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第1章

2 推しと弟③

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「そういえばSNS見たよ。お前が上げてたイラストめっちゃよかった」
「そうでしょ」
 私はZYXのパフォーマンスや動画を観て心惹かれた箇所をイラストでまとめてSNSに投稿するという、アグレッシブな萌え発散をしている。
 それは仲間のW/たちに賞賛されたいというより、ただただ自分の内に湧いた感情を記録するためのものだ。
 それでもたまに、私の投稿からZYXを知って沼落ちしたっていう人が現れて、そんなときは私もZYXに貢献できたのだと誇らしい気持ちになる。

「他のファンアートもいろいろ見てるけどさ~。やっぱ伊月のやつは見どころの共有ができるから楽しくていいよな」
「ほんと? 嬉しい! もっとがんばっちゃおっと」
「フォロワーもうすぐ一万いきそうじゃね?」
「いやー、そうなんだよね。ジークスの認知が上がるたびに人気出ちゃって」
「本人たちの目にも届いてるのかなぁ」
「どうだろうね。そんないちいち見てないと思うけど」
「でも夢があるよなぁ。俺はそういうの何もできないから、心で応援するしかなくて申し訳ない」
「そんなことない! 推し方は人それぞれ。配信コンテンツ買ってるだけで十分だし、瑞月はクレーンゲームでプライズ取るのも得意だからおけ」
「得意だとあんまりお金落とさないんだよなぁ実際」
「それはゲーセンにでしょ? プライズたくさん取ればそれだけ運営にはお金が入る」
「なるほど」

 他にも最近の動画について推しトークを繰り広げた後、代官山だいかんやまに服を買いに行きたいという瑞月は、お昼前に出発することになった。
 私はパジャマにアウターを羽織って、下まで見送りに出た。

「お父さんとお母さんによろしくね。物資のお礼は電話しとくけど、伊月は相変わらず元気だったって、あんたの口からも伝えといて」
「おー」
 マンションの駐輪場で、瑞月はヘルメットをかぶろうとした。
 その手を途中で止めて、ちらとこっちを見る。
「そういえばお母さんが、伊月は結婚しないつもりなのかって言ってたよ」

 このタイミングで言うのは、きっと瑞月としても切り出しにくかったからだろう。
 そして、切り出しにくいのに言うということは、よほど母がやきもきしているのだ。
「私は推し活で忙しいな」
「今はそうかもしんないけどさ、先々のことを考えたら、早めにパートナー見つけといたほうがいいって」
「いつまでも仲良くしようね、瑞月」
 ぽんと肩をたたいてニッコリしてみせると、瑞月は表情を歪ませる。
「伊月おばあちゃんの面倒みるのやだ」
「そういうあんたも彼女と別れたじゃん」
「俺は別に、まだ意欲あるし、若いし」
「三十は若くない」
「三十四よりは若い」
「うるさいわ」
 瑞月はヘルメットをかぶり、あご紐を留めた。
 私は心の中で理雄先輩のことを思い出しながら、瑞月は私がソフレを作ったと聞いたらなんて言うかな、と考えた。

 マンションの前でバイクにまたがってエンジンをかけると、低いうなり声が発せられる。
 こちらに視線を向けた瑞月に、手を振りながら言葉を掛ける。
「バイク気をつけてよ。安全運転でね」
「はいはーい。じゃね」
「またねー」
 ブオォォンという音があっという間に瑞月を遠くに運んでいく。
 その姿が見えなくなるまで見送ってから、私は部屋に戻った。
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