アラフォーだから君とはムリ

天野アンジェラ

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第3章

5 半年目の決心②

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  最後になるかもしれないデートは、最初に二人で出かけた上野公園にしてもらった。
 先月も桜を見に二人で来た。
 その時も聞こうか迷っていた。
 さらさら舞い降りてくる桜を眺めながら優子さんが「幸せ」だと言った時、胸が締めつけられるように痛んだ。
 見上げる横顔が綺麗で、桜の儚さも相俟ってとても遠い存在に思えた。
 もう終わってしまうんじゃないかと思った。
 その予感が、今日当たらなければいい。

 JRを降りて、待ち合わせた地下鉄銀座線の改札へ向かうと、優子さんはもう来ていた。
 ゴールデンウイークでいつにもましてごった返す駅構内に俺を見つけた優子さんは、パッと笑顔になって小さく手を振り、人波を縫いながら歩み寄ってきた。
「すみません遅くなって……」
「全然、私も今来たから。行こうか。どこか見たいとこある?」
「あ、いや、特には」
「えー、特にないのにここに来たの?」
 優子さんは笑っていたが、俺は内心しまったと思った。デートにノープランで行くことも、よく歴代彼女に「ありえない」と呆れられたのだ。だからこれまでは事前にある程度予定を話しておくようにしていたのに、今回は優子さんに確かめるという目的で頭がいっぱいで、"上野公園に行きたい"以上の詳細を詰めていなかった。

「それじゃあさ」
 優子さんは俺の目を覗き込んで言う。
「今日ね、動物園無料なんだって! 混んでると思うけど、せっかくだから行ってみる?」
「い、行きます!」
 この自然なフォロー。
 俺の至らなさを責めもせず、気にも留めず、用意していた代替案をスッと出してくれる。
 そんな優しさが、俺は好きなんです。
「それじゃ、もう早速行こうか」
 優子さんはにっこり笑って歩き出した。

 予報どおりの快晴となった動物園は親子連れで混み合っていて、特にパンダのところは長蛇の列ができていた。
 ずいぶん待ったあげく、パンダ舎内には長く滞在できなかったので、奥のほうで転げているパンダが少し見られた程度だったが、それでも優子さんにやたらとウケていたので、ホッとした。
 ウケて、というのは言葉どおりで、優子さんはパンダを見て「面白い」と笑っていた。どうやらパンダの動きがツボだったらしい。

 いろんな動物を見て回って気づいたのは、優子さんはパンダとかカンガルーとかいわゆる「可愛い」系の動物を見て「可愛い」とは言わず、トラやゾウなどの大きな動物を見て「可愛い」と言うことだった。
 というかトラとゾウは特に好きらしく、ずいぶん長いこと眺めていて、不思議な好みだなぁと思った。
 俺は噂に聞いていたハシビロコウを見られて満足だった。

「優子さんはトラとかゾウが好きなんですか?」
 園内で軽食を買って、イートスペースに座って食べている時に聞いてみると、優子さんは吹き出して、「バレてた?」と笑った。
「なんで好きなんですか?」
「なんでかなぁ。特に思い入れはないんだけど、妙に見入っちゃうんだよね」
「強そうな動物が好きとかじゃないんだ」
「強さは考えてないなぁ。トラは単純にカッコイイからかな。ゾウは、大きさとか質感とか形とか、鼻を手みたいに使うとことか、もう、謎の生物すぎて、すごくない?」
「まあ……そう言われれば」
「触りたくても触れないのが残念だけどね~。ゾウの足とか触ってみたい。どんな感触なんだろうあの皮膚」
 女子はみんなもふもふした愛くるしいのが好きなんだと思っていたけど、まさかゾウみたいな質感に惹かれるとは、わからないものだ。
「優子さんの感性って、掴みどころがないですよね……」
「えー、そうかな」
「俺が今まで思ってた女子像と全然違ってて、正直戸惑うことも多いっていうか……」
「幻滅しちゃった?」
 そう言って優子さんはからかうように一瞬眉を上げた。
 こういう魔性っぽい顔をたまに見せるのも、優子さんの魅力のひとつだ。
 俺は慌てて否定した。
「いや、戸惑うっていうのは、悪い意味じゃなくて、その、むしろ面白いっていうか……」
「あはは、無理しなくていいよ」
「無理してないです! 優子さんに幻滅とか、あり得ないし!」
「ほんと? 思い込みかもしれないよ。幻滅しちゃいけないっていう」
「全然違う。全然ハズレです。むしろ好きになる一方……」
 言いながら、ヤバ、と思った。これまで、優子さんの負担にならないように"好き"とかそういう感じのことは一切口にしないようにしていたのに。
「あ、そうなの、うん、そっか……」
 優子さんは答えながら視線を逸らす。

 めっちゃ引かれてんじゃん。
 つか困ってんじゃん。
 やっぱり好かれると困るんだ。困る状況にあるんだ。
 そう思うと胸が痛んだ。
 確かめなければ。
 ちゃんと真実を聞かなければ。

 でも、勇気が出ない。
 ようやく少しずつ優子さんの素顔が見えてきたのに、ここで唐突に終わりなんて、やっぱり俺には無理だ。
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