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第4章
1 年齢差④
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数日後、亮弥くんからメールで、二人で会っていることを愛美ちゃんに話していいかという確認があった。
近々実家で顔を合わせると思うから、万一何か聞かれた時のために確認だけしておきたくて、とのことだった。
以前ダメだと言ったのは亮弥くんのほうだったので、"私は構わないよ"と返事した。
そこでしばらく考え込んで、"前に聞いた時は隠したいって言ってたけど、話していいの?"と追加のメールを送った。
あの時止められたことを少し残念に思ったから、なぜ隠したのか理由を知りたいと思った。
すると、明瞭な回答があった。
"あの時は優子さんに彼氏がいる可能性があったからです。でも、誤解だったのがわかったので"
"何のしがらみもない俺の片想いなら、優子さんさえ良ければ俺は隠す理由ないんで"
"むしろ自慢したい"
それを読んで、思わず顔がほころんでしまった。
そして、心がじんわりと温かくなるのがわかった。
亮弥くんはいい子だ。
私を心から慕ってくれているのもわかる。
それでも踏み込めないのには、いろいろ理由があるのだ。
窓を明けてベランダに出た。
雨上がりで、少し湿り気のある夜だった。
通り沿いの街灯に、ユラユラと小さな蝙蝠が飛び交う影が見える。
空気は生暖かく、決して心地いいとは言えないけれど、不快でもなかった。
懐かしいような、どこか遠くまで行きたいような衝動がじわりと湧き起こる。
亮弥くんは何をゴールに考えているんだろう。
私に好きになられて、どうしたいんだろう。
一度恋人として触れ合える仲になれればいいのだろうか。
それとも、結婚とか将来のことまで見据えているのだろうか。
ただ気の合う友人として側にいるだけではダメなんだろうか。
逆に私は、亮弥くんに何を見いだせれば、気持ちに応えることができるのだろう。
きちんと向き合わず、人を側に置きたくないとか、恋愛をしたくないとか、そういう考えに固執し過ぎていないだろうか。
私がもっと若ければ――外見的にも亮弥くんと釣り合って、体も若くて、他人への失望の経験を重ねていなくて、人知れず傷ついてもいなければ、もっと楽に踏み出せただろう。
でも、私はもう二十代の私じゃない。
何より恋愛を素晴らしいもの、心浮き立つものと捉え、幸せを期待し、永遠を夢見られるほどに、心が若くないのだ。
ため息をついて部屋に引き返し、私はスマホを手にとって妹の晶子に電話をかけた。
「やっほー」
電話先で、よく知った能天気な声がする。
「こんばんは」
「珍しいねー電話」
「ちょっと話を聞いてほしくて。今話せる?」
「いいよ、健人ゲームしてるし」
「健人くん元気?」
「うん、最近仕事が忙しくてちょっと疲れてるけど。今日は早く帰ってきた」
「そうなんだ。そんな時にお邪魔して悪いね」
「ううん全然。何かあったの?」
「実は……、年下の男の子に好かれてしまってですね」
「マジで? ウケる」
私は亮弥くんとのいきさつを、八年前の出会いに遡って簡潔に話した。
「なるほどねー。いいじゃん、気が合うならつき合えば」
「そう簡単じゃないから電話してるのよ。まず、この子が十二歳も年下です」
「ああー……」
晶子は心況を察したように低い声で呟いた。
「しかも、ちょっと類を見ないくらいのイケメン」
「なるほど、厳しいね」
「でしょ。私みたいなアラフォーが二十代の子とつき合うだけでも厚かましいのに、あんな美形じゃさすがに身の程知らず感がすごい」
「まーね」
「たぶん相手が年上のイケメンならそこまで気にならないと思うの。でもその子は若い上に美形だから、自分の外見の衰えとも比較して気が引けちゃうんだよね……」
「まーね、さすがに四十近いとねぇ」
「でも、本当に素直でいい子だし、年下だから頼りになるとかはないけど、逆に期待もしなくて済むから、案外楽ではあるかも」
「たしかにそうかもね。ていうか別に頼る必要もないでしょ、もはや」
