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第2章
2 妹の来訪②
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「お父さん、前に"同棲なんて覚悟がない証拠だ"とか言ってたような……」
私がつぶやくと、
「いや、でもさ」
晶子が反論する。
「私ももう三十過ぎてるんだよ? 三十過ぎて、一緒に住もうって言ってくれる人がいるなら、むしろありがたいことじゃない?」
「たしかに」
私はその意見に納得してから、続けた。
「でも、お父さんはそうは思わないかも……。一緒に住むなら結婚しなさいって言いそう」
「だよね……」
晶子は深いため息をついた。
「それに……、部屋を一緒に借りちゃうと、もしこの先別れることになったら面倒になりそうな気がする。そういう意味では、私だったら、せめて結婚が決まるまでは、一緒に住みたくないかも」
「まぁねー……」
晶子のため息は、更に深くなる。
「あんたと正樹でも別れてるしね……」
「そういうこともあるのよ……」
正樹と私の破局は、私達が結婚するものと思い込んでいた妹にも、少なからず衝撃を与えた出来事だった。
それを思い出し、お互いに元気を無くして黙り込んだ。
弱にしてある換気扇の音が、急に忍び込んできて沈黙を引き立てる。
「半同棲じゃダメなの? 健人くんは今までどおり船橋に家を借りといて、普段はあんたのとこに居るようにするとかさ」
「それも考えたけど、今の部屋に二人で住むのはちょっと窮屈な気がしてね。健人の物、着替えくらいしか持ち込めなくなるし」
「まぁ……そうだね……。それでストレス溜まったら、意味ないしねぇ」
「あんたと正樹はどうしてたの? ほとんど半同棲みたいな感じだったんでしょ?」
「まあ、私達は家が近かったから、荷物は持ち込んでなかったな。平日に泊まっても、朝自宅戻って出勤準備できたし」
「やっぱりそれがラクなのかなぁ。千葉でそれぞれ部屋を借りるのが」
「全体最適を取るならそうだね。別々に生活費払ってるのは今も同じなんだし、船橋と行き来する手間は確実に減ると思えば」
「それはそうなんだけど……ねー……」
晶子はどこかしっくり来ない様子で、視線を斜めに下ろした。
その意味を、私はわかっている。この年になっても、父に配慮して父の言いなりにならなきゃいけないのか、という理不尽を、受け入れたくないのだ。
父さえ頷けば、無駄に出費することはない。無駄に行き来することもない。
それを理解しない父の態度と、その抑圧を未だに越えられない自分達に、モヤモヤしてしまうのだ。
もし別れたら面倒という、来るか来ないかもわからないデメリットでは、そのモヤモヤを押し込めることはできなかった。
「それか、話してみるしかないのかな……」
そう言うと、晶子は口を尖らせた。
「でもさぁ、親の許可がいるのもおかしくない? ていうか絶対反対されるし」
「まあ、反対はされるだろうね……」
「もうさ、黙って同棲始めちゃおうかと思って」
「う~ん……」
私は返事に窮してしまった。
成人して十年以上過ぎていて、親の許可がいるというのは、変だとは思う。
反対されるくらいなら黙っておこうというのもわかる。
私だって両親に隠してやってきたことなんてたくさんあるし、それが普通だ。
でも、新しい部屋に引っ越して一緒に住むとなると、本当に隠し通せるのか、後でバレたら余計問題になるんじゃないかと、危惧してしまう気持ちも大きい。
「引っ越しの理由、なんて言うの?」
「今よりいい部屋が見つかったからとか言っとけばよくない?」
「でも、初期費用けっこうかかるのに……」
「どうせ賃貸のことなんてよく知らないよ、あの二人は」
「まあそれは……そうか。でも、もし何かあって、お父さん達があんたの家に来ることになったら? 普通に千葉に来たついでに寄るとかさ、そういうことないの?」
「別に無いと思うけどね、わざわざ様子見に来るような人達でもないし」
「私は、後でバレた時を考えると、先に話したほうがまだいいのかなって気持ちがあるんだよね……」
「でも、話して結婚しろって言われたら面倒だし」
「結婚する気はないってこと?」
「うーん……。別にこの先別れる気もないけど、結婚する意味もわからないっていうか。子供ができたら子供のために結婚したほうがいいのかなと思うけど、子供もいないのにわざわざ結婚する意味なくない?」
「そうなのかな……」
私はむしろ、この人と生きたいと確信できる人と出会えたら、結婚することでお互いに伴侶と認め合いたいという考えだった。
現に正樹とは、子供ができようとできなかろうと、いずれは結婚するつもりだった。ただ、その気持ちが無くなったから、結婚する気も無くなっちゃったけど。
晶子の意見は、自分とは全く違うものだった。
「だってさ、結婚って、家を存続させるための制度じゃん。子供がいなければ存続も何もないのに、敢えて籍を入れる必要なくない? 結婚しちゃうと相手の家のことまで背負わないといけないし、親戚づき合いもしなきゃいけないし、名字も変えなきゃいけないし、すぐに"子供はまだか"なんて言われるんでしょ? あ~、嫌だ。めんどくさい。私と健人の間でお互いの気持ちがわかってれば、それでいいじゃん」
