48 / 59
第7章
答えを探して①
しおりを挟む
私がデザイン室に異動してすぐの頃の理雄先輩は、明らかに私を警戒していて近寄らせようとしなかった。
仕事で話し掛けたら受け答えはしてくれるものの、ほとんど目を合わせてくれないし、必要最低限以上のコミュニケーションは取ってくれない。
嫌われてるのかなーって思ったけど、よくよく見ていたら他の女性に対しても同じだった。
入社したての頃の初対面の印象とどこか違っているようにも見えて、気にはなったものの、女嫌いなんだと受け止めてそっとしておこうと、一度は思ったんだけど。
私は理雄先輩――「大宮さん」のスタイリッシュなデザイン画や、整理された仕事の仕方が好きだった。
自分はそんなふうにはできないけど、右も左もわからない新参者だったこともあって、憧れた。
だから仲良くなりたいと思っていた。
異動してきて数ヵ月が過ぎた頃、たまたま他の先輩デザイナーから、私と大宮さんの出身大が同じだという情報を聞いた。
話し掛けるきっかけゲット! と思い、いそいそと大宮さんに近づく若かりし頃の伊月ちゃん。
ちょうど離席して空いていた、大宮さんの隣の席に座って、
「大宮さん!」
元気よく呼んだら、大宮さんは無愛想なまま振り向いた。
「大宮さんH美大なんでしょう? デザイン室で一人だけだって」
「そうだけど……」
「ふふふ、喜んでください。なんと私もH美大なんですよ!」
「え、そうなの?」
少し食いついた。やっぱり「出身が同じ」にはパワーがある。
「はい! だから大宮さんのこと、先輩って呼んでいいですか?」
「……なんで?」
目に宿りかけていた興味の色は一瞬で引いていく。
でも、大宮さんがこの見た目なのに穏やかな性格だってことくらいとっくに把握済みの私は、怯まずいく。
「大学の先輩後輩なんだから、いいじゃないですか~」
「……別に、呼び方はなんでもいいけど……」
「え、なんでもいいんですか? じゃあ、理雄先輩って呼んでいいですか?」
「……なんで下の名前……?」
大宮さんはいよいよ眉をひそめて、警戒心をあらわにした。
「だって、呼びたくなる名前じゃないですかぁ、リオウって! めっちゃかっこよくないですか? あ、名前がですよ、名前が!」
「……あっそ」
表情が緩まったのを見てホッとしたのもつかの間、大宮さんはそれ以上の会話を打ち切るように、PCに向き直って両手をキーボードに戻してしまった。
あれ、もしかして気分を害したかな? そう思って、
「理雄先輩、でいいですか?」
控えめに確認したら、
「別にいい」
「いいんだ」
嫌そうに見えるわりにあっさり了承したのが面白くて、私は思わず笑ってしまった。
「何」
笑みのない鋭い眼差しがちらりとこちらに向けられる。
「何でもないです! それじゃ、よろしくお願いします、理雄先輩」
「はいはい」
カタカタとキーボードを打ち始めた理雄先輩を見届けて、私は自分の席に戻った。
戻りながら、確信した。
理雄先輩は、見た目と態度はああだけど、中身はちゃんと温かみのある人だって。
だって、「あっそ」とか「はいはい」とか、ともすれば相手を不快にさせかねない素っ気ない言葉が、なぜか優しいニュアンスで心に届いたから。
もしかして、そういうのみんな感じ取るのかなぁ。
理雄先輩って、言葉の端々に包容力が滲み出てるんだよね。
だから見た目が怖くても女が寄ってくるのかもしれない。
――と、月曜日の夜、部屋の真ん中のローテーブルの前に座り込んで、私は昔の理雄先輩のことを思い返していた。
いつものように仕事帰りにスーパーで買ってきたごはんを食べた後、理雄先輩が分けてくれた地元の菓子折りの和菓子のうち、どら焼きをピックアップして食べているところだ。
高速代やガソリン代を受け取ってもらえなかったうえに、お昼ごはんも夜ごはんも奢られ、あまつさえ母が準備したお菓子は私が半分もらうという、あるまじき結果になってしまったことは少し恥じている。
それはさておき――。
今思えばあの頃はまだ、先輩は離婚後まもなかったわけで、つまり、十年以上経っても癒えないほどのトラウマを刻まれるような別れ方をしたばかりの頃だったわけで、なかなか心を開いてくれなかったのはそのせいだったんだろう。
呼び方を変えてもこれといった距離の変化はなく、どう見ても私が一方的に慕っている、いや、慕おうとしているけど慕わせてもらえないといった具合だった。
先輩からしてみれば、女性を避けて生きていきたいのに、やたら構ってくる変な女こそ、警戒すべき対象だっただろう。
仕事で話し掛けたら受け答えはしてくれるものの、ほとんど目を合わせてくれないし、必要最低限以上のコミュニケーションは取ってくれない。
嫌われてるのかなーって思ったけど、よくよく見ていたら他の女性に対しても同じだった。
入社したての頃の初対面の印象とどこか違っているようにも見えて、気にはなったものの、女嫌いなんだと受け止めてそっとしておこうと、一度は思ったんだけど。
私は理雄先輩――「大宮さん」のスタイリッシュなデザイン画や、整理された仕事の仕方が好きだった。
自分はそんなふうにはできないけど、右も左もわからない新参者だったこともあって、憧れた。
だから仲良くなりたいと思っていた。
