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第6章

2 定まらない気持ち②

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「はぁ……。本当にすみません。顔見ないと気が済まなかったみたいで、ついてきちゃって」
「いや、いいけどよ。……あ、帰り下道でもいい?」
 母親の登場で一瞬緩和されたように感じてしまったが、俺たちの状況は昨夜の続きからのスタートだ。
 この後深刻な話になるなら、高速飛ばしながらはできれば避けたい。
「いいですよ。途中でお昼ごはん食べたくなるかもしれないし」
「わかった」
「時間は大丈夫なんですか? 何か予定とか……」
 病院の敷地から通りに出ようと、ウインカーを出しながら、車が途切れるのを待つ。
「……それは、いいけど、その……」
 今言うべきか、もう少しタイミングを見計らうべきか、一瞬迷ったが、何よりこれが最優先だろうと判断して、思いきって切り出す。
「昨日、……悪かったな、あんなことして」
「ほんとですよ~!」
 間髪いれずに返ってきたのは、思いがけず明るい返事。
 そこで車が途切れたので、道路に出て走行し始めた。

「あれだけ『手を出す前に言って』って言ってあったのに、ほんと信じらんないです! 瑞月といい、理雄先輩といい、これだから男って~!」
「え、弟もなんかしたのか?」
「運転気をつけてってずっと言ってたのに、事故ったから」
「あ、そうか……」
 びっくりした。一瞬、弟も伊月に手を出したのかと思った。さすがにそんなわけないか。
「え、それとこれを一緒にしたら弟かわいそうじゃね?」
「私との約束を破ったという点では同じです」
 そう言われると、何も言えねぇ。

 しかし……。多少ご立腹な空気は感じられるものの、深刻にしないでくれているのは、伊月なりの配慮だろう。
 その心遣いに感謝しつつ、そんな伊月に何をどう伝えれば一番誠実なのか、決めかねながら模索する。

「まあ……。こうして病院まで連れてきてもらった身だし……お世話になっておいて、あのくらいのことでいちいち咎めるべきでもないと思いますけど……」
「は?」
 伊月が急にそんなことを言うので、俺はぎょっとした。
「いや、それは違うだろ。それとこれとは全然別の話だ」
 恋愛経験豊富で慣れているのかわからないが、好きでもない相手にキスされて、お礼と思えば仕方ないなんて考えてしまうなら、それはちょっと問題なように感じた。

「自分がやらかしておいてなんだが、こういうときはちゃんと怒れ。お前が我慢する必要は全くないんだから」
「先輩……」
 もしかして、ああいうことって、コイツの人生にはよくあったんだろうか。
 だとしたら、いよいよ罪が重い。

「……なんであんなことしたんですか?」
 伊月の声のトーンは、少しだけ落ちた。
 そうだよな。あんなことをされて、こたえていないわけがない。
 しかも相手が“信頼しているソフレ”である俺なら、なおさらだ。
「その……正直に言うと」
 助手席から、伊月の視線が刺さる。
 きっと、何かしら明確に伊月への好意を感じてキスしたくなった、などと言ったほうが、筋は通るのだろう。
 でも、真実でないことを伝えて繕うことが誠実なのか、……少なくとも俺にはそうは思えなかった。

「俺も一瞬、何が起きたのかわからなくて……。こう言うと最低かもしれないけど、その……無意識だったんだよな……」
 声に出すといよいよ最低度合いが自覚されて、いや誠実さゼロ、と自分で突っ込みたくなった。
 伊月は前に向き直り、座席に頭を預けながら小さくため息をついた。
「そうですか……」
 こういうときに、感情的になって怒ったりしないんだな。
 それはありがたいけど、いつも率直な伊月が何を思っているのか見えない状態も、それはそれで不安を感じさせる。

 しばらく気まずい思いで黙っていたら、伊月が口を開いた。
「まさか理雄先輩が、好きでもない人にそういうことできちゃう人だったとは……」
「いや、それはない」
 当然のように否定したものの、
「いやいや、『ない』って先輩」
「……ない、はず……なんだが……う~ん……」
 そうじゃないと言うなら、伊月も俺も望んでいない答えにたどり着いてしまうことに気づく。
「あー……もしかして俺は伊月のことが好きなのか……?」
「知りませんよ~。私に聞かないでください」
 ですよね……。
「いやまぁ……好きは好きだけどな。好きじゃなきゃ一緒にいねぇし……」
「その好きが、恋愛感情か、そうじゃないかですよ」
「そこな……」

 違うという結論はとっくに出ていたし、もはやそこの分類をする必要すらないと思っていた。
 だが、最初に懸念していたように、もし気持ちが変わってしまったのだとしたら――。

「先輩としては、そういう認識はないってこと?」
「う~ん……。これまでそういう目で見たことがなかったから……」
「そうですか……」
 その声には、わずかながら安堵が含まれているように感じられた。
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