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第5章
1 ざわつき②
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ミーティングを終えて、理雄先輩と一緒に雪野さんをエレベーターまで見送りに行く。
その途中で、彼女は少し前を歩く先輩に声を掛けた。
「大宮さんって、下の名前リオウさんっていうんですよね」
「ああ、はい」
「名刺にRIOUってUまで書いてあって、珍しいなって思って」
先輩の名前のこと、聞かれること多いなぁと思いながら、私は黙って後ろを歩いていた。
「あー……、漢字をそのまま読んだらリオなので、英字でRIOだと間違われるからUまで書いてるんです。公的な場で、思い込みでリオって紹介されたりすると気まずいんで……」
「あー、それたしかに気まずいですね! でも珍しい読み方ですよね。由来とかあるんですか?」
なにこいつ! 私は驚いた。
ちょっとまって、この人、まだミーティングで数回顔を合わせて話しただけで、個人的な会話は今が初めてくらいの関係なのに、名前の読みの話題だけならまだしも、由来だなんて、いきなりそんな踏み込んだことまで聞く?
距離感バグってんのかな……。
エレベーター前に着いて、先輩は長い腕を軽く伸ばして下向きの三角形を押した。
私は彼女の言葉に心の中で引きながら、理雄先輩が適当にかわしてくれることを願った。
「由来というか……理雄と付けたい父と、理王と付けたい母の折衷案だったと聞いてます」
「ええ~、そうなんだ~!」
ちょ、理雄先輩。
そんなことを簡単に教えちゃうの? この女に?
その女、先輩の大事な大事な伊月ちゃんを理由もなく故意に無視してるんですよ……!
ランプがチカチカと点滅し、エレベーターの到着を知らせる。
扉が開くと中は無人だった。
理雄先輩は、扉が閉まらないよう外のボタンを押したまま、雪野さんが乗るのを待っている。
すると、彼女はそんな先輩を見上げ、耳を疑うような言葉を発した。
「私この後直帰なので、下のカフェでコーヒー飲んで帰ろうと思ってるんですけど、よければどうですか、一緒に」
はぁ~!?
私の怒りは頂点に達した。
なんて図々しいんだろう。こっちはまだ仕事中なのに。
「ああ……、まあ、二十分くらいならいいですけど……」
いや、だから先輩。
なんでそんな簡単にOKしちゃうんですか?
そいつ多分先輩のこと狙ってますよ? わかってます? ナンパされてるんですよ?
なんか知らないけど昔からたまに現れるんだよなぁ、理雄先輩に言い寄ってくる人が。
こんなに無愛想で目つきが悪いのに怖いと思わないのかな?
理雄先輩はエレベーターに踏み出しかけながら、内心立腹中の私を振り返った。
「お前も来るよな?」
その時、先にエレベーターに乗った雪野さんにふと目をやると、直前まで媚びる笑顔を見せていた人間と同一人物とは思えないほどに表情をスッと消し去り、なんの興味もなさそうな顔で私を見ていた。
「……いえ」
「え?」
先輩の背中を、エレベーターに向かってぐっと押す。
「どうぞ、大宮さんだけ行ってください。雪野さん、お疲れさまでした」
「は? おい、鈴鹿……」
制御から解放されて、遠慮なく閉まりゆくエレベーター。
その中に閉じ込められていく二人を、私はにっこりと微笑んでみせながら見送った。
理雄先輩は、ずっと必要最低限を超えて女性と接することを恐れていたのに、最近は私と日常を過ごすことに慣れてきたせいで、女性への警戒心を緩めつつある。
だから久しぶりに怖い思いをすればいい。
自分に好意を寄せる女性への拒絶心を、思い出せばいいんだ!
そう思いながら、デザイン室へと足早に歩いていたものの、途中で別の可能性に気づいて、ふっと速度が緩む。
先輩が今も「怖い思い」をするとは、限らないのだ。
もし、先輩が誰かと恋をしたら、私はどうなるんだろう。
女性と接することに慣れて、本当に警戒心をなくしてしまって、恋愛してもいいかなって気持ちになったとしたら?
いや、「いいかな」なんて気持ちになるまでもなく、恋に落ちてしまったら?