異動してきて数ヵ月が過ぎた頃、たまたま他の先輩デザイナーから、私と大宮さんの出身大が同じだという情報を聞いた。
話し掛けるきっかけゲット! と思い、いそいそと大宮さんに近づく若かりし頃の伊月ちゃん。
ちょうど離席して空いていた、大宮さんの隣の席に座って、
「大宮さん!」
元気よく呼んだら、大宮さんは無愛想なまま振り向いた。
「大宮さんH美大なんでしょう? デザイン室で一人だけだって」
「そうだけど……」
「ふふふ、喜んでください。なんと私もH美大なんですよ!」
「え、そうなの?」
少し食いついた。やっぱり「出身が同じ」にはパワーがある。
「はい! だから大宮さんのこと、先輩って呼んでいいですか?」
「……なんで?」
目に宿りかけていた興味の色は一瞬で引いていく。
でも、大宮さんがこの見た目なのに穏やかな性格だってことくらいとっくに把握済みの私は、怯まずいく。
「大学の先輩後輩なんだから、いいじゃないですか~」
「……別に、呼び方はなんでもいいけど……」
「え、なんでもいいんですか? じゃあ、理雄先輩って呼んでいいですか?」
「……なんで下の名前……?」
大宮さんはいよいよ眉をひそめて、警戒心をあらわにした。
「だって、呼びたくなる名前じゃないですかぁ、リオウって! めっちゃかっこよくないですか? あ、名前がですよ、名前が!」
「……あっそ」
表情が緩まったのを見てホッとしたのもつかの間、大宮さんはそれ以上の会話を打ち切るように、PCに向き直って両手をキーボードに戻してしまった。
あれ、もしかして気分を害したかな? そう思って、
「理雄先輩、でいいですか?」
控えめに確認したら、
「別にいい」
「いいんだ」
嫌そうに見えるわりにあっさり了承したのが面白くて、私は思わず笑ってしまった。
「何」
笑みのない鋭い眼差しがちらりとこちらに向けられる。
「何でもないです! それじゃ、よろしくお願いします、理雄先輩」
「はいはい」
カタカタとキーボードを打ち始めた理雄先輩を見届けて、私は自分の席に戻った。
戻りながら、確信した。
理雄先輩は、見た目と態度はああだけど、中身はちゃんと温かみのある人だって。
だって、「あっそ」とか「はいはい」とか、ともすれば相手を不快にさせかねない素っ気ない言葉が、なぜか優しいニュアンスで心に届いたから。
もしかして、そういうのみんな感じ取るのかなぁ。
理雄先輩って、言葉の端々に包容力が滲み出てるんだよね。
だから見た目が怖くても女が寄ってくるのかもしれない。
――と、月曜日の夜、部屋の真ん中のローテーブルの前に座り込んで、私は昔の理雄先輩のことを思い返していた。
いつものように仕事帰りにスーパーで買ってきたごはんを食べた後、理雄先輩が分けてくれた地元の菓子折りの和菓子のうち、どら焼きをピックアップして食べているところだ。
高速代やガソリン代を受け取ってもらえなかったうえに、お昼ごはんも夜ごはんも奢られ、あまつさえ母が準備したお菓子は私が半分もらうという、あるまじき結果になってしまったことは少し恥じている。
それはさておき――。
今思えばあの頃はまだ、先輩は離婚後まもなかったわけで、つまり、十年以上経っても癒えないほどのトラウマを刻まれるような別れ方をしたばかりの頃だったわけで、なかなか心を開いてくれなかったのはそのせいだったんだろう。
呼び方を変えてもこれといった距離の変化はなく、どう見ても私が一方的に慕っている、いや、慕おうとしているけど慕わせてもらえないといった具合だった。
先輩からしてみれば、女性を避けて生きていきたいのに、やたら構ってくる変な女こそ、警戒すべき対象だっただろう。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ココログラフィティ
御厨 匙
BL
【完結】難関高に合格した佐伯(さえき)は、荻原(おぎわら)に出会う。荻原の顔にはアザがあった。誰も寄せつけようとしない荻原のことが、佐伯は気になって仕方なく……? 平成青春グラフィティ。
(※なお表紙画はChatGPTです🤖)

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
すべてを奪われた英雄は、
さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。
隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。
それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。
すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。
ゼンタイリスト! 全身タイツなひとびと
ジャン・幸田
ライト文芸
ある日、繁華街に影人間に遭遇した!
それに興味を持った好奇心旺盛な大学生・誠弥が出会ったのはゼンタイ好きの連中だった。
それを興味本位と学術的な興味で追っかけた彼は驚異の世界に遭遇する!
なんとかして彼ら彼女らの心情を理解しようとして、振り回される事になった誠弥は文章を纏められることができるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる