上 下
36 / 59
第5章

1 ざわつき①

しおりを挟む
 新年度が明けて、かねてから話のあったエコブランドのミーティングに参加するようになった。

 基本的には商品企画担当の人たちが話を進めてくれて、私たちデザイナーはほぼ傍聴のみで企画内容を把握していくところから始まった。
 広告代理店とコンサルティング会社を交えて何度かミーティングを重ねた後、いよいよ使用する素材について具体的に話をすることになった。

 小さな個室のミーティングルームに集まったメンバーは、商品開発部の西山課長――余談だけど、西山課長は同期のお色気人妻こと実華子の旦那さんだ。
 それと、理雄先輩と私。

 先方はコンサルタントの雪野さんというアラサーくらいの女性。黒いストレートのロングヘアをハーフアップにして、スーツのインナーはV字に開いていて胸元の露出度高め。顔は童顔でかわいらしい。
 なんだか男受けしそうな見た目だな、という印象だけなら、別にそれ以上でもそれ以下でもなかったんだけど……。

「海洋プラスチックなんかも、よく使われていますね」
「海洋プラスチック、ですか?」
「海岸に漂着したプラスチックをリサイクル素材として使うんです。身近な環境問題として伝わりやすいので、エコを推進しているというメッセージ性は強くなりますよね」
 雪野さんはにこやかな笑顔を見せている。
 しかしそれが私に向くことは、びっくりするほどない。

 いったいどういうつもりなのか、この女、同性である私にはほとんど視線をよこすことがなく、いつもいつも男性のほうばかり向いて話すのだ。
 まだ若くて舐められていた頃は、役職のある男性から戦力外認定されてこういう扱いを受けることが多々あったけど、同じ女性なのに女性を差別するなんて、どういう神経してるんだろう。

「そうですね、できれば……」
 西山課長は少し考え込んでから、話し出す。
「基本的な方向性としては、やはりプラスチック素材の使用削減を推進していきたいので、メインになるのは天然素材のほうが好ましいかもしれません。環境に優しい文房具のあり方を示すという社会的意義を果たすのも、目的の一つですので」
 いつでも柔らかい口調で、でもきっぱりと伝えるべきことを伝えてくれる西山課長は、頼もしい存在だ。

「なるほど……。それでは、竹素材はいかがですか」
「竹」
「はい。竹は繁殖力の高さから管理が行き届かなくなってしまうケースが多く、『放置竹林』といって問題になっています。竹の根は浅く横に広がるので土砂災害を引き起こす危険もあり、竹林を適切に整備するためにも資源としての活用が推進されているんです」

 雪野さんは理雄先輩に向かってにっこりと微笑んだけど、
「なるほど、竹ねぇ……」
 考え込む理雄先輩は、資料の素材一覧に目を落としていて見ていない。
 無視されてやんの、と思いながら、私は先輩に言い添える気持ちで言葉を発した。
「最近竹製品の文房具も増えてますよね。大手の雑貨メーカーさんでも扱い始めているみたいです」
「あ、そうなの?」

 すると、普段こちらを向くことがない、マスカラバシバシの丸い瞳がピタッと私を捉えた。
 何か言うのかな、と思って待ってみたけど、言葉も笑顔も何もないまま、すぐに視線は男性二人に移る。
 いや、「よくご存じですね」くらい言ったらどうだ。

「竹をそのままボールペンの軸に使っていたり、竹紙のノートもありますね。竹紙は質感もいいですし、エコ素材を使っているという実感が得られやすいので、環境問題に敏感な若い世代にとっては魅力的な選択肢みたいです。最近はホテルのアメニティも竹素材への切り替えが進んでいるんですよ」
 こんな女なのに、わりと詳しいからまたちょっと腹が立つ。
 いや、ありがたいけど。

「紙製品とか、プラスチックを紙に替える製品には問題なく使えそうだな。そのまま使うなら……竹って形状の加工とかどのくらいできるんだろう……」
「たしかに、ペンのボディなんかはカーブつけたくなりますよね。あとステープラーのボディとか。クリップも……」
「あぁ、最小がどのくらいかも気になるか……」
「耐久性とかも……」
 私と理雄先輩が話し合っていたら、向かいの席から雪野さんが手をパチンと合わせて注意を向けさせた。
「あ、じゃあ、いったん見本品を取り寄せてまたお持ちしましょうか? 加工具合についても確認しておきます」
「あ、そうですか。それじゃ、何パターンか簡単なデザインラフでも描いて送ります。どのくらいまで加工できるかの目安にしたいので」
 答えた理雄先輩に、雪野さんはまたにっこりと笑顔を見せた。
「そうしていただけたらすごく助かります。ではお待ちしていますね」

 そのラフ、理雄先輩から来ると思っているだろうから私から送ってやろう、と私は考えた。
 ささやかな仕返しだ。

「竹製品かぁ。なんか工芸品のイメージしかないから、楽しみですね」
「課長が乗り気ならよかったです」
 今の私にとっては癒やし担当にすら見えてきたほんわか笑顔の西山課長は、竹の話がお気に召したみたい。

 竹素材ならぱっと見で「エコっぽさ」が伝わりやすいし、和の雰囲気もあってオシャレになりそうだし、これを機に一般化していけるようないい製品を作れるといいな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

黒蜜先生のヤバい秘密

月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
 高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。  須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。  だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

ココログラフィティ

御厨 匙
BL
【完結】難関高に合格した佐伯(さえき)は、荻原(おぎわら)に出会う。荻原の顔にはアザがあった。誰も寄せつけようとしない荻原のことが、佐伯は気になって仕方なく……? 平成青春グラフィティ。 (※なお表紙画はChatGPTです🤖)

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

本当のことを言うと

香桐れん
BL
寮の自室で呆然とする櫂(かい)。 その様子を目の当たりにしたルームメイトの匠海(たくみ)は――。 BLにカテゴライズしていますが、 あくまでプラトニックな心理的BLです。 BLというよりはLGBT恋愛小説に近いかもしれません。 異性関係に関する描写があります。 苦手な方はご注意ください。   エブリスタ投稿済み作品。 その他小説投稿サイトにも投稿させていただいております。    --- 表紙作成:かんたん表紙メーカー 写真素材:Na Inho

拒絶少女は世界を拒絶する

犬派のノラ猫
ライト文芸
少女は願ったいつもの理不尽のなかで この世界が終わることを 少女は願った 新しい自分の世界が始まることを。 これは世界を拒絶した 少女のお話

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...