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第6章

2 定まらない気持ち①

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 窓を開けてエンジンを止めたら、病院の駐車場に植わっている木の上から小鳥の鳴き声が響いてくるのに気づいた。
 四月中旬、春真っただ中の、ポカポカとしたのどかな天気。
 頭上には青空が広がり、木立は日差しを受けて柔らかな光を放っている。

 俺はスマホを手にとって、チェックアウトの時間が迫った頃に届いた伊月からの返事を見返した。
"一緒に帰ります。三十分後くらいに病院に来れますか?"

 伊月のことだ、「伊月ちゃんに手を出すような人と一緒には帰りません!」くらい言われても驚かないつもりだったが、まさかの真逆の返事。
 断られてもそれはそれで気が重くなっただろうけど、神妙に「一緒に帰る」などと言われたら、逆に深刻なように感じられてしまう。
 ……いや、あんなことが起これば、深刻になるに決まっているんだが……。

 なんでああなったのか、一晩考えてもわからなかった。
 むしろ、直前まで俺は、伊月に何かされたらどうしようと怯えていた側だったはずなのだ。
 なんなんだ……。身を守るための先制攻撃?
 マジで自分の仕組みがわからねぇ……。

 頭を抱えていたら女性の話し声が耳に入ってきたので、ふと顔を上げると、伊月が誰かと二人でこちらへ歩いてくるところだった。
 伊月よりも背が低く、少しだけふくよかで、顔つき――特に目はどことなく伊月と似た感じの、五十代後半くらいに見えるその女性は、俺と目が合うとぺこりと頭を下げた。
 慌てて軽く会釈を返し、ドアを開けて車を降りる。
「ほらやっぱり男の人じゃない!」
「いや、だから彼氏ではないんだってば」
 二人は言い合いをしながら近づいてくる。

「どうもすみません、わざわざこんなところまで連れてきてもらって。伊月がお世話になっています」
 改めて深々と頭を下げる女性の隣で、伊月はどこか諦めた様子で俺に断りを入れる。
「すみません理雄先輩。母です。挨拶するって聞かなくて……」
「あ、いや……。こちらこそ、お世話になってます」
「すごく背が高いのねぇ」
 首を大きく傾けて見上げる伊月の母親に、どの立場で接すればいいかわからず、もう一度ちらりと伊月に視線を向ける。
「……いや、大丈夫です、ちゃんと会社の先輩だって言ってあるんで、そこは心配しないでください」
「あ、そう……。なんかすみません、差し出がましいことをして」
「いえいえとんでもない。夜遅かったし助かりました。あの、これ気持ちだけですけどお土産に。地元のお菓子なので召し上がってください」
 母親は、手に持っていた紙袋から菓子折りの包みを取り出して、恭しくこちらへ差し出した。
「え、そんな……どうぞお気遣いなく」
「いいから、どうぞ。お口に合えばいいんですけど」
 受け取るように促され、恐縮しながらも包みに両手を伸ばす。
「ありがとうございます」
 質感のいい和紙の包み紙で、なんだか高級そうだ。
 本来それどころじゃない状況の中、しかもこの午前中の短い時間でわざわざ準備してもらったと思うと、申し訳ない。
 しかも娘さんにとんでもないことをしてしまい、感謝されていい立場でもないことを思い出すと、輪をかけて申し訳ない。

「それじゃ、瑞月のことよろしくね。また様子見に来るから」
「うん、気をつけて帰ってね。遠いですけど、どうぞよろしくお願いします」
 もう一度深々と頭を下げる母親。
「じゃあね!」
 伊月が助手席に回ってドアを開けたので、俺も車に乗り込む。
 笑顔でこちらを見守る母親に、
「それじゃ、失礼します」
 と軽く頭を下げて、車を出した。
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