「うん、逆に相手を立てて敢えて頼らなきゃいけない関係のほうがしんどいとも言える」
「だよねー」
近々実家で顔を合わせると思うから、万一何か聞かれた時のために確認だけしておきたくて、とのことだった。
以前ダメだと言ったのは亮弥くんのほうだったので、"私は構わないよ"と返事した。
そこでしばらく考え込んで、"前に聞いた時は隠したいって言ってたけど、話していいの?"と追加のメールを送った。
あの時止められたことを少し残念に思ったから、なぜ隠したのか理由を知りたいと思った。
すると、明瞭な回答があった。
"あの時は優子さんに彼氏がいる可能性があったからです。でも、誤解だったのがわかったので"
"何のしがらみもない俺の片想いなら、優子さんさえ良ければ俺は隠す理由ないんで"
"むしろ自慢したい"
それを読んで、思わず顔がほころんでしまった。
そして、心がじんわりと温かくなるのがわかった。
亮弥くんはいい子だ。
私を心から慕ってくれているのもわかる。
それでも踏み込めないのには、いろいろ理由があるのだ。
窓を明けてベランダに出た。
雨上がりで、少し湿り気のある夜だった。
通り沿いの街灯に、ユラユラと小さな蝙蝠が飛び交う影が見える。
空気は生暖かく、決して心地いいとは言えないけれど、不快でもなかった。
懐かしいような、どこか遠くまで行きたいような衝動がじわりと湧き起こる。
亮弥くんは何をゴールに考えているんだろう。
私に好きになられて、どうしたいんだろう。
一度恋人として触れ合える仲になれればいいのだろうか。
それとも、結婚とか将来のことまで見据えているのだろうか。
ただ気の合う友人として側にいるだけではダメなんだろうか。
逆に私は、亮弥くんに何を見いだせれば、気持ちに応えることができるのだろう。
きちんと向き合わず、人を側に置きたくないとか、恋愛をしたくないとか、そういう考えに固執し過ぎていないだろうか。
私がもっと若ければ――外見的にも亮弥くんと釣り合って、体も若くて、他人への失望の経験を重ねていなくて、人知れず傷ついてもいなければ、もっと楽に踏み出せただろう。
でも、私はもう二十代の私じゃない。
何より恋愛を素晴らしいもの、心浮き立つものと捉え、幸せを期待し、永遠を夢見られるほどに、心が若くないのだ。
ため息をついて部屋に引き返し、私はスマホを手にとって妹の晶子に電話をかけた。
「やっほー」
電話先で、よく知った能天気な声がする。
「こんばんは」
「珍しいねー電話」
「ちょっと話を聞いてほしくて。今話せる?」
「いいよ、健人ゲームしてるし」
「健人くん元気?」
「うん、最近仕事が忙しくてちょっと疲れてるけど。今日は早く帰ってきた」
「そうなんだ。そんな時にお邪魔して悪いね」
「ううん全然。何かあったの?」
「実は……、年下の男の子に好かれてしまってですね」
「マジで? ウケる」
私は亮弥くんとのいきさつを、八年前の出会いに遡って簡潔に話した。
「なるほどねー。いいじゃん、気が合うならつき合えば」
「そう簡単じゃないから電話してるのよ。まず、この子が十二歳も年下です」
「ああー……」
晶子は心況を察したように低い声で呟いた。
「しかも、ちょっと類を見ないくらいのイケメン」
「なるほど、厳しいね」
「でしょ。私みたいなアラフォーが二十代の子とつき合うだけでも厚かましいのに、あんな美形じゃさすがに身の程知らず感がすごい」
「まーね」
「たぶん相手が年上のイケメンならそこまで気にならないと思うの。でもその子は若い上に美形だから、自分の外見の衰えとも比較して気が引けちゃうんだよね……」
「まーね、さすがに四十近いとねぇ」
「でも、本当に素直でいい子だし、年下だから頼りになるとかはないけど、逆に期待もしなくて済むから、案外楽ではあるかも」
「たしかにそうかもね。ていうか別に頼る必要もないでしょ、もはや」
「うん、逆に相手を立てて敢えて頼らなきゃいけない関係のほうがしんどいとも言える」
「だよねー」
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