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第3章

3 交流②

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 俺はスマホのメールを開いた。
 あれから毎日、優子さんにメールを書きかけては消し、書きかけては消し、スマホと睨めっこする時間がとにかく長い。
 でもウザいと思われたくないから結局一度も送信できずにいる。
 平日は優子さんも疲れているかもしれないと思うと迷惑かけられないし、もし返事が来なかったらいつ来るか気になって何も手につかないかもしれないと思うと、ますます迂闊に送れない。

 そもそもメールって何を書けばいいんだっけ。
 ずっと受け身で、届いたメールに返信するかしないかだったから、話題を振るということができない。
 会うと嘘みたいに次々言葉が出るけど、あれは優子さんのおかげだと思う。
 優子さんからは不思議と、必ず受け止めてくれるという安心感が溢れているのだ。
 それを信じてメールも気楽に送れたらいいのに、顔が見えないだけで不安になる。
 わざわざメールするならそれなりの緊急性というか、必要性がないと、例えば俺の指が今書きかけている"こんばんは! 今日は残業して疲れました。優子さんに会いたいです"みたいなメールは、突然送ってもドン引きさせるだけだろう。

 本当はもっと自然な会話で距離を縮めたいのに、どうすれば自然になるのかわからない。
 優子さんからは何も連絡がないし、俺と積極的にメールする気はないんだろうと思うと、そんな相手に返事をしてもらえるようなメールを送るって、ハードルが高すぎる。
 何かいい話題がないかな。優子さんが聞きたいような、喜ぶような。

 その時ふと、先日優子さんに勧めてもらって買ったドキュメントケースのことを思い出した。
 それだ――!
 今週はデスクに張り付きで外出しなかったから、まだケースを使ってみていない。
 さすがに使ってもいないのに感想を言うわけにはいかないだろう。
 でも、明日はクライアントに資料を持って行く。
 ということは、明日の夜にはメールする口実があるってことだ! それに気づいた俺は大満足してベッドに寝ころんだ。我慢は今日までだ。

 書き掛けていたメールを消して、もう一度優子さんとのやり取りを読み返した。
 "またゆっくり会いましょう"と書いてある。
 ゆっくり会うってどういうこと?
 一日デートしてくれるってこと?
 それとも食事に行こうってこと?
 会ってくれる意思があるなら、メールしても嫌がられない?

 優子さんはどうして俺とつき合えないんだろう。
 今さらだけど、遮らずに理由くらい聞いとけば良かったかもしれない。
 好感は持ってくれているはずだけど、今も恋愛対象には見られそうにないんだろうか。
 この八年の間に他の誰かとつき合ったりしたのかな。
 だとしたら、その人が良くて俺がダメな理由は?
 何をどうすれば好きになってもらえるんだろう。
 わからないことだらけだ。

 もっともっと優子さんのことを知りたい。
 知ったらもっと好きになるのか、諦めがつくのか、それとも気持ちが冷めるのか、わからないけど。
 いや、ないでしょ。冷めるなんて絶対ない。ないない。

 翌日、午前中にケースを使ったら、バッグの中はもたつかないし、資料は真っすぐなままだし、出しやすいし、すごく便利だった。
 アイテム一つ使うだけでこんなにストレスが無くなるのかとビックリした。
 それで、すぐにでも優子さんに感想を伝えたかったけど、文面を悩んでいるうちに昼休みが終わってしまった。
 夜は夜で、土日に出なくて済むようにと急ぎの仕事を全部終えてから時計を見たら、もう二三時を回っていた。
 降りていくエレベーターの中でスマホと睨めっこしながら、さすがに夜遅くは失礼かと思い、断念した。

 はぁーっと、大きなため息が出た。
 縁がないのだろうか。疲れも相俟あいまって暗い気持ちになる。
 いや、とにかく明日晃輝と話して、まずは気分を盛り上げよう。
 俺は今日もまたコンビニに寄って、適当に酒とつまみを選んで買って帰った。
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