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第3章

1 奇跡の当選②

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「伊月さぁ、推し活もいいけど、そろそろ結婚したいとか思わないの?」
「え?」
「だって、もう年も年だし、焦りとかないのかな~って。子ども産むのにもリミットあるしさぁ」
「ああー、私そういうのないんだよね~。子どもがほしいとも思わないし」
 私はスマホをバッグにしまいながら返事をして、自分のケーキ――バニラアイスが添えられたミックスベリーのケーキを食べ始めた。
 ココア味のスポンジとベリーのムースが何層にもなっていて、酸味とほろ苦さと全体の甘さが混ざり合って、最高。

「今はそうかもしれないけど、数年後はわからないじゃん? 後になって後悔したらどうするの? アイドルは結婚してくれないんだよ?」
 茉莉の語気が強くなったので、私はびっくりした。
 見ると、なんだか怒ったような顔をしている。
 これまで推し活を馬鹿にされることはあったけど、怒られたことなんてないのに、えー……、どうした茉莉?
 これはもしやアレ? 既婚者マウント取られてる?

「まあ数年後のことはわからないけど、少なくとも今全くその気がないからさ~。どうしようもないっていうか」
 とりあえず私は、何も気づかなかったことにしていつもどおり軽く返事をした。
「でももう長く彼氏いないでしょ? 誰でもいいからとりあえずつき合ってみなよ」
 いやいや、今まで散々つき合って、その上で、要らなくなったんですけど。

 でもわかってる。
 この気持ちは、男女関係について普通の感覚を持っている人には通じないことくらい。
 過去に何人彼氏がいても、二年三年とフリーの状態が続けば、彼氏ができない人みたく見られることだって。
 しかも年齢が上がっているから尚更、昔はモテたけど選り好みしてるうちに需要がなくなった設定にされちゃうのだ。 
 そしてこういう話は本当に私をウンザリさせるのだった。

 どう切り返すかしばし考え、
「茉莉は結婚生活どう? 旦那さんと仲良くやってる?」
 何も聞かなかったことにして、質問で話題を変えた。
「仲良くしてるけどさ……」
 はぁっとため息。
「この前、病院に検査に行ったんだよね」
「え、どこか悪いの?」
「診てもらおうと思って。妊娠できるかどうか……」
「えっ」
「なんかさ、結婚したらすぐに子ども作って……って考えてたけど、できなくてさ。もう結婚して半年経つから、ちょっと心配になって」
 茉莉が結婚してからもう半年も経ってるのか、と私は思った。
 妊娠問題、噂にはよく聞くけど、ついに身近にも及んできたか……。

「それで、どうだったの?」
「うん……とりあえずは様子見でよさそうだったんだけどさ、私らもう三十四じゃん。三十五を過ぎたら、早めに不妊治療始めたほうがいいみたい」
「そうなんだ……」
 茉莉はもう一度、今度は深くため息をついた。
「なんかさ、自分は大丈夫だっていう、謎の自信があったんだよね。自分の思うタイミングで結婚して、避妊をやめれば、さらっと妊娠して子どもを産めるもんだって。でも、そう都合よくいかない現実もあるんだなぁって……」
「わかる。なんだかんだでうまく行くだろうって思っちゃうよね。私もけっこうそうかもなぁ」
 都合よくソフレまで見つかっちゃったもんだから、最近は特にそういう考えになってるかもしれない。
 ていうか握手会も当たったし、もしかして私今ボーナスタイム?
「でしょ? でもさ、私たちってもう、のんびりしてられない年齢なんだなぁって、改めて実感したんだよね。もちろん四十歳超えて産んでる人も多いけどさ、自分が産めるとは限らないっていうか。だからさ、伊月も本当に子どもいらないのか、この先もそんな生き方でいいのか、今のうちにもう一回ちゃんと考えたほうがいいよ」
「そっか……。うん、ありがとう」

 なるほどなるほど。
 茉莉はそういう状況だから、私のことも心配してくれたんだ。
 マウントを疑って大変申し訳ない。

 でも。うん。

 やっぱり全く心が動かない私は、人間の、女性の、本能というものが欠落しているんだろう。
 恋愛、結婚、出産。
 当たり前のように人生を共にするのだろうと、子どもの頃から思ってきた言葉たち。
 そして、誰しもが本心ではそれを望んでいる、という前提で話が繰り広げられる世界。
 それなのに私は、そういう人生をかけらも望んでない、常識外れの人間なのだ。

 久しぶりの茉莉とのお出掛けはすごく楽しかった。
 でもきっとこれから徐々に、茉莉と会える機会は減っていくんだろう。
 結婚した茉莉と私では、時が進むにつれ生きる道筋も生き方も見ているものも、かみ合わなくなっていく。
 お互いを理解できない瞬間や、相対するもののように感じてしまう瞬間は、どうしても増えていく。
 友達と会えなくなる本当の理由は、忙しいからじゃない。
 適度な距離。適切な距離。それだけが、互いを完全に失わないための秘策なのだ。
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