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第5章
1 ざわつき①
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新年度が明けて、かねてから話のあったエコブランドのミーティングに参加するようになった。
基本的には商品企画担当の人たちが話を進めてくれて、私たちデザイナーはほぼ傍聴のみで企画内容を把握していくところから始まった。
広告代理店とコンサルティング会社を交えて何度かミーティングを重ねた後、いよいよ使用する素材について具体的に話をすることになった。
小さな個室のミーティングルームに集まったメンバーは、商品開発部の西山課長――余談だけど、西山課長は同期のお色気人妻こと実華子の旦那さんだ。
それと、理雄先輩と私。
先方はコンサルタントの雪野さんというアラサーくらいの女性。黒いストレートのロングヘアをハーフアップにして、スーツのインナーはV字に開いていて胸元の露出度高め。顔は童顔でかわいらしい。
なんだか男受けしそうな見た目だな、という印象だけなら、別にそれ以上でもそれ以下でもなかったんだけど……。
「海洋プラスチックなんかも、よく使われていますね」
「海洋プラスチック、ですか?」
「海岸に漂着したプラスチックをリサイクル素材として使うんです。身近な環境問題として伝わりやすいので、エコを推進しているというメッセージ性は強くなりますよね」
雪野さんはにこやかな笑顔を見せている。
しかしそれが私に向くことは、びっくりするほどない。
いったいどういうつもりなのか、この女、同性である私にはほとんど視線をよこすことがなく、いつもいつも男性のほうばかり向いて話すのだ。
まだ若くて舐められていた頃は、役職のある男性から戦力外認定されてこういう扱いを受けることが多々あったけど、同じ女性なのに女性を差別するなんて、どういう神経してるんだろう。
「そうですね、できれば……」
西山課長は少し考え込んでから、話し出す。
「基本的な方向性としては、やはりプラスチック素材の使用削減を推進していきたいので、メインになるのは天然素材のほうが好ましいかもしれません。環境に優しい文房具のあり方を示すという社会的意義を果たすのも、目的の一つですので」
いつでも柔らかい口調で、でもきっぱりと伝えるべきことを伝えてくれる西山課長は、頼もしい存在だ。
「なるほど……。それでは、竹素材はいかがですか」
「竹」
「はい。竹は繁殖力の高さから管理が行き届かなくなってしまうケースが多く、『放置竹林』といって問題になっています。竹の根は浅く横に広がるので土砂災害を引き起こす危険もあり、竹林を適切に整備するためにも資源としての活用が推進されているんです」
雪野さんは理雄先輩に向かってにっこりと微笑んだけど、
「なるほど、竹ねぇ……」
考え込む理雄先輩は、資料の素材一覧に目を落としていて見ていない。
無視されてやんの、と思いながら、私は先輩に言い添える気持ちで言葉を発した。
「最近竹製品の文房具も増えてますよね。大手の雑貨メーカーさんでも扱い始めているみたいです」
「あ、そうなの?」
すると、普段こちらを向くことがない、マスカラバシバシの丸い瞳がピタッと私を捉えた。
何か言うのかな、と思って待ってみたけど、言葉も笑顔も何もないまま、すぐに視線は男性二人に移る。
いや、「よくご存じですね」くらい言ったらどうだ。
「竹をそのままボールペンの軸に使っていたり、竹紙のノートもありますね。竹紙は質感もいいですし、エコ素材を使っているという実感が得られやすいので、環境問題に敏感な若い世代にとっては魅力的な選択肢みたいです。最近はホテルのアメニティも竹素材への切り替えが進んでいるんですよ」
こんな女なのに、わりと詳しいからまたちょっと腹が立つ。
いや、ありがたいけど。
「紙製品とか、プラスチックを紙に替える製品には問題なく使えそうだな。そのまま使うなら……竹って形状の加工とかどのくらいできるんだろう……」
「たしかに、ペンのボディなんかはカーブつけたくなりますよね。あとステープラーのボディとか。クリップも……」
「あぁ、最小がどのくらいかも気になるか……」
「耐久性とかも……」
私と理雄先輩が話し合っていたら、向かいの席から雪野さんが手をパチンと合わせて注意を向けさせた。
「あ、じゃあ、いったん見本品を取り寄せてまたお持ちしましょうか? 加工具合についても確認しておきます」
「あ、そうですか。それじゃ、何パターンか簡単なデザインラフでも描いて送ります。どのくらいまで加工できるかの目安にしたいので」
答えた理雄先輩に、雪野さんはまたにっこりと笑顔を見せた。
「そうしていただけたらすごく助かります。ではお待ちしていますね」
そのラフ、理雄先輩から来ると思っているだろうから私から送ってやろう、と私は考えた。
ささやかな仕返しだ。
「竹製品かぁ。なんか工芸品のイメージしかないから、楽しみですね」
「課長が乗り気ならよかったです」
今の私にとっては癒やし担当にすら見えてきたほんわか笑顔の西山課長は、竹の話がお気に召したみたい。
