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第2章
2 妹の来訪④
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キッチンで二杯目のコーヒーを抽出していると、晶子もこちらにやってきた。
「優子は最近変わったことないの? 秘書の仕事は順調?」
「うん、まあね。だいぶ慣れたよ」
「誰か有名人と会ったりしないの?」
「あー……、まあ、大企業の社長さんとか、あと社長の知り合いの作家さんが会いに来たりとかはあったかな」
「おおー、すごい。芸能人とか来ないの?」
「うちはCM打ってないからねぇ……」
サーバーの中を、琥珀玉が輝きながら泳ぐ。
「芸能人じゃないけど、この前正樹と二人で会って話したよ」
そう言うと、
「えっ!」
と晶子は飛び上がった。
「なんで? 何話したの?」
私はカップに分けたコーヒーを一つ晶子に渡して、部屋に促した。
「あんたでも別れた相手と会うことあるんだ……」
「ないない。普通はない」
私達は再び定位置に落ち着いた。
「じゃあなんで? 復縁のお誘い?」
「あー……まあ、結果的にそれも込みだったけど、そういうわけじゃなくて」
詳しい経緯を話すと、晶子は驚いた顔をした。
「え~、もったいない! より戻せば良かったのに!」
「いや、そう簡単にはね……」
「そんなに正樹のこと嫌いになっちゃったの? 正樹はめっちゃ健気なのに……あんたがそこまで氷のような女だったとは……」
「失礼な。でも、受け入れるのも逆に失礼な気がしてさ。私はそこまでの気持ちがなかったし……」
「そんなのこれから取り戻せばいいのに」
「それじゃ、あんただったら、元カレとより戻す?」
「そりゃあ、相手のことが好きならそういうこともあるかもしれないよ」
「だから、私はその"好き"がもうなかったの。それに、やっぱり特別な存在があると、生きにくいっていうか……」
「えー、面倒な女だな」
晶子の物言いに、私はちょっと笑ってしまった。
「まあでも、結局正樹はその子とつき合い始めたみたいだよ」
「そっかー……。なんか残念だけど、正樹のためには良かったのかもね。いつまでもあんたを引きずってても幸せになれないし」
「うん、正直ほっとしてる。やっぱり幸せになってほしい気持ちはあるからさ」
「だよねー」
しみじみとしながらコーヒーをあおり、晶子は言った。
「優子の幸せはどこにあるんだろうね……」
それを聞いて、私は改めて考えた。自分にとっての幸せとは何なのか。
この世にたった一人でいいから、自分の絶対的な理解者が欲しかった。
それを求めて、多くの男性とつき合った。でも、見つからなかった。誰に対しても理解を示せる自分と、誰にも理解されない自分ではバランスが取れなくて、うまくいかなかった。
"誰か"との間に、私の幸せは見いだせなかった。
「自分の思うように生きられることが、幸せなのかもしれない。一人でいることが、私の幸せなのかもしれない」
「淋しいと思わないの……?」
晶子が悲しそうな顔で聞く。
「それが、全く思わない」
「さすが氷の女」
そう言って笑われて、悪い気はしないどころか、ほっとしている自分がいた。
結局、晶子の悩みについてはなんの力にもなれなかったけど、たっぷり三時間くらい話した後、彼女は明るい顔で帰っていった。
晶子はたぶん、父に話しに行くだろう。
なんだかんだ、あの子も父を無視することはできない。それは私のように義務的な気持ちではなく、父を思う優しさなのだと、私は知っている。
その予想は的中して、晶子は父に話をしに、健人くんを連れて実家に行った。
そして、「そんな中途半端な考えで一緒に住むのはおかしい!」とものの見事に否定され、喧嘩になって、「じゃあもう認めなくて良いけど口も出さないで!」と啖呵を切って強行突破した。
あまりにも最悪の展開に私はかなり責任を感じたけど、晶子は言いたいことを言ってスッキリしたらしく、新しい部屋に健人くんと暮らし始めて、楽しくやっているようだ。
実家から私へは、このことについて特に何も連絡はなく、数ヶ月後に帰省した時に私から母にそっと尋ねてみた。
母としては、妹の気持ちはわからなくないものの、当てつけみたいに一緒に住み始められたら、庇いようがない。父には父の考えがあるのだから、もう少しちゃんと話してくれたらいいのに、とのことだった。
その父の考えを押しつけられるだけであれば、結局晶子側が折れるしかないのは目に見えているわけで、やっぱり多少強引にでも実績を作りながら、時間をかけて理解を求めていくしかないのかな、と私は思った。
家族でも、わかり合えないものはわかり合えない。
言葉を尽くすほど溝が深まることもある。
それはとても悲しいことだけれど、仕方ない。
