アラフォーだから君とはムリ

天野アンジェラ

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第7章

1 愛美と実華子③

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「はー、なるほどなるほど。そういう事情があったとは」
 お昼休み。
 応接室に集まってごはんを食べながら、私と実華ちゃんの関係についてひと通り話し、続いて実華ちゃんと昨日の夜にしていたやり取りを話すと、愛美ちゃんは納得したように何度も頷いた。
「悪かったね、実華子。妊娠のことで悩んでるなんて全然知らなかったからさ……」
「いや、まだそんなに悩んでるってほどでもなくて。ただタイミングが悪かったから、ちょっと感情的になっちゃっただけ。私こそおめでとうって言えなくてごめん……」
「いーよいーよ、そりゃ仕方ないもん」
 全然大丈夫、と愛美ちゃんは手をパタパタ動かした。
 こういうサラリとした寛容さ、本当に彼女の長所だよなぁ。
 本来なら皆から祝福されたいだろうに、「実華子は私の妊娠を聞いて怒った」なんて機嫌損ねたりしないんだもん。
 私だったら表面には出さなくても、「この子にとって私ってその程度の存在なんだ」って思っちゃうかもしれない。
「私は二人の話をほぼ同時に聞いて、でもどちらにも勝手に話すわけにいかなかったから……。ごめんね、実華ちゃん」
「いえ、優子さんに非はなかったです。愛美にぶつけちゃいけないって咄嗟に理性が働いて、変わりに優子さんにぶつけちゃったっていうか……神経質すぎました」
「難しいねぇ、妊娠の話題って」
 愛美ちゃんがしみじみと頷く。

「でも優子さん、西山課長との話、亮弥は知ってるんですか?」
「それが……、まだ……」
「ですよね~。まあ、言えないか……。でも実華子とこの先も友達でいるつもりなら、どこかでバレるんじゃないですかねぇ。ただでさえ私と実華子も友達だし、その旦那さんとなると……」
「もう話しちゃったらどうですか? ウチは正樹に話してめっちゃラクになりましたけど」
「そうねぇ……」
 私はため息をついた。
「でも、このことで一番傷つくのって、亮弥くんだと思うんだよね……。私と正樹にとってはもうとっくに過去の話だし、実華ちゃんも最初から知った上で正樹とつき合い始めたでしょう。でも亮弥くんは、知らなきゃ知らないで済むことを敢えて聞かされて、私が会社で―自分の目の届かないところで元カレと会っているんだって、考えなきゃいけなくなるわけじゃない」
「そんなの私だって傷つきましたよ。相手が優子さんじゃなかったらどうやって呪い殺そうかと思いますよ」
「過激だな」
「実華ちゃん、そういう嫉妬心あったんだ!?」
 私は心の底から驚いた。
 元カノへの嫉妬心とは無縁の新人類だと、これまでずっと思い込んできたからだ。
「あったり前ですよ! だって優子さんと仲良くなったのだって、最初は監視目的もあったし」
「そ、そうだったんだ……」
「でも優子さんに疑う余地が皆無なのがわかったし、大好きになって離れられなくなっちゃったけど」
「ミイラ取りがミイラってやつだね」
 あはは、と愛美ちゃんが笑い声を上げる。

「まあ私も、いつか言わなきゃいけなくなるだろうとは思ってるんだけど……、亮弥くんが聞きたいのか聞きたくないのか、もう少しつき合いを続けていく上で判断したいと思って……。本当に、余計な悩みを与えたくないのよ。ただでさえ不安にさせることも多いと思うから……」
「まー、亮弥は西山課長のこと聞いたくらいで、へこたれないと思いますけどね~。アイツけっこうしぶといから。優子さんに関してだけは」
「そうなのかな……」
「会ってみたいな~、愛美の弟! 写真ないの?」
「あー、どうかな? 最近あんまり会わないし、会ってもわざわざ写真撮らないからな……」
 愛美ちゃんはポケットからスマホを取り出して画面をスクロールさせながら、
「優子さんのほうが持ってるんじゃないですか?」
「も、持ってるけど……」
「えっ、見せてください!!」
「でも、亮弥くんの許可なしに見せるわけには……」
「真面目だな~!!」
 二人がハモった。
「いいですよ優子さん、姉の私が許します! 実華子に見せてやってください!」
 愛美ちゃんが促すので、私は仕方なくスマホを取り出し、他の写真まで見られないようにフォルダに入れ込んでから、実華ちゃんに見せた。
「えーっ! めっちゃイケメンじゃないですか! これ未加工? アイドルの画像じゃないの?」
「イケメンでしょ。顔だけは自慢の弟なんだから。恐れ入ったか」
「なんで愛美が得意気なのよ」
「まあでも優子さんのお眼鏡に適ったから、正真正銘自慢の弟に昇格してもいいかな」
「あ、ありがとう……」
「でも優子さん、全然お似合いですよ。こうなったら二人揃ってるのを生で見たいなぁ~」
 実華ちゃんがスマホを返しながら言う。
「ほんと? ありがとう。でも生だと厳しいかもしんない」
「大丈夫ですって」
「私もまだ二人一緒のところ見たことないんだよねー」
「マジ? じゃあ私が愛美より先に……」
「イヤイヤそこは姉の特権でしょ」
「それじゃいっそ四人で会えばよくない?」
 実華ちゃんの四人推しに愛美ちゃんが頷きかけたところで、
「私がいたたまれないから初回でそれはやめて」
 と片手をビシッと出して却下した。

 密会を終えて秘書室に戻ると、私のデスクには拓ちゃんこと中野拓海が座っていた。
「おー、お疲れさま。もう終わったんですか?」
「うん、ありがとう。あ、いいよまだ座ってて。先に化粧室行ってくるから」
「すごい盛り上がってたじゃん」
 と、泊さん。
「気心の知れた子達なんで、つい……。うるさかったですか?」
 拓ちゃんがすかさず「全然」と手を振る。
「泊さんが聞き耳立てようとして応接室の前に行ったんですよ。すぐ追いかけて連れ帰って監視しておきましたから、大丈夫です」
「拓海っ! それは黙っとく約束だろ!」
「ありがとう、拓ちゃん。その可能性も考えて拓ちゃんを呼んでおいたの、正解だったね」
「片瀬ちゃんも疑ってたの? ヒドい!」
「だって普段から社長とお客様の話盗み聞きしてるし、実際盗み聞きしに来たんじゃないですか」
「いろいろ把握してたほうが何かとスムーズでしょ? 片瀬ちゃんだって社長に回ってきた資料全部読んでるじゃん」
「それは、把握してたほうが業務がスムーズだからです」
「同じじゃん!」
「二人ともプロフェッショナルですねー。目の前のことを右から左に動かすだけのウチの部屋の子達に聞かせたいですよ」
 拓ちゃんが唐突に褒めるので、なんとなく泊さんも私も恥ずかしくなり、もごもごしながら話題を終えた。

 拓ちゃんは私に仕事仲間以上の興味が全く無い人で、私としてはとてもつき合いやすい。
 総務時代から仲が良かったし年も近いので、周りからは噂されることもあったけど、拓ちゃんはいつも「イヤ、それはない」と一蹴し、実際結婚前も、私には男性としての好奇心を一瞬たりとも垣間見せたことがなかった。
 細かいことによく気が付く人で、隣の部屋だけでなく私達のサポートもこまめにしてくれる。
 秘書室に来て約五年。関係性の良さ、仕事の質の高さともに、なくてはならない存在なのだ。
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