――なんて、考えるまでもないか。
私たちは恋人じゃない。
なんの約束もない間柄で、主張できる立場なんて何もない。
ましてや恋愛感情という強靭な支配力を持つ感情の前には、ただただ無力な存在でしかないのだ。
その途中で、彼女は少し前を歩く先輩に声を掛けた。
「大宮さんって、下の名前リオウさんっていうんですよね」
「ああ、はい」
「名刺にRIOUってUまで書いてあって、珍しいなって思って」
先輩の名前のこと、聞かれること多いなぁと思いながら、私は黙って後ろを歩いていた。
「あー……、漢字をそのまま読んだらリオなので、英字でRIOだと間違われるからUまで書いてるんです。公的な場で、思い込みでリオって紹介されたりすると気まずいんで……」
「あー、それたしかに気まずいですね! でも珍しい読み方ですよね。由来とかあるんですか?」
なにこいつ! 私は驚いた。
ちょっとまって、この人、まだミーティングで数回顔を合わせて話しただけで、個人的な会話は今が初めてくらいの関係なのに、名前の読みの話題だけならまだしも、由来だなんて、いきなりそんな踏み込んだことまで聞く?
距離感バグってんのかな……。
エレベーター前に着いて、先輩は長い腕を軽く伸ばして下向きの三角形を押した。
私は彼女の言葉に心の中で引きながら、理雄先輩が適当にかわしてくれることを願った。
「由来というか……理雄と付けたい父と、理王と付けたい母の折衷案だったと聞いてます」
「ええ~、そうなんだ~!」
ちょ、理雄先輩。
そんなことを簡単に教えちゃうの? この女に?
その女、先輩の大事な大事な伊月ちゃんを理由もなく故意に無視してるんですよ……!
ランプがチカチカと点滅し、エレベーターの到着を知らせる。
扉が開くと中は無人だった。
理雄先輩は、扉が閉まらないよう外のボタンを押したまま、雪野さんが乗るのを待っている。
すると、彼女はそんな先輩を見上げ、耳を疑うような言葉を発した。
「私この後直帰なので、下のカフェでコーヒー飲んで帰ろうと思ってるんですけど、よければどうですか、一緒に」
はぁ~!?
私の怒りは頂点に達した。
なんて図々しいんだろう。こっちはまだ仕事中なのに。
「ああ……、まあ、二十分くらいならいいですけど……」
いや、だから先輩。
なんでそんな簡単にOKしちゃうんですか?
そいつ多分先輩のこと狙ってますよ? わかってます? ナンパされてるんですよ?
なんか知らないけど昔からたまに現れるんだよなぁ、理雄先輩に言い寄ってくる人が。
こんなに無愛想で目つきが悪いのに怖いと思わないのかな?
理雄先輩はエレベーターに踏み出しかけながら、内心立腹中の私を振り返った。
「お前も来るよな?」
その時、先にエレベーターに乗った雪野さんにふと目をやると、直前まで媚びる笑顔を見せていた人間と同一人物とは思えないほどに表情をスッと消し去り、なんの興味もなさそうな顔で私を見ていた。
「……いえ」
「え?」
先輩の背中を、エレベーターに向かってぐっと押す。
「どうぞ、大宮さんだけ行ってください。雪野さん、お疲れさまでした」
「は? おい、鈴鹿……」
制御から解放されて、遠慮なく閉まりゆくエレベーター。
その中に閉じ込められていく二人を、私はにっこりと微笑んでみせながら見送った。
理雄先輩は、ずっと必要最低限を超えて女性と接することを恐れていたのに、最近は私と日常を過ごすことに慣れてきたせいで、女性への警戒心を緩めつつある。
だから久しぶりに怖い思いをすればいい。
自分に好意を寄せる女性への拒絶心を、思い出せばいいんだ!
そう思いながら、デザイン室へと足早に歩いていたものの、途中で別の可能性に気づいて、ふっと速度が緩む。
先輩が今も「怖い思い」をするとは、限らないのだ。
もし、先輩が誰かと恋をしたら、私はどうなるんだろう。
女性と接することに慣れて、本当に警戒心をなくしてしまって、恋愛してもいいかなって気持ちになったとしたら?
いや、「いいかな」なんて気持ちになるまでもなく、恋に落ちてしまったら?
――なんて、考えるまでもないか。
私たちは恋人じゃない。
なんの約束もない間柄で、主張できる立場なんて何もない。
ましてや恋愛感情という強靭な支配力を持つ感情の前には、ただただ無力な存在でしかないのだ。
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