距離と時間を置くことでお互いが冷静になれるのなら、その方が良いこともあるのだ。
「優子は最近変わったことないの? 秘書の仕事は順調?」
「うん、まあね。だいぶ慣れたよ」
「誰か有名人と会ったりしないの?」
「あー……、まあ、大企業の社長さんとか、あと社長の知り合いの作家さんが会いに来たりとかはあったかな」
「おおー、すごい。芸能人とか来ないの?」
「うちはCM打ってないからねぇ……」
サーバーの中を、琥珀玉が輝きながら泳ぐ。
「芸能人じゃないけど、この前正樹と二人で会って話したよ」
そう言うと、
「えっ!」
と晶子は飛び上がった。
「なんで? 何話したの?」
私はカップに分けたコーヒーを一つ晶子に渡して、部屋に促した。
「あんたでも別れた相手と会うことあるんだ……」
「ないない。普通はない」
私達は再び定位置に落ち着いた。
「じゃあなんで? 復縁のお誘い?」
「あー……まあ、結果的にそれも込みだったけど、そういうわけじゃなくて」
詳しい経緯を話すと、晶子は驚いた顔をした。
「え~、もったいない! より戻せば良かったのに!」
「いや、そう簡単にはね……」
「そんなに正樹のこと嫌いになっちゃったの? 正樹はめっちゃ健気なのに……あんたがそこまで氷のような女だったとは……」
「失礼な。でも、受け入れるのも逆に失礼な気がしてさ。私はそこまでの気持ちがなかったし……」
「そんなのこれから取り戻せばいいのに」
「それじゃ、あんただったら、元カレとより戻す?」
「そりゃあ、相手のことが好きならそういうこともあるかもしれないよ」
「だから、私はその"好き"がもうなかったの。それに、やっぱり特別な存在があると、生きにくいっていうか……」
「えー、面倒な女だな」
晶子の物言いに、私はちょっと笑ってしまった。
「まあでも、結局正樹はその子とつき合い始めたみたいだよ」
「そっかー……。なんか残念だけど、正樹のためには良かったのかもね。いつまでもあんたを引きずってても幸せになれないし」
「うん、正直ほっとしてる。やっぱり幸せになってほしい気持ちはあるからさ」
「だよねー」
しみじみとしながらコーヒーをあおり、晶子は言った。
「優子の幸せはどこにあるんだろうね……」
それを聞いて、私は改めて考えた。自分にとっての幸せとは何なのか。
この世にたった一人でいいから、自分の絶対的な理解者が欲しかった。
それを求めて、多くの男性とつき合った。でも、見つからなかった。誰に対しても理解を示せる自分と、誰にも理解されない自分ではバランスが取れなくて、うまくいかなかった。
"誰か"との間に、私の幸せは見いだせなかった。
「自分の思うように生きられることが、幸せなのかもしれない。一人でいることが、私の幸せなのかもしれない」
「淋しいと思わないの……?」
晶子が悲しそうな顔で聞く。
「それが、全く思わない」
「さすが氷の女」
そう言って笑われて、悪い気はしないどころか、ほっとしている自分がいた。
結局、晶子の悩みについてはなんの力にもなれなかったけど、たっぷり三時間くらい話した後、彼女は明るい顔で帰っていった。
晶子はたぶん、父に話しに行くだろう。
なんだかんだ、あの子も父を無視することはできない。それは私のように義務的な気持ちではなく、父を思う優しさなのだと、私は知っている。
その予想は的中して、晶子は父に話をしに、健人くんを連れて実家に行った。
そして、「そんな中途半端な考えで一緒に住むのはおかしい!」とものの見事に否定され、喧嘩になって、「じゃあもう認めなくて良いけど口も出さないで!」と啖呵を切って強行突破した。
あまりにも最悪の展開に私はかなり責任を感じたけど、晶子は言いたいことを言ってスッキリしたらしく、新しい部屋に健人くんと暮らし始めて、楽しくやっているようだ。
実家から私へは、このことについて特に何も連絡はなく、数ヶ月後に帰省した時に私から母にそっと尋ねてみた。
母としては、妹の気持ちはわからなくないものの、当てつけみたいに一緒に住み始められたら、庇いようがない。父には父の考えがあるのだから、もう少しちゃんと話してくれたらいいのに、とのことだった。
その父の考えを押しつけられるだけであれば、結局晶子側が折れるしかないのは目に見えているわけで、やっぱり多少強引にでも実績を作りながら、時間をかけて理解を求めていくしかないのかな、と私は思った。
家族でも、わかり合えないものはわかり合えない。
言葉を尽くすほど溝が深まることもある。
それはとても悲しいことだけれど、仕方ない。
距離と時間を置くことでお互いが冷静になれるのなら、その方が良いこともあるのだ。
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