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第1章
3 突然のデート①
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亮弥くんに会ったのはその一回きりのまま、年が明け、一月が終わり、世間はバレンタインの季節になっていた。
私はもちろん彼のことを特に気にとめてもいなかったので、ふつーに仕事して、ふつーに休日を過ごし、その繰り返しで日々が過ぎていった。
私はイベントが苦手だ。クリスマスしかり、バレンタインしかり。
その日だけ何か特別に過ごさないといけないような空気を心地悪く感じてしまうからだ。
バレンタインに職場の男性にチョコを配る文化も、できれば無くなってほしいと思っていた。
そこそこ安価かつ貰って嬉しいようなチョコを探すのは気が重いし、買いに行くのも面倒。
「どうぞ」なんて恩着せがましく渡すのも苦手だし、毎年、この日が来なければいいと思う。
でも、当日になってチョコを配った時の、男性陣の嬉しそうな顔を見ると、用意して良かったな、と思ってしまう。
男性がどれだけバレンタインを意識しているのかいないのかはわからないけど、もしこれが無かったら「一つも貰えなかった」と落胆されるかもしれないと思うと、いたたまれなくなる。
どうやら私は、バレンタインが嫌だという自分の気持ちより、バレンタインにチョコを貰えなくてがっかりする男性陣の気持ちを考えるほうが、辛いらしい。
ちなみに、今年はチョコの準備を愛美ちゃんに任せたので、私は出資するだけで済んで助かった。
「優子さん、今度の三連休って何か予定あります?」
お昼休み、デスクでお昼ごはんを食べる準備をしていると、愛美ちゃんが隣の席から話しかけてきた。
「あー、うん。初日はちょっと美術館に行こうと思ってるけど」
「何展ですか?」
「レンブラント。……って言っても、名前しか知らないんだけど」
「ああー、私知ってますよ。美術で習いました。なんか、光と影みたいな人」
「あっそうそう、そんな感じだった」
「知らないのに観に行くってすごいですよね。事前に調べもしないって言ってましたよね」
「ポスターは見るよ。それで興味が湧いたら行くの。先回りして調べなくても、観ちゃえばどういうものかわかるじゃん」
「まぁそうですけど……」
お昼ごはんはコンビニで買って食べている。
お弁当を作ってくると、周りの人から「お弁当?」「手作り?」などと声を掛けられるので、見られても恥ずかしくないようにと気を張らないといけないからだ。
買ったごはんを食べていれば、誰も何も言わないでくれる。
無駄に興味を持たれないほうが楽だ。というか、社交辞令を生み出す芽はできるだけ摘んでおきたいというのが正しいかもしれない。
ちなみに家では基本的に自炊している。
今日はBLTサンドイッチとインスタントのコーンスープ。
愛美ちゃんは会社の前に停まるキッチンカーで買ってきたロコモコ丼を食べ始めていた。
「私も優子さんと一緒に行ってみようかなぁ~」
「え?」
「買い物行くにもバレンタイン前で人多そうだし、どうせ家でゴロゴロするだけなんですよねぇ」
これまで愛美ちゃんとプライベートで出掛けたことは二、三度あった。
でもそれは、会社で何かしらのチケットをもらった時に、それじゃあ二人で行こうか、となったからであって、特段の理由もなく、しかも美術館に行くというのはとても意外だった。
「チョコの買い出しは大丈夫?」
「あっ、もうこの間行ってきました」
「そうなの、ありがとう。私苦手だから助かっちゃった」
「母と二人で父と弟の分買いに行ったんで、ついでに済ませました。父と弟ですよ? 他にチョコ渡したい相手すらいないなんて……終わってますよね……」
愛美ちゃんははぁっと大きなため息をついた。
「それは私もそうだよ」
「それじゃ、フリー同士ってことで、デートしましょ!」
「別に愛美ちゃんが良いなら良いけど……。でも上野だよ? しかも午前中から行こうとしてる」
「大丈夫です!」