竹素材ならぱっと見で「エコっぽさ」が伝わりやすいし、和の雰囲気もあってオシャレになりそうだし、これを機に一般化していけるようないい製品を作れるといいな。
基本的には商品企画担当の人たちが話を進めてくれて、私たちデザイナーはほぼ傍聴のみで企画内容を把握していくところから始まった。
広告代理店とコンサルティング会社を交えて何度かミーティングを重ねた後、いよいよ使用する素材について具体的に話をすることになった。
小さな個室のミーティングルームに集まったメンバーは、商品開発部の西山課長――余談だけど、西山課長は同期のお色気人妻こと実華子の旦那さんだ。
それと、理雄先輩と私。
先方はコンサルタントの雪野さんというアラサーくらいの女性。黒いストレートのロングヘアをハーフアップにして、スーツのインナーはV字に開いていて胸元の露出度高め。顔は童顔でかわいらしい。
なんだか男受けしそうな見た目だな、という印象だけなら、別にそれ以上でもそれ以下でもなかったんだけど……。
「海洋プラスチックなんかも、よく使われていますね」
「海洋プラスチック、ですか?」
「海岸に漂着したプラスチックをリサイクル素材として使うんです。身近な環境問題として伝わりやすいので、エコを推進しているというメッセージ性は強くなりますよね」
雪野さんはにこやかな笑顔を見せている。
しかしそれが私に向くことは、びっくりするほどない。
いったいどういうつもりなのか、この女、同性である私にはほとんど視線をよこすことがなく、いつもいつも男性のほうばかり向いて話すのだ。
まだ若くて舐められていた頃は、役職のある男性から戦力外認定されてこういう扱いを受けることが多々あったけど、同じ女性なのに女性を差別するなんて、どういう神経してるんだろう。
「そうですね、できれば……」
西山課長は少し考え込んでから、話し出す。
「基本的な方向性としては、やはりプラスチック素材の使用削減を推進していきたいので、メインになるのは天然素材のほうが好ましいかもしれません。環境に優しい文房具のあり方を示すという社会的意義を果たすのも、目的の一つですので」
いつでも柔らかい口調で、でもきっぱりと伝えるべきことを伝えてくれる西山課長は、頼もしい存在だ。
「なるほど……。それでは、竹素材はいかがですか」
「竹」
「はい。竹は繁殖力の高さから管理が行き届かなくなってしまうケースが多く、『放置竹林』といって問題になっています。竹の根は浅く横に広がるので土砂災害を引き起こす危険もあり、竹林を適切に整備するためにも資源としての活用が推進されているんです」
雪野さんは理雄先輩に向かってにっこりと微笑んだけど、
「なるほど、竹ねぇ……」
考え込む理雄先輩は、資料の素材一覧に目を落としていて見ていない。
無視されてやんの、と思いながら、私は先輩に言い添える気持ちで言葉を発した。
「最近竹製品の文房具も増えてますよね。大手の雑貨メーカーさんでも扱い始めているみたいです」
「あ、そうなの?」
すると、普段こちらを向くことがない、マスカラバシバシの丸い瞳がピタッと私を捉えた。
何か言うのかな、と思って待ってみたけど、言葉も笑顔も何もないまま、すぐに視線は男性二人に移る。
いや、「よくご存じですね」くらい言ったらどうだ。
「竹をそのままボールペンの軸に使っていたり、竹紙のノートもありますね。竹紙は質感もいいですし、エコ素材を使っているという実感が得られやすいので、環境問題に敏感な若い世代にとっては魅力的な選択肢みたいです。最近はホテルのアメニティも竹素材への切り替えが進んでいるんですよ」
こんな女なのに、わりと詳しいからまたちょっと腹が立つ。
いや、ありがたいけど。
「紙製品とか、プラスチックを紙に替える製品には問題なく使えそうだな。そのまま使うなら……竹って形状の加工とかどのくらいできるんだろう……」
「たしかに、ペンのボディなんかはカーブつけたくなりますよね。あとステープラーのボディとか。クリップも……」
「あぁ、最小がどのくらいかも気になるか……」
「耐久性とかも……」
私と理雄先輩が話し合っていたら、向かいの席から雪野さんが手をパチンと合わせて注意を向けさせた。
「あ、じゃあ、いったん見本品を取り寄せてまたお持ちしましょうか? 加工具合についても確認しておきます」
「あ、そうですか。それじゃ、何パターンか簡単なデザインラフでも描いて送ります。どのくらいまで加工できるかの目安にしたいので」
答えた理雄先輩に、雪野さんはまたにっこりと笑顔を見せた。
「そうしていただけたらすごく助かります。ではお待ちしていますね」
そのラフ、理雄先輩から来ると思っているだろうから私から送ってやろう、と私は考えた。
ささやかな仕返しだ。
「竹製品かぁ。なんか工芸品のイメージしかないから、楽しみですね」
「課長が乗り気ならよかったです」
今の私にとっては癒やし担当にすら見えてきたほんわか笑顔の西山課長は、竹の話がお気に召したみたい。
竹素材ならぱっと見で「エコっぽさ」が伝わりやすいし、和の雰囲気もあってオシャレになりそうだし、これを機に一般化していけるようないい製品を作れるといいな。
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