プラトニック添い寝フレンド

天野アンジェラ

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第7章

答えを探して①

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 私がデザイン室に異動してすぐの頃の理雄先輩は、明らかに私を警戒していて近寄らせようとしなかった。
 仕事で話し掛けたら受け答えはしてくれるものの、ほとんど目を合わせてくれないし、必要最低限以上のコミュニケーションは取ってくれない。

 嫌われてるのかなーって思ったけど、よくよく見ていたら他の女性に対しても同じだった。
 入社したての頃の初対面の印象とどこか違っているようにも見えて、気にはなったものの、女嫌いなんだと受け止めてそっとしておこうと、一度は思ったんだけど。
 
 私は理雄先輩――「大宮さん」のスタイリッシュなデザイン画や、整理された仕事の仕方が好きだった。
 自分はそんなふうにはできないけど、右も左もわからない新参者だったこともあって、憧れた。
 だから仲良くなりたいと思っていた。

 異動してきて数ヵ月が過ぎた頃、たまたま他の先輩デザイナーから、私と大宮さんの出身大が同じだという情報を聞いた。

 話し掛けるきっかけゲット! と思い、いそいそと大宮さんに近づく若かりし頃の伊月ちゃん。
 ちょうど離席して空いていた、大宮さんの隣の席に座って、
「大宮さん!」
 元気よく呼んだら、大宮さんは無愛想なまま振り向いた。
「大宮さんH美大なんでしょう? デザイン室で一人だけだって」
「そうだけど……」
「ふふふ、喜んでください。なんと私もH美大なんですよ!」
「え、そうなの?」
 少し食いついた。やっぱり「出身が同じ」にはパワーがある。
「はい! だから大宮さんのこと、先輩って呼んでいいですか?」
「……なんで?」
 目に宿りかけていた興味の色は一瞬で引いていく。
 でも、大宮さんがこの見た目なのに穏やかな性格だってことくらいとっくに把握済みの私は、怯まずいく。

「大学の先輩後輩なんだから、いいじゃないですか~」
「……別に、呼び方はなんでもいいけど……」
「え、なんでもいいんですか? じゃあ、理雄先輩って呼んでいいですか?」
「……なんで下の名前……?」
 大宮さんはいよいよ眉をひそめて、警戒心をあらわにした。
「だって、呼びたくなる名前じゃないですかぁ、リオウって! めっちゃかっこよくないですか? あ、名前がですよ、名前が!」
「……あっそ」
 表情が緩まったのを見てホッとしたのもつかの間、大宮さんはそれ以上の会話を打ち切るように、PCに向き直って両手をキーボードに戻してしまった。

 あれ、もしかして気分を害したかな? そう思って、
「理雄先輩、でいいですか?」
 控えめに確認したら、
「別にいい」
「いいんだ」
 嫌そうに見えるわりにあっさり了承したのが面白くて、私は思わず笑ってしまった。
「何」
 笑みのない鋭い眼差しがちらりとこちらに向けられる。
「何でもないです! それじゃ、よろしくお願いします、理雄先輩」
「はいはい」
 カタカタとキーボードを打ち始めた理雄先輩を見届けて、私は自分の席に戻った。

 戻りながら、確信した。
 理雄先輩は、見た目と態度はああだけど、中身はちゃんと温かみのある人だって。
 だって、「あっそ」とか「はいはい」とか、ともすれば相手を不快にさせかねない素っ気ない言葉が、なぜか優しいニュアンスで心に届いたから。

 もしかして、そういうのみんな感じ取るのかなぁ。
 理雄先輩って、言葉の端々に包容力が滲み出てるんだよね。
 だから見た目が怖くても女が寄ってくるのかもしれない。

 ――と、月曜日の夜、部屋の真ん中のローテーブルの前に座り込んで、私は昔の理雄先輩のことを思い返していた。
 いつものように仕事帰りにスーパーで買ってきたごはんを食べた後、理雄先輩が分けてくれた地元の菓子折りの和菓子のうち、どら焼きをピックアップして食べているところだ。
 高速代やガソリン代を受け取ってもらえなかったうえに、お昼ごはんも夜ごはんも奢られ、あまつさえ母が準備したお菓子は私が半分もらうという、あるまじき結果になってしまったことは少し恥じている。

 それはさておき――。
 今思えばあの頃はまだ、先輩は離婚後まもなかったわけで、つまり、十年以上経っても癒えないほどのトラウマを刻まれるような別れ方をしたばかりの頃だったわけで、なかなか心を開いてくれなかったのはそのせいだったんだろう。
 呼び方を変えてもこれといった距離の変化はなく、どう見ても私が一方的に慕っている、いや、慕おうとしているけど慕わせてもらえないといった具合だった。
 先輩からしてみれば、女性を避けて生きていきたいのに、やたら構ってくる変な女こそ、警戒すべき対象だっただろう。
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