いつになく積極的な姿勢が、らしくなくて少し気になったけど、まあそういう気分の時もあるだろう。
そんなわけで私達は週末に出掛ける約束をしたのだった。
私はもちろん彼のことを特に気にとめてもいなかったので、ふつーに仕事して、ふつーに休日を過ごし、その繰り返しで日々が過ぎていった。
私はイベントが苦手だ。クリスマスしかり、バレンタインしかり。
その日だけ何か特別に過ごさないといけないような空気を心地悪く感じてしまうからだ。
バレンタインに職場の男性にチョコを配る文化も、できれば無くなってほしいと思っていた。
そこそこ安価かつ貰って嬉しいようなチョコを探すのは気が重いし、買いに行くのも面倒。
「どうぞ」なんて恩着せがましく渡すのも苦手だし、毎年、この日が来なければいいと思う。
でも、当日になってチョコを配った時の、男性陣の嬉しそうな顔を見ると、用意して良かったな、と思ってしまう。
男性がどれだけバレンタインを意識しているのかいないのかはわからないけど、もしこれが無かったら「一つも貰えなかった」と落胆されるかもしれないと思うと、いたたまれなくなる。
どうやら私は、バレンタインが嫌だという自分の気持ちより、バレンタインにチョコを貰えなくてがっかりする男性陣の気持ちを考えるほうが、辛いらしい。
ちなみに、今年はチョコの準備を愛美ちゃんに任せたので、私は出資するだけで済んで助かった。
「優子さん、今度の三連休って何か予定あります?」
お昼休み、デスクでお昼ごはんを食べる準備をしていると、愛美ちゃんが隣の席から話しかけてきた。
「あー、うん。初日はちょっと美術館に行こうと思ってるけど」
「何展ですか?」
「レンブラント。……って言っても、名前しか知らないんだけど」
「ああー、私知ってますよ。美術で習いました。なんか、光と影みたいな人」
「あっそうそう、そんな感じだった」
「知らないのに観に行くってすごいですよね。事前に調べもしないって言ってましたよね」
「ポスターは見るよ。それで興味が湧いたら行くの。先回りして調べなくても、観ちゃえばどういうものかわかるじゃん」
「まぁそうですけど……」
お昼ごはんはコンビニで買って食べている。
お弁当を作ってくると、周りの人から「お弁当?」「手作り?」などと声を掛けられるので、見られても恥ずかしくないようにと気を張らないといけないからだ。
買ったごはんを食べていれば、誰も何も言わないでくれる。
無駄に興味を持たれないほうが楽だ。というか、社交辞令を生み出す芽はできるだけ摘んでおきたいというのが正しいかもしれない。
ちなみに家では基本的に自炊している。
今日はBLTサンドイッチとインスタントのコーンスープ。
愛美ちゃんは会社の前に停まるキッチンカーで買ってきたロコモコ丼を食べ始めていた。
「私も優子さんと一緒に行ってみようかなぁ~」
「え?」
「買い物行くにもバレンタイン前で人多そうだし、どうせ家でゴロゴロするだけなんですよねぇ」
これまで愛美ちゃんとプライベートで出掛けたことは二、三度あった。
でもそれは、会社で何かしらのチケットをもらった時に、それじゃあ二人で行こうか、となったからであって、特段の理由もなく、しかも美術館に行くというのはとても意外だった。
「チョコの買い出しは大丈夫?」
「あっ、もうこの間行ってきました」
「そうなの、ありがとう。私苦手だから助かっちゃった」
「母と二人で父と弟の分買いに行ったんで、ついでに済ませました。父と弟ですよ? 他にチョコ渡したい相手すらいないなんて……終わってますよね……」
愛美ちゃんははぁっと大きなため息をついた。
「それは私もそうだよ」
「それじゃ、フリー同士ってことで、デートしましょ!」
「別に愛美ちゃんが良いなら良いけど……。でも上野だよ? しかも午前中から行こうとしてる」
「大丈夫です!」
いつになく積極的な姿勢が、らしくなくて少し気になったけど、まあそういう気分の時もあるだろう。
そんなわけで私達は週末に出掛ける約束をしたのだった。
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