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第6章
2 実家にて①
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「亮ちゃん、彼女が出来たんだって?」
何の前触れもなく発された母親の一言に、俺は思わずたじろいだ。
お正月明けて、一月三日。
朝、優子さんの家を出て一旦大井町の自宅に戻り、午後に世田谷の実家に来た。
玄関で俺を出迎えた母親は、「あらおかえり。明けましておめでとう」と言ってスリッパを並べながら、実にさり気なく冒頭の質問を差し込んできた。
咄嗟に後ずさりして、後ろ手に鍵を閉めようとしていた玄関のドアに張りつくと、母親は鋭い目を俺に向けながらニヤリと笑った。
「愛美から聞いたんだよね~。亮ちゃんは年末年始は彼女と過ごしてるって!」
「余計なことを……」
俺は心の中で、あのバカ、と悪態をついた。
「ま、あっちでお父さんとゆっくり聞くから、とりあえず上がんなさい」
「いや、別に話すことないし」
「なんでよ。あなたこれまで彼女とか女の子の話全然しないから、私達心配してたんだから。ね、お父さん」
リビングに入っていくと、父親がソファに座ってテレビを見ていた。
「おー、亮弥。あけおめ」
「明けましておめでとう。いい年してあけおめはやめろよ。俺でも言わないのに」
「いい年して言うからイイんでしょうが」
「何も良くない」
父親と母親。
この二人と俺は、少なくとも性格は全く似ていない。
母親は税理士。根は優しい人だけど、けっこうサバサバというか、グイグイというか、思ったことをストレートに言ってしまう。
世の中がバブルで浮かれていた時代からずっと男と対等に仕事をしてきた自信が、こういう人にしたのだろう。たぶん。
背は高いほうで、年の割にはスタイルもいい。
若い頃モデルにスカウトされたこともあるらしい。
卑屈になる理由がないのだ、この人は。
だからいつも堂々としている。
それはこの人の圧倒的長所であり、困った部分でもある。
父親は二つ年下で、会社勤め。
穏やかでお茶目な面もある、毒気のない人だ。
この人が母親と対立しないからこそ、ウチは円満に回っている。
青山家の主導権は圧倒的に母親にあり、父親はほぼ同調しながら場を茶化す役割だ。
もっと父親らしく威厳も見せてほしいと思いながら育ったが、今となってはこの人の包容力には頭が下がる思いだ。
顔もほぼ中身どおりで、母親はキツめ、父親は優しい顔をしている。
母親の顔を父親の顔で二割薄めたのが俺、五割薄めたのが姉ちゃんという感じだ。
「お昼ごはん食べるんでしょ?」
「あー、うん。二人とも今から?」
俺はコートを脱いで椅子に座った。
「朝がゆっくりだったから、そろそろ準備しようかなと思ってたとこ。まだお節の残りもあるのよ」
「そんじゃそれ食べる」
「お雑煮もできるけど」
「食べる」
母親はキッチンに行ってエプロンをつけた。
昔からバリバリ働いているのに、ごはんはキチンと作ってくれる人だ。
「姉ちゃん来たの?」
父親に聞くと、
「うん、隆也くんとね」
「そうだろうね」
「もう会うの何度目かだけど、やっぱり緊張するね。気を遣うというか。今年は向こうのご両親と年賀状もやり取りしてね。なんか、慣れないよね~そういうの」
眉を下げて笑う父親を見て、そんなものかと思った。
人づき合いは会社で慣れている人だと思っていたけど、やっぱり娘の彼氏となると違うものなのかな。
「大変だね」
「亮弥はまだいいからね、結婚とか。お父さん頭が追いつかないから」
「まだそんな段階じゃないよ」
「どんな段階なのよ」
キッチンから母親がすかさず声を張る。
「まだつき合い始めたばっかり!」
「一緒に年越すくらいなのに?」
「別に、年くらい越すよ」
「いやねぇ最近の子は、やることが早くって」
母親はプリプリしながらお餅をトースターに入れた。
「あのね……」
「お前が一昨日も昨日も来ないから、相手の実家にあいさつに行ってるんじゃないかってお母さんと話してたんだよ」
「行ってないし」
「なあんだ」
俺は両親の気の早さにだんだんげんなりしてきて、二階の自室に逃げようかと思ったが、これからごはんが出てくる以上、そういうわけにもいかない。
だいたい優子さんの両親のことなんて、まだ何も聞いたことが無いし、実家が千葉県のどこかという情報しかない。
「私まだ亮ちゃんの彼女に会うのイヤだから、当分は連れて来ないでよね」
「あ、そっち? 連れて来いって話かと思った」
「違う違う! そんな急に会うなんてイヤよ」
「なんで?」
「だあって、彼女が私の好みじゃなかったら仲良くできないかもしれないじゃない。どんな子なの? 私と気が合いそう?」
「別に、お母さんと気が合うかで選んでないし」
「お母さんと気が合う子なんて、亮弥の手に負えるわけないよなぁ」
「お父さんは黙ってて!」
母親はツンとした顔で言いながら、鍋の蓋を開けてひと混ぜして、コンロの火を消した。
お雑煮の出汁の香りがリビングに漂ってくる。
何の前触れもなく発された母親の一言に、俺は思わずたじろいだ。
お正月明けて、一月三日。
朝、優子さんの家を出て一旦大井町の自宅に戻り、午後に世田谷の実家に来た。
玄関で俺を出迎えた母親は、「あらおかえり。明けましておめでとう」と言ってスリッパを並べながら、実にさり気なく冒頭の質問を差し込んできた。
咄嗟に後ずさりして、後ろ手に鍵を閉めようとしていた玄関のドアに張りつくと、母親は鋭い目を俺に向けながらニヤリと笑った。
「愛美から聞いたんだよね~。亮ちゃんは年末年始は彼女と過ごしてるって!」
「余計なことを……」
俺は心の中で、あのバカ、と悪態をついた。
「ま、あっちでお父さんとゆっくり聞くから、とりあえず上がんなさい」
「いや、別に話すことないし」
「なんでよ。あなたこれまで彼女とか女の子の話全然しないから、私達心配してたんだから。ね、お父さん」
リビングに入っていくと、父親がソファに座ってテレビを見ていた。
「おー、亮弥。あけおめ」
「明けましておめでとう。いい年してあけおめはやめろよ。俺でも言わないのに」
「いい年して言うからイイんでしょうが」
「何も良くない」
父親と母親。
この二人と俺は、少なくとも性格は全く似ていない。
母親は税理士。根は優しい人だけど、けっこうサバサバというか、グイグイというか、思ったことをストレートに言ってしまう。
世の中がバブルで浮かれていた時代からずっと男と対等に仕事をしてきた自信が、こういう人にしたのだろう。たぶん。
背は高いほうで、年の割にはスタイルもいい。
若い頃モデルにスカウトされたこともあるらしい。
卑屈になる理由がないのだ、この人は。
だからいつも堂々としている。
それはこの人の圧倒的長所であり、困った部分でもある。
父親は二つ年下で、会社勤め。
穏やかでお茶目な面もある、毒気のない人だ。
この人が母親と対立しないからこそ、ウチは円満に回っている。
青山家の主導権は圧倒的に母親にあり、父親はほぼ同調しながら場を茶化す役割だ。
もっと父親らしく威厳も見せてほしいと思いながら育ったが、今となってはこの人の包容力には頭が下がる思いだ。
顔もほぼ中身どおりで、母親はキツめ、父親は優しい顔をしている。
母親の顔を父親の顔で二割薄めたのが俺、五割薄めたのが姉ちゃんという感じだ。
「お昼ごはん食べるんでしょ?」
「あー、うん。二人とも今から?」
俺はコートを脱いで椅子に座った。
「朝がゆっくりだったから、そろそろ準備しようかなと思ってたとこ。まだお節の残りもあるのよ」
「そんじゃそれ食べる」
「お雑煮もできるけど」
「食べる」
母親はキッチンに行ってエプロンをつけた。
昔からバリバリ働いているのに、ごはんはキチンと作ってくれる人だ。
「姉ちゃん来たの?」
父親に聞くと、
「うん、隆也くんとね」
「そうだろうね」
「もう会うの何度目かだけど、やっぱり緊張するね。気を遣うというか。今年は向こうのご両親と年賀状もやり取りしてね。なんか、慣れないよね~そういうの」
眉を下げて笑う父親を見て、そんなものかと思った。
人づき合いは会社で慣れている人だと思っていたけど、やっぱり娘の彼氏となると違うものなのかな。
「大変だね」
「亮弥はまだいいからね、結婚とか。お父さん頭が追いつかないから」
「まだそんな段階じゃないよ」
「どんな段階なのよ」
キッチンから母親がすかさず声を張る。
「まだつき合い始めたばっかり!」
「一緒に年越すくらいなのに?」
「別に、年くらい越すよ」
「いやねぇ最近の子は、やることが早くって」
母親はプリプリしながらお餅をトースターに入れた。
「あのね……」
「お前が一昨日も昨日も来ないから、相手の実家にあいさつに行ってるんじゃないかってお母さんと話してたんだよ」
「行ってないし」
「なあんだ」
俺は両親の気の早さにだんだんげんなりしてきて、二階の自室に逃げようかと思ったが、これからごはんが出てくる以上、そういうわけにもいかない。
だいたい優子さんの両親のことなんて、まだ何も聞いたことが無いし、実家が千葉県のどこかという情報しかない。
「私まだ亮ちゃんの彼女に会うのイヤだから、当分は連れて来ないでよね」
「あ、そっち? 連れて来いって話かと思った」
「違う違う! そんな急に会うなんてイヤよ」
「なんで?」
「だあって、彼女が私の好みじゃなかったら仲良くできないかもしれないじゃない。どんな子なの? 私と気が合いそう?」
「別に、お母さんと気が合うかで選んでないし」
「お母さんと気が合う子なんて、亮弥の手に負えるわけないよなぁ」
「お父さんは黙ってて!」
母親はツンとした顔で言いながら、鍋の蓋を開けてひと混ぜして、コンロの火を消した。
お雑煮の出汁の香りがリビングに漂ってくる。
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