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第2章

1 昔の恋人③

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 本社に来る前、私は神奈川の営業所に所属していて、正樹も同じ職場にいた。
 新人の頃に仕事を教えてもらったり、一緒に営業に回ってもらったりしたので、その後もずっと仲の良い先輩後輩だった。

 当時私には他におつき合いしている人がいて、正樹に対して"職場の先輩"以上の気持ちを持ったことがなかった。
 でも、その人と別れた直後にたまたま正樹から食事に誘われて、そのままなんとなくつき合うことになった。
 そしたら思いのほか気が合って、正樹の価値観や趣向や持っている空気感が私ととても近くて、すぐに心を許し合える仲になった。

 そのうち私達は結婚を意識するようになり、正樹のご実家にも挨拶に行った。
 正樹の実家は町田にあって、お父さんは既に亡くなられていて、お母さんが一人で暮らしていた。
 と言ってもお母さんはまだ若くお元気で、パートタイムで働いていたので、当面は一人でも心配のない状態だった。
 ただ、正樹と結婚するならいずれは同居の可能性もあるなという心づもりはしていた。

 私が勤めている会社は、五年勤続すると希望者に本社勤務を経験させる制度があって、商品開発や経営経理などに関心のある人は、本社研修後に本社に転勤するための試験を受けられるようになっている。
 実際はあまり希望者は出なくて上司が何名か声をかけて斡旋するのだけれど、好奇心と向上心が旺盛だった私は自ら志願して本社研修に参加。
 その時に経営部門の所属になり、本社での仕事を学ぶうちに、会社全体を見渡せる仕事って面白いなと思うようになった。
 それで、三ヶ月の研修を終えてから、本社勤務の試験を受けた。
 そして見事合格した。正樹とつき合って二年半が過ぎた頃、私は本社に転勤になった。
 と言っても自宅は神奈川だったし、職場で顔を合わせなくなった以外は正樹との関係は何も変わらなかった。

 本社に異動すると、私は総務部所属になった。
 お客様のために心を砕いた仕事から、社員をサポートする立場に変わったのは少し残念だったけど、それはそれで気楽な部分もあった。
 そんな折、正樹のお母さんが自転車で転んでケガをしてしまった。連絡をもらった夜に正樹と車で駆けつけると、手首を骨折したとのことだった。

 利き手ではなかったので大丈夫とお母さんは仰ったけど、入院させてもらえず自宅療養なのは、一人暮らしには大変なことだ。
「お母さん、私が仕事帰りにここに寄りましょうか。定時なら夜七時半には来れると思うので、洗濯したり食事作ったり、できると思います」
「優子……」
「そんな、優子さんにご迷惑かけるわけには……」
「大丈夫です。今は仕事にも余裕があるし、一、二ヶ月くらいのことでしょうし」
「それじゃ、俺も来れる時は来るよ」

 そんなわけで、私は正樹のご実家に通うようになった。
 食事がお口に合っているかは心配だったけど、お母さんは美味しいと言って、嬉しそうにニコニコしながら食べてくれた。
 土日のどちらかは正樹と二人で行って、掃除や買い物をした。
 お母さんが喜ぶ姿を見て、やはりゆくゆくは一緒に暮らしたほうがよさそうだなと思っていたし、この件でお母さんとの距離も縮まって仲良くなれて、同居への不安も無くなっていた。
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