは「おお……」という顔をしてから、
「すごい、オシャレ。カッコいい」
と、嬉しそうな笑顔を見せた。
ディナーの予約は六時半。
つないだ手を俺のポケットに突っ込んで、優子さんに案内されるままに足を進めた。
浅草のメインの界隈には入らず、隅田川寄りの通りを北に向かって十分程歩いただろうか。
喧騒から外れ、閑散としたところにそのお店は突如現れた。
白い外観は少しだけ閉鎖的で、中の様子が見えない。
入口に立てられた、覗き込まないとわからないメニュー表が、かろうじてそこが飲食店だと伝えている。
扉横の壁に「LE PURE」と書かれていて、どうやらそれが店名らしい。
「れ、ぴゅあ?」
「フランス語だから、ル・PUREだね」
「え? ぴゅ、何?」
優子さんが聞いたこともない発音をしたので、俺は全く聞き取れなかった。
「えっと、日本語的に言うと……、ル・ピュールかな?」
「優子さんフランス語話せるの!?」
そういえば、優子さんの部屋にフランス語のテキストがあったのを思い出した。
「ううん。昔少し齧っただけで、話せるレベルではない」
「そ、そうなんだ……」
「時間もちょうどいいし、入ろうか」
「あ、はい」
俺達はつないでいた手をほどいて、傘立ての置かれている小さな風除室を経て店内に入った。
浅草界隈の裏手にひっそりと営業しているそのお店は、優子さんのお気に入りで、これまで何度か通っているそう。
ドレスコードもない気軽なお店らしいけど、「少しだけオシャレしてきて」と優子さんに言われたので、どんな服装がいいのか、俺はまたもやネットで調べてみた。
"フレンチディナー 服装 男性"……、検索結果に並ぶ"スマートカジュアル"という文字を見て、なるほどこれだと合点した。
手持ちの服の組み合わせでもなんとかなりそうではあったけど、せっかく優子さんの馴染みのお店に連れて行ってもらうのだから、恥ずかしくないようにと思い、先週デート用の服を買いに行った。
どことなく裕福そうな面々で賑わう銀座のデパートに、やや怯えながら出掛けて、とりあえずメンズフロアを一回りした。
その中に、スタイリッシュで俺好みのお店を見つけて入ったが最後、着せ替え人形のように次々と試着をさせられた。
「とってもお似合いですね!」
「すごくカッコいいです」
「これも着てみませんか?」
「こっちもいいかも」
こちらが息つく間もなく、店員が次々とオススメの服を持ってくる。
よくあるのだ、これは。
いや、お店側も売るのが仕事だから、そりゃ一つでも多く気に入ってもらおうとあれこれ勧めてくるだろう。
それ自体はおそらく客が誰でも同じだと思う。
でも、店員が男であれ女であれ関係なく、いちいち感嘆のため息と、フィッティングハイではと思うほどのテンション、そして制御できずこぼれ出てしまっているような笑みを向けられると、こっちはちょっと……いや、かなり引いてしまう。
この顔のせいだろうか。
それとも、世の中皆この試練に耐えて服を買っているのだろうか。
わからないが、とにかくこの試着地獄のせいで、俺は服を買いに行くのが億劫で仕方ない。
とはいえ、顔しか取り柄がない以上は、せめて外見にはいつも気を遣おうと決めているので、定期的に地獄に踏み入るのを避けられない人生だ。
まあ悪いことばかりではない。
地獄を抜けた先で、いつも満足いく服を手に入れることができるから。
今回は度重なる試着の末、最初に自分が選んだネイビーのジャケットと黒のスキニーパンツの組み合わせに、うっすらとブルーのストライプが入った白シャツというコーディネートで購入することにした。
……ということは試着地獄は無駄だったわけだが、まあ、忘れることにしよう。
「こんな素敵な彼氏さんとお食事って、彼女さんお幸せですね」
という店員の一言に苦笑いしながら、彼女のほうがずっと素敵なんですよ、と俺は心の中で自慢した。
さて、その一張羅を着てコートを羽織り、約束の土曜日の夕方、俺は優子さんと待ち合わせた浅草駅にやって来た。
改札を出て階段を上がっていくと、ぽっかりと開いた出口に覗く景色は、空から地上へと移り変わっていく。
二筋の光が水平に回り続ける、ライトアップされたスカイツリー。
墨田区役所。
金色のオブジェが有名な企業ビル。
そして点々と街灯を並べる真っ赤な吾妻橋を背に優子さんの姿を認めた時、俺は思わず足を止めた。
スカートだ。
優子さんがスカートをはいている。
え、あれ優子さんだよね??
するとその女性はふと俺に目を留め、みるみる微笑んだ。
やっぱり優子さんだった。
優子さんは白いファー付きコートの下に黒のフレアスカートを覗かせていた。
タイツを履いていて生足ではないにしろ、スカート姿の優子さんを見るのは初めてだ。
めちゃくちゃかわいい。
俺が階段を上りきるのとほぼ同時に、優子さんもこちらに歩み寄ってきた。
「スカート初めてだね」
「あはは、気づいちゃった? 恥ずかしい」
「超かわいいよ。お人形みたい」
「やめてよ、私四十歳だよ。中年だよ?」
「中年は却下。いいじゃん、かわいいんだから。俺こんな感じだけど大丈夫?」
そう言ってコートをはだけさせて見せると、優子さんは「おお……」という顔をしてから、
「すごい、オシャレ。カッコいい」
と、嬉しそうな笑顔を見せた。
ディナーの予約は六時半。
つないだ手を俺のポケットに突っ込んで、優子さんに案内されるままに足を進めた。
浅草のメインの界隈には入らず、隅田川寄りの通りを北に向かって十分程歩いただろうか。
喧騒から外れ、閑散としたところにそのお店は突如現れた。
白い外観は少しだけ閉鎖的で、中の様子が見えない。
入口に立てられた、覗き込まないとわからないメニュー表が、かろうじてそこが飲食店だと伝えている。
扉横の壁に「LE PURE」と書かれていて、どうやらそれが店名らしい。
「れ、ぴゅあ?」
「フランス語だから、ル・PUREだね」
「え? ぴゅ、何?」
優子さんが聞いたこともない発音をしたので、俺は全く聞き取れなかった。
「えっと、日本語的に言うと……、ル・ピュールかな?」
「優子さんフランス語話せるの!?」
そういえば、優子さんの部屋にフランス語のテキストがあったのを思い出した。
「ううん。昔少し齧っただけで、話せるレベルではない」
「そ、そうなんだ……」
「時間もちょうどいいし、入ろうか」
「あ、はい」
俺達はつないでいた手をほどいて、傘立ての置かれている小さな風除室を経て店内に入った。
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