大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

本編

治療と迷い

十八。それが俺の身体に──もっと言えば俺の手足に突き刺さった鉄片の数だ。
両腕両足それぞれ九本ずつ、まるで獣の牙のように俺の肉を裂き、身体の中へもぐりこんできたそれらは、ご丁寧なことに返しまでついていた。
血界まで使ったのにこれだけ被弾したのか？なんて思っている奴もいそうだから一個言っといてやる。
爆心地は今、爆風の影響で地面が抉れて湿り気を帯びた土と年季が入った木の根っこが露出、その木も夥しい量の鉄片が幹を襲ったせいで、俺の胴回りの三倍はあった木が削り折られている。もしもまともに受けていたら間違いなく即死だっただろう。
「これで…最後か」
身体の至る所から血を流し、今最後の鉄片を抜き終わった俺は髪を一本引き抜き、手早く縫合する。血界を使ったり血を流しすぎたことによる貧血の症状は出かけていたが、それ以外異常らしい異常はない。幸運にもこっちの鉄片には毒を塗っていなかったらしい。
「クソ……いてて。早速とんでもねぇモンを貰っちまったな」
巨大な木にもたれかかりながら、余った髪を、切れろと念じながら歯で噛み切る。勝手に発動し続けているスキルの補正によって強度が高すぎるので、こうして意識的にスキルを弱める程度しか出来ないからだ。
『一応、索敵に反応はない。お前達以外はな』
あんまり信用できないけどサンキュ。さて。
上を見て、太陽の位置を見る。
リューズニルに来てから、少なくとも一時間は経っているのだが……太陽が全く動いていない。
「幻術…ねぇ」
完全に術中にハマっているのは認めるしかない。
デューラの意識は戻らないし、救援要請をしたらしいユーリアと会える目処も立っていない。マキナがないからメッセージも飛ばせない。そもそもメッセージが飛ぶのか？この幻術内で。シャルの索敵も効かないから大元を潰しに最短ルートを突っ切る、なんてこともできない。挙句の果てには最初の接敵でデューラが意識不明、俺も結構な負傷。元気なのはシエルだけ…どうしたもんか。
「はぁ………」
『方法がある。というか、ない訳じゃないというか…』
言え。
『単純に、今無傷のシエルにユーリア達を探しに行ってもらえばいいんじゃないか』
却下。
『なんで』
あの子はまだ実戦経験が多くない。いや違うな、経験はある。実際、進級試験の時は結界の外で大分頑張っていたらしいし、授業もしっかりやってる。
『ならいいじゃねぇか』
でもな、ひとりでってことは今までなかったんだよ。今までは必ず周りに誰かがいた、しかし今から進むのは誰一人として助けてくれない「個」としてのシエルだ。そんな子がお前すら索敵できないようなこの地で初めてのソロ？荷が重すぎる。
『でもよ、そう言っていつまでも過保護に守って、大事に扱って、常に誰かを頼りにさせ続ける……それがシエルにとって正しいことだと思うのか？』
いつまでもって訳じゃないさ。ただ、今は早いってだけだ。
『じゃあナナキ俺の育て方も間違ってたわけか？』
………別に。間違っちゃないさ。ただ、俺はあんな環境だったし、今思えば《勇者》だったんだ。遅すぎたぐらいだろう。
『親はとっくに殺され、祖父に数年間監禁され、それでもなお心は折れず、小さいながらも剣牙を持ち、戦うことを選んだ半魔族の忌子。俺はお前と大差ないと思うがなぁ』
………。
はぁ……
「シエル」
「………ん」
周りを警戒していたシエルがとてとてと、こちらへやってくる。
「今からお前にしか出来ない事を頼みたいんだが…いいか？」
「ん、やる」
即答か。内容を聞きもせずに。
「じゃあ今から、ひとりでユーリアを探してきてくれないか？」
「………わかっ…た」
即座に駆け出そうとするシエルを呼び止め、腕に軽く俺の髪を縛る。プクナイムでも使ったあの髪だ。
「いいか、この髪は常に俺の方に向かっている。ユーリアと合流できた時、あるいはこの結んである髪がきつく締まったり緩くなったりを繰り返し始めたらここに戻ってくること。いいな？」
『合流できた時は分かるが、もう一個のはなんだ？』
俺達がピンチになった時、あるいはあまりにも長時間戻ってこなかったときに、こっちから合図を出して呼び戻すだけだ。
「わかったな？」
「………ん」
こくりと頷いたシエル。
「行け」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、シエルが走り出す。
その姿はすぐに木々に隠れ、俺達から見えなくなる。
「……生き生きしてたな、シエル」
『ずっと待ってたんだろ。お前がそう言うのを』
なぜかシャルの言葉が、鉄片よりも深く胸に突き刺さった。