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第3章

1 奇跡の当選①

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 例の最近結婚した友人茉莉まつりに誘われて、休日の銀座に春服を買いに来た。
 三月半ばになっても外はまだ寒く、なかなかコートが薄くならないというのに、ショーウインドウやお店の中はすっかり暖かな春ムード。
 パステルカラーの服と桜やチューリップの装飾が並ぶ様は、毎年繰り返される光景ながらも着実にこちらの心を浮き立たせてくる。

 茉莉は地元の友人で、大学進学時に一緒に東京に出てきた子のうちの一人だ。
 何人かいた地元の友人たちが、卒業後は地元に帰ったり、結婚したりで、ぽつりぽつりと数を減らしていく中、最後に残っていたのが茉莉と私。
 その茉莉も、仕事で知り合った人と数ヵ月前に結婚した。

「これ似合うんじゃない?」
「それは伊月っぽい」
「えー、かわいいのに~!」
 私が差し出したのは、淡いグリーンにイエローの花柄が入ったワイドパンツ。
「そういうパンツは上級者じゃなきゃだめなんだって。私は基本無地じゃないと。着こなすセンスないもん」
「じゃあ、これとセットは?」
 私は側にあった白いブラウスを手に取り、パンツと合わせてみせた。
「このセットで着れば、着こなしなんて悩まなくていいじゃん」
「違う。着こなしっていうのはね、顔とか体型とかも関係してくるの。伊月は美人でスタイルが良くて色彩感覚があるからなんでも着れるの!」
「そうかなぁ……?」
「そうです」
「じゃあ、このスカートは?」
 淡いピンクの無地のフレアスカートを差し出すと、茉莉は「それなら、まあ……」と言って体に当てた。
 ダークブラウンの少し癖のある髪が肩まで下りた横顔は、小さめの瞳を前髪の下に覗かせ、自信なげに鏡の自分を確認する。

 茉莉は自分が思っているよりかわいいんだから、もっとオシャレすればいいのにと、いつも思う。
 そんな私と、冒険できない茉莉とのせめぎ合い。最終的に少しでもこっちのセンスに寄せられたら勝ちだ。

 今回も茉莉は私が選んだ服を買った。
 私の提案をムリだムリだと却下しながらも、なんだかんだでいつもと違う雰囲気の服と出合えるから、茉莉は私を買い物につき合わせるのを好んでいる。
 私も合間に自分の服を何着か買って、歩き回って疲れた私たちはデパートの中のカフェに入った。

「はぁ、ケーキ久しぶりだなぁ」
 運ばれてきたケーキプレートに目を落とし、茉莉がつぶやく。
「結婚してから、二人で出掛けるのもデートじゃなくて生活になっちゃってさ。日用品とか食材とか買い出しに行ったりとか~。逆にこういう自分の用事は仕事帰りとかに一人で済ませるし、ケーキ食べるタイミングがない」
「そんなに変わるものなんだ?」
「同棲しないで結婚したからねー、急に変わった感じはあるよ。まぁ、買い物に男手があるのはめっちゃ助かるけどね。一回でたくさん買えるし」
 生クリームとフルーツが添えられたバスクチーズケーキのプレート。その鋭角の部分に、茉莉はフォークを入れた。

 その時、椅子に掛けていたコートのポケットに入ってるスマホが振動を伝えてきた。
 取り出してみると、瑞月からの着信だった。
「あ、ごめん、弟から電話だ」
「どうぞ。相変わらず仲良しだね」
 私は応答ボタンを押して、スマホを耳に当てた。
「もしもーし」
「当たった!」
「は?」
「ジークスのCD特典のミニライブ!!」
 茉莉との女子会タイムから急に推しの話になって、一瞬なんの話だか「?」となってしまった。でもすぐに理解して、
「えっ嘘!」
 一月に出たセカンドアルバムの特典の話だと気づく。
「伊月メール来なかった? 当たった人しか来ないのかな?」
「え、ちょっと確認してみる」
 メールメール………。
 私は通話をバックグラウンドにして、通知欄にあるメールの通知をタップしてみた。
「なに、どうしたの?」
 状況が掴めない茉莉が不思議そうに聞いてくる。
「なんか、弟がジークスの……」
 返事もそこそこに、その中にZYXの文字を見つけて、急いで開いた。

「あ」

 ――この度はZYXの――
 ――厳正なる抽選の結果、当選されましたので――

「あああ~~~!!」
 私はスマホをまた耳に当てた。
「わ、わ、私も当たった!」
「えっマジで!? やったじゃん!!」
「握手会!」
「へ?」
「ミニライブと握手会が当たった~~!!」
「ええーっっ!!」

「え、握手会当たったの?」
 茉莉がびっくりした顔で言うので、私は何度も頷いた。
「どうしよう、えっどうしよう、えっ意味わかんない」
「すごいじゃん、ジークスと握手できんの!?」
 電話の向こうから瑞月。
「いやいや待って落ち着こう、現実にそんなこと起こるわけが」
「でも当たったんだろ?」
「当たった」
「おめでとう!」
「どうしよう死ぬのかも」
「何言ってんだよ! 俺も一緒に行くからさ、当日まで気を確かに生きろよ」
「え~ん、瑞月ありがとう! あ、今友達といるから、また後で電話するね」
「はいはーい」

 画面をタップして電話を切ると、茉莉はチーズケーキを口に運びながら言う。
「ジークスの握手会? そんなんあるんだ」
「うん、推しに会える~~! どうしよう、本当に現実かな」
「よかったじゃん」
「うん、ありがとう……」
 私は半信半疑でもう一度メールを確認した。
「ああ……やっぱり当たってる……夢じゃない」
 本当に本当に、ZYXに、Zee様に会えるんだ。
「嘘みたい……こんなこと本当にあるんだ……」
 そんな私を見ていた茉莉が、ため息をつく。
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