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第1章
4 夢みたいな時間③
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とりあえずお昼ごはんということで、せっかくなので美術館のレストランで食べることにした。
中庭に面した席に座り、優子さんと同じプレートランチを頼んだ。
促されるままに手前の席に座ったけど、注文を済ませて前を見たら俺の席からは中庭がよく見えて、優子さんは背を向ける形になっていたので、これは失敗したのでは、と思った。
「あの、席、代わります?」
そう聞くと、優子さんはニコニコ笑って、
「ううん、私はまた一人で来ることもあると思うから、いいの」
となぜか嬉しそうに言った。
さすが、これが大人の余裕ってやつか。勉強になる。
俺もこういうこと優子さんにしてあげられるようになりたい。
プレートはパスタメインでいろいろ盛られていて、サラダも付いてきた。
食事を始めると、優子さんが話題を振ってくれた。
「レンブラント展、退屈だったんじゃない?」
「あっ、いや……。正直よくわからなかったけど、楽しかったです」
「そうなんだ」
「優子さんは絵が好きなんですか?」
「うん、観るのは好きだよ。全然詳しくないけど」
「え?」
「よくわからないで観てるの。愛美ちゃんにも変わり者扱いされるんだけどね」
すごく意外だった。あんなに絵に近づいて、興味深そうに観ていたのに。
「えっ、なんでわからないのに観るんですか?」
「なんだろう……。心の洗濯? 目の保養?」
「はぁ……」
「ごめんね、意味わからないよね」
優子さんは、あははと笑った。
「えっと、わからないので、知りたいです」
「そんな深い意味はないけど。ほら、心って日々汚れるでしょ。何か上手く行かなかったり、理不尽なこととかあってストレス溜まったり。それ自体はわりと忘れるほうなんだけどね、なんか濁りだけが残っていくっていうか。そうなると観たくなるんだよね、美術品を。上質なものをたくさん見て、心に入れていくと、浄化されるんだよね、なんだろう、悪いものが」
「悪いもの」
「そう。その感覚が好きでね、だから、ただ観てるだけなの。何も考えないし、作品を読み解いたりもしない。もちろん、作品のことがもっとわかると楽しいだろうと思うし、そういうテレビ番組とかも観ちゃうけどね、でも、自分が実際観る時は、そういう見方じゃないし、そういう目的でもないんだよね」
「わかったような、わからないような」
「あはは、だよね」
心の汚れか……。
気にしたことなかったけど、確かにいつも何かしら嫌な気持ちってあるのかも。
大学かったりーなーと思ったり、バイト先で腹立つ客が来たりとか、電車混んでて座れねーとか、冷凍庫のアイス姉ちゃんに食べられたりとか、いろいろ。
確かに絵を見てる時はそういうの忘れてた。
絵っていうか、どちらかと言うと見ていたのは優子さんのほうだけど。
「……ちょっと、わかるかも」
そう言うと、優子さんは"おっ"という顔で俺の目を覗き込んだ。
「優子さんも心汚れるんですか?」
「汚れるよ~。汚れる汚れる。もっと綺麗でいたいと思うよ」
「心がですか? 綺麗でいたいとか考えたことないな……」
「んー、考えないのが普通なのかもね」
「元々が綺麗だから汚れとか気づくんじゃないですかねー」
ナイフとフォークを動かしながら何気なく呟いて、ふと優子さんを見たら、すごく優しい顔で微笑んでいた。
ヤベェ、超綺麗なんだけど……。
俺何か良いこと言った? 何か優子さんに刺さった?
