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第4章
2 抱えているもの①
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物音一つしない静まり返った部屋で、ドローイングデスクの天板を起こして、黙々と作業を進めていた。
傍らのタブレットに表示した写真を見ながら、受注した絵を描いているところだ。
絵の仕事は、街角の風景を一部だけ取り出して描くという画風で始めた。
といっても、後々面倒が起きないよう、描いているのは架空の風景で、でもどこかで見たような、日常で誰もが見ていそうな、そういう現代日本の街の一角だ。
枠いっぱいに色の詰まった絵にどうも威圧感を覚えてしまう、という妙な感性に従って、周囲をフェードアウトさせて余白を持たせて描いていたら、同じ感性の持ち主がいるのか、意外に需要があった。
そのうち自分の店を描いてほしいというオーダーが増えていき、今は基本的にはその依頼をこなしつつ、同時に既製品から選びたいという需要に向けても描いている。
受注した絵は、依頼者から送られてきた写真を元に描くこともあれば、要望次第では足を運んで写真を撮らせてもらい、お店の雰囲気を確かめてから描くこともある。
今回の絵は先週末に現地に行って写真を撮ってきた。
実線は耐水性の細いペンを使い、色付けは水彩色鉛筆を中心にしている。
大きさは、家のプリンターでスキャンできるサイズ以内なら、という感じだ。
一点もののアナログ画だが、自分が描いた作品である以上、何を描いたか忘れないためにもコピー画像くらいは手元に残しておきたい。
もちろん、受注サイトに作品例として載せる場合もある。
特に気に入ったものは印刷して部屋に飾りたいという気持ちもあるから、スキャンは必須だ。
これまで六十枚くらいは描いてきて、現在手元にある現物は、既製品として出品中の二枚のみ。
案外売れているのだ。
集中して主線にペンを入れていたところへ、ソファに放置していたスマホが鳴った。
俺に連絡をしてくる奴なんか知れているので、いったん無視しようかとも思ったが、少し渇いた喉を潤すべく冷蔵庫に飲み物を取りに行くついでに、確認することにした。
案の定、知れた奴からの着信。
そして続いて書き込まれたメッセージ。
“先輩、緊急で会ってほしいんですけど、そっち行く元気ないので、来てくれませんか”
もはや断られる可能性を考えていないその文言に思わず笑う。
俺だっていつでも暇なわけじゃないんだけどねぇ。
今日は仕事を休んで「ジークス」の握手会に行っていたから、その話でも聞いてほしいんだろうか。
でも同じファンの弟がいて、しかも一緒に行ったなら、俺より深く共有できるだろうし、俺が必要だとは思えない。
そもそも明日の夜になればここに来る約束になっているんだが……。
時計を見上げたら、二十二時を回っていた。
さすがに今帰ってきたというわけでもないだろう。何か問題でも起きたのか。
“明日まで待てねぇの?”
“待てません”
仕方ないので、俺は絵の制作を中断して、伊月が送ってきた住所に向かうことにした。
傍らのタブレットに表示した写真を見ながら、受注した絵を描いているところだ。
絵の仕事は、街角の風景を一部だけ取り出して描くという画風で始めた。
といっても、後々面倒が起きないよう、描いているのは架空の風景で、でもどこかで見たような、日常で誰もが見ていそうな、そういう現代日本の街の一角だ。
枠いっぱいに色の詰まった絵にどうも威圧感を覚えてしまう、という妙な感性に従って、周囲をフェードアウトさせて余白を持たせて描いていたら、同じ感性の持ち主がいるのか、意外に需要があった。
そのうち自分の店を描いてほしいというオーダーが増えていき、今は基本的にはその依頼をこなしつつ、同時に既製品から選びたいという需要に向けても描いている。
受注した絵は、依頼者から送られてきた写真を元に描くこともあれば、要望次第では足を運んで写真を撮らせてもらい、お店の雰囲気を確かめてから描くこともある。
今回の絵は先週末に現地に行って写真を撮ってきた。
実線は耐水性の細いペンを使い、色付けは水彩色鉛筆を中心にしている。
大きさは、家のプリンターでスキャンできるサイズ以内なら、という感じだ。
一点もののアナログ画だが、自分が描いた作品である以上、何を描いたか忘れないためにもコピー画像くらいは手元に残しておきたい。
もちろん、受注サイトに作品例として載せる場合もある。
特に気に入ったものは印刷して部屋に飾りたいという気持ちもあるから、スキャンは必須だ。
これまで六十枚くらいは描いてきて、現在手元にある現物は、既製品として出品中の二枚のみ。
案外売れているのだ。
集中して主線にペンを入れていたところへ、ソファに放置していたスマホが鳴った。
俺に連絡をしてくる奴なんか知れているので、いったん無視しようかとも思ったが、少し渇いた喉を潤すべく冷蔵庫に飲み物を取りに行くついでに、確認することにした。
案の定、知れた奴からの着信。
そして続いて書き込まれたメッセージ。
“先輩、緊急で会ってほしいんですけど、そっち行く元気ないので、来てくれませんか”
もはや断られる可能性を考えていないその文言に思わず笑う。
俺だっていつでも暇なわけじゃないんだけどねぇ。
今日は仕事を休んで「ジークス」の握手会に行っていたから、その話でも聞いてほしいんだろうか。
でも同じファンの弟がいて、しかも一緒に行ったなら、俺より深く共有できるだろうし、俺が必要だとは思えない。
そもそも明日の夜になればここに来る約束になっているんだが……。
時計を見上げたら、二十二時を回っていた。
さすがに今帰ってきたというわけでもないだろう。何か問題でも起きたのか。
“明日まで待てねぇの?”
“待てません”
仕方ないので、俺は絵の制作を中断して、伊月が送ってきた住所に向かうことにした。
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