私がつぶやくと、
「いや、でもさ」
晶子が反論する。
「私ももう三十過ぎてるんだよ? 三十過ぎて、一緒に住もうって言ってくれる人がいるなら、むしろありがたいことじゃない?」
「たしかに」
私はその意見に納得してから、続けた。
「でも、お父さんはそうは思わないかも……。一緒に住むなら結婚しなさいって言いそう」
「だよね……」
晶子は深いため息をついた。
「それに……、部屋を一緒に借りちゃうと、もしこの先別れることになったら面倒になりそうな気がする。そういう意味では、私だったら、せめて結婚が決まるまでは、一緒に住みたくないかも」
「まぁねー……」
晶子のため息は、更に深くなる。
「あんたと正樹でも別れてるしね……」
「そういうこともあるのよ……」
正樹と私の破局は、私達が結婚するものと思い込んでいた妹にも、少なからず衝撃を与えた出来事だった。
それを思い出し、お互いに元気を無くして黙り込んだ。
弱にしてある換気扇の音が、急に忍び込んできて沈黙を引き立てる。
「半同棲じゃダメなの? 健人くんは今までどおり船橋に家を借りといて、普段はあんたのとこに居るようにするとかさ」
「それも考えたけど、今の部屋に二人で住むのはちょっと窮屈な気がしてね。健人の物、着替えくらいしか持ち込めなくなるし」
「まぁ……そうだね……。それでストレス溜まったら、意味ないしねぇ」
「あんたと正樹はどうしてたの? ほとんど半同棲みたいな感じだったんでしょ?」
「まあ、私達は家が近かったから、荷物は持ち込んでなかったな。平日に泊まっても、朝自宅戻って出勤準備できたし」
「やっぱりそれがラクなのかなぁ。千葉でそれぞれ部屋を借りるのが」
「全体最適を取るならそうだね。別々に生活費払ってるのは今も同じなんだし、船橋と行き来する手間は確実に減ると思えば」
「それはそうなんだけど……ねー……」
晶子はどこかしっくり来ない様子で、視線を斜めに下ろした。
その意味を、私はわかっている。この年になっても、父に配慮して父の言いなりにならなきゃいけないのか、という理不尽を、受け入れたくないのだ。
父さえ頷けば、無駄に出費することはない。無駄に行き来することもない。
それを理解しない父の態度と、その抑圧を未だに越えられない自分達に、モヤモヤしてしまうのだ。
もし別れたら面倒という、来るか来ないかもわからないデメリットでは、そのモヤモヤを押し込めることはできなかった。
「それか、話してみるしかないのかな……」
そう言うと、晶子は口を尖らせた。
「でもさぁ、親の許可がいるのもおかしくない? ていうか絶対反対されるし」
「まあ、反対はされるだろうね……」
「もうさ、黙って同棲始めちゃおうかと思って」
「う~ん……」
私は返事に窮してしまった。
成人して十年以上過ぎていて、親の許可がいるというのは、変だとは思う。
反対されるくらいなら黙っておこうというのもわかる。
私だって両親に隠してやってきたことなんてたくさんあるし、それが普通だ。
でも、新しい部屋に引っ越して一緒に住むとなると、本当に隠し通せるのか、後でバレたら余計問題になるんじゃないかと、危惧してしまう気持ちも大きい。
「引っ越しの理由、なんて言うの?」
「今よりいい部屋が見つかったからとか言っとけばよくない?」
「でも、初期費用けっこうかかるのに……」
「どうせ賃貸のことなんてよく知らないよ、あの二人は」
「まあそれは……そうか。でも、もし何かあって、お父さん達があんたの家に来ることになったら? 普通に千葉に来たついでに寄るとかさ、そういうことないの?」
「別に無いと思うけどね、わざわざ様子見に来るような人達でもないし」
「私は、後でバレた時を考えると、先に話したほうがまだいいのかなって気持ちがあるんだよね……」
「でも、話して結婚しろって言われたら面倒だし」
「結婚する気はないってこと?」
「うーん……。別にこの先別れる気もないけど、結婚する意味もわからないっていうか。子供ができたら子供のために結婚したほうがいいのかなと思うけど、子供もいないのにわざわざ結婚する意味なくない?」
「そうなのかな……」
私はむしろ、この人と生きたいと確信できる人と出会えたら、結婚することでお互いに伴侶と認め合いたいという考えだった。
現に正樹とは、子供ができようとできなかろうと、いずれは結婚するつもりだった。ただ、その気持ちが無くなったから、結婚する気も無くなっちゃったけど。
晶子の意見は、自分とは全く違うものだった。
「だってさ、結婚って、家を存続させるための制度じゃん。子供がいなければ存続も何もないのに、敢えて籍を入れる必要なくない? 結婚しちゃうと相手の家のことまで背負わないといけないし、親戚づき合いもしなきゃいけないし、名字も変えなきゃいけないし、すぐに"子供はまだか"なんて言われるんでしょ? あ~、嫌だ。めんどくさい。私と健人の間でお互いの気持ちがわかってれば、それでいいじゃん」
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