そのままなんとなく無言になって、お互い少し照れ笑いみたいになりながらごはんを食べた。
なんか、良い感じな気がする。
すげぇデートっぽい。超彼氏彼女っぽい。
「亮弥くんの顔も美術品みたいに綺麗だよね」
言われて、俺はなんとなく目を伏せた。
「そうですかね……」
「ごめんね、言われるの飽きてる?」
「えっ」
ビックリして顔を上げた。そんなことを指摘されたのは初めてだった。
「当たり?」
「えっと、その、ちょっとだけ……」
「そうだよね、それだけ整ってたらみんなから言われちゃうよね」
「そうなんです……。あっ、なんか認めるのも嫌味かもですけど」
「あはは、いいじゃん、事実なんだからさ。でも亮弥くんくらいイケメンでも、言われて卑屈な気持ちになっちゃうものなの?」
「いや……なんていうか顔ばっかり言われて、それ以外何も良いとこないし、逆に期待外れみたいな感じになるんで……」
「へぇぇ?」
優子さんは目を丸くする。
「私は今日話してみていい子だなーと思ったし、今のところマイナス要素見つけられてないけどなぁ。何かある?」
そう言いながら首を傾げて顔を覗き込まれた時、俺は、優子さんが俺の運命の人に違いないと思った。
こんなに気持ちを察してくれて、俺に幻滅しないでくれる人なんて、他にいるはずがない。
中庭に面した席に座り、優子さんと同じプレートランチを頼んだ。
促されるままに手前の席に座ったけど、注文を済ませて前を見たら俺の席からは中庭がよく見えて、優子さんは背を向ける形になっていたので、これは失敗したのでは、と思った。
「あの、席、代わります?」
そう聞くと、優子さんはニコニコ笑って、
「ううん、私はまた一人で来ることもあると思うから、いいの」
となぜか嬉しそうに言った。
さすが、これが大人の余裕ってやつか。勉強になる。
俺もこういうこと優子さんにしてあげられるようになりたい。
プレートはパスタメインでいろいろ盛られていて、サラダも付いてきた。
食事を始めると、優子さんが話題を振ってくれた。
「レンブラント展、退屈だったんじゃない?」
「あっ、いや……。正直よくわからなかったけど、楽しかったです」
「そうなんだ」
「優子さんは絵が好きなんですか?」
「うん、観るのは好きだよ。全然詳しくないけど」
「え?」
「よくわからないで観てるの。愛美ちゃんにも変わり者扱いされるんだけどね」
すごく意外だった。あんなに絵に近づいて、興味深そうに観ていたのに。
「えっ、なんでわからないのに観るんですか?」
「なんだろう……。心の洗濯? 目の保養?」
「はぁ……」
「ごめんね、意味わからないよね」
優子さんは、あははと笑った。
「えっと、わからないので、知りたいです」
「そんな深い意味はないけど。ほら、心って日々汚れるでしょ。何か上手く行かなかったり、理不尽なこととかあってストレス溜まったり。それ自体はわりと忘れるほうなんだけどね、なんか濁りだけが残っていくっていうか。そうなると観たくなるんだよね、美術品を。上質なものをたくさん見て、心に入れていくと、浄化されるんだよね、なんだろう、悪いものが」
「悪いもの」
「そう。その感覚が好きでね、だから、ただ観てるだけなの。何も考えないし、作品を読み解いたりもしない。もちろん、作品のことがもっとわかると楽しいだろうと思うし、そういうテレビ番組とかも観ちゃうけどね、でも、自分が実際観る時は、そういう見方じゃないし、そういう目的でもないんだよね」
「わかったような、わからないような」
「あはは、だよね」
心の汚れか……。
気にしたことなかったけど、確かにいつも何かしら嫌な気持ちってあるのかも。
大学かったりーなーと思ったり、バイト先で腹立つ客が来たりとか、電車混んでて座れねーとか、冷凍庫のアイス姉ちゃんに食べられたりとか、いろいろ。
確かに絵を見てる時はそういうの忘れてた。
絵っていうか、どちらかと言うと見ていたのは優子さんのほうだけど。
「……ちょっと、わかるかも」
そう言うと、優子さんは"おっ"という顔で俺の目を覗き込んだ。
「優子さんも心汚れるんですか?」
「汚れるよ~。汚れる汚れる。もっと綺麗でいたいと思うよ」
「心がですか? 綺麗でいたいとか考えたことないな……」
「んー、考えないのが普通なのかもね」
「元々が綺麗だから汚れとか気づくんじゃないですかねー」
ナイフとフォークを動かしながら何気なく呟いて、ふと優子さんを見たら、すごく優しい顔で微笑んでいた。
ヤベェ、超綺麗なんだけど……。
俺何か良いこと言った? 何か優子さんに刺さった?
そのままなんとなく無言になって、お互い少し照れ笑いみたいになりながらごはんを食べた。
なんか、良い感じな気がする。
すげぇデートっぽい。超彼氏彼女っぽい。
「亮弥くんの顔も美術品みたいに綺麗だよね」
言われて、俺はなんとなく目を伏せた。
「そうですかね……」
「ごめんね、言われるの飽きてる?」
「えっ」
ビックリして顔を上げた。そんなことを指摘されたのは初めてだった。
「当たり?」
「えっと、その、ちょっとだけ……」
「そうだよね、それだけ整ってたらみんなから言われちゃうよね」
「そうなんです……。あっ、なんか認めるのも嫌味かもですけど」
「あはは、いいじゃん、事実なんだからさ。でも亮弥くんくらいイケメンでも、言われて卑屈な気持ちになっちゃうものなの?」
「いや……なんていうか顔ばっかり言われて、それ以外何も良いとこないし、逆に期待外れみたいな感じになるんで……」
「へぇぇ?」
優子さんは目を丸くする。
「私は今日話してみていい子だなーと思ったし、今のところマイナス要素見つけられてないけどなぁ。何かある?」
そう言いながら首を傾げて顔を覗き込まれた時、俺は、優子さんが俺の運命の人に違いないと思った。
こんなに気持ちを察してくれて、俺に幻滅しないでくれる人なんて、他にいるはずがない。
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