大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

文字の大きさ
上 下
1,962 / 2,022
本編

白虎と嘘

しおりを挟む
 距離は開いていた。軽口が言える程度には。
 だが、それを言い終わった時には、既に《白虎》が眼前に居た。
『なんっ』
「っ」
 シャルが驚き、俺は黙って軽く距離を取ろうと後ろに引く。
 《白虎》の判断は至極正しい。
 双刃を床に突き刺して体勢を整えた以上、俺の刃に勢いは無い。勢い付くと止められない刃が、今この瞬間はゼロに戻っている。
 だから、加速がつく前に仕留める、ないしは加速をつけさせない。
 正解だ。それが一番面倒だ。
 後ろに引く際、双刃からパッと手を離し、剣を構えて吶喊してきた《白虎》に相対する。この距離ではもう双刃は使えない。ただの荷物だ。
 僅かに見開いたその目は驚きか、それとも困惑か。しかしそれもすぐに消え、一直線に大剣が振られる。
 俺の脳天から股下までをカチ割り、叩き斬り、骨を砕いて内臓を撒き散らす絶死の一撃。
 本気で俺を殺そうとしている。だからこそ読みやすい。
 後ろに引き、距離を取ろうとしてその間合いすら詰められた。ならばと左奥へ僅かに逸れつつ一歩前身。すれ違いの踏み込み。
「それは見たッ!!」
 《白虎》の声が響く。
 大剣が床を砕き、破片を散らしながら先端が深く埋まる。
 それを視界の端で視認しつつ、既に眼前に迫る《白虎》本体の間合いに踏み込む。
 既に義手は《獣》に戻り、剥き出しの殺意と共に俺に襲いかかる。
 ヒトの状態の時の彼が繰り出す攻撃には、どこか美しい佇まいを感じさせる、所謂「武」の様なものがあった。
 だが、今の彼からはそれが感じられない。あぁいや、悪い言い方になってしまったが、別にその事が悪い訳では無い。
 もっと獰猛で荒々しく、本能に任せた怒涛の連撃。どれかが掠れば血の花が咲く。そんな牙爪による攻め。
 それが──当たらない。
 正しく言うなら、攻撃として成立していない。
 空気を裂く爪が、喉笛を狙う牙が、有り得ざる動きをする銀腕が。
 その全てが躱され、いなされる。
 如何に鋭く強い牙爪であっても、その全力を発揮出来なければ意味が無い。
 爪は肘や手の甲で弾き、牙は避けるか髪で逸らす。
 全く、今回は何もかもが悪かった。
 スキルのタネは割れ、作った腕は俺が全部知っていて、技術としても、ヒトの動きから獣の動きになるという二種類の手札があるにもかかわらず、その悉くが効かない。
「悪いが」
 全て読めるんだよ。
「一つ、俺の得意なことを教えてやる」
 ヒトじゃなくて、殺意を剥き出しにした獣なら。
「魔獣狩りだ」
 そう言って進む。近づく。踏み込む。
 奴の方が体格がある。今は無手の俺が奴に攻撃をするには進み続けるしかない。
 だが、それは相手も分かっている。だと言うのに止められない。攻めているのに効果的な一撃が無いからだ。
 結果、俺が進む分だけ《白虎》が下がる。
 爪、牙、雷。その全てが、悉くが、何もかもが通じない。
 やがて遂に、《白虎》が賭けに出る。
 その巨大な身体を利用した、質量による暴力。シンプルな体当たり。
 距離は無い。ほぼ密着している状況からの、瞬発力にものを言わせたそれは、威力と引き換えに前動作モーションがほぼ無く、しかし《白虎》持ち前の高水準の身体能力から、人ひとりに致命傷を与えるには十分過ぎる威力を持つ。
 それを俺は待っていた。
 獣の状態からヒトに戻っても、お前の大剣は俺の後ろにある。だからそうするしかない。
「馬鹿が」
 
 あぁそうだ、普通なら自分の武器を使いたいだろう。
 そんなお上品な考えだから、行動が読まれるんだよ。
 ほぼノーモーションのタックルとは言え、それ一点張りをしておけば対処はできる。ましてや俺は回避に専念していた。
 《白虎》の体当たりに対し、俺はギリギリまで引き付けてから、軽く両足で跳躍。
 浮いた両足を《白虎》の頭に合わせ、ほんの少しだけ角度をつけて後ろに跳ぶ。
 距離を取って仕切り直し?いやいやまさか。
 そろそろ終いにしようじゃないか。
 やや横に飛ばされながら、けれど狙いはピッタリ。
 横に伸ばした右手が、その剣の柄を握る。
「借りるぜ、これ」
 つい先程《白虎》が振り下ろし、床に突き刺さったままの大剣。それを引っ掴み、柄を軸に一回転。
 ──あぁ、初速も完璧だな。
 両手で柄を握り、身体を思い切り反らし、着地と同時に剣を引き抜き、その勢いのまま全力で振り抜く。
 体当たりを外し、体勢を崩した《白虎》にそれを避ける術は無い。
 大剣が勢い良く《白虎》の頭蓋を叩いた。

 ── ── ── ── ──

「で?また事後報告と治療だけ私に言ってくるんですわね」
「悪かったよ。でもメッセージは飛ばしてたろ」
「えぇ、届いてましたわよ。訓練所に着く何分か前に、貴方のフリをしたマキナから」
 げ。バレてる。なんで分かんだよ。
 俺と《白虎》の戦闘が終わってすぐ、アーネが駆けつけてくれた。
 そして全身鎧の俺の姿を見、気絶している《白虎》を見、もう一度俺の姿を見て溜息をついた後、《白虎》を指差し、「運んでくれるんですわよね?」と言って、彼を部屋にまで運び、治療も終わったところで先程の会話に戻る。
「それで、結局仲直りは出来なかったんですわね」
「よっ……と……よし。あぁーまぁそうだな。義手の話自体はなんとか折り合いはついたらしいが」
 少し借りた大剣を部屋の隅に立て掛け、一応目覚めるかどうか暫く様子を見る。
 アーネ曰く「それなりのダメージはありますけれど、すぐに治療したので致命傷ではありませんわ」とのこと。
 当たり前だが、大剣の刃ではなく面の方でぶっ叩いたので、死にはしていない。でも手応え的に一瞬「殺ったか?」と思ったのもあったので、《白虎》が思ったより頑丈でよかった。
「腕を試したいって言うから訓練所に案内したら剣を向けられた。で、色々あってこうなった」
 そう言うと、アーネが呆れたようにまた溜息をついた。
「まぁ、敢えて何も言いませんわ」
 いやおい待て、今回俺は一応被害者だよな?前のいざこざは確かに俺が悪いが、今回襲って来たのはこいつからだぞ。
 そう思って口を開きかけた所で《白虎》がムクリと起き上がった。
「ん……」
「起きたんですわね。自分の名前と二つ名、言えますの?」
「リオード・バルドバル……二つ名は《白虎タイガー》」
 意識とか記憶とかはしっかりしているらしい。良かった。
「ここは……部屋?」
 と、思えばややトロンとした目の《白虎》。思ったより意識がハッキリしてないか。
「気絶してたので、貴方を運んで治療させて頂きましたわ。何故聖学に居るか言えますの?」
「新しい腕を作って貰うため……」
 まぁでも、こんだけ話せれば大丈夫か。あとは寝かせとけば明日には復活するだろ。
 そう思って席を立った。
「と、聖学にいるアーネ・ケイナズの誘拐……」
「………あ?」
 思わぬ言葉が出てきた。
 何故アーネを?
「おいお前ちょっと待て」
 俺の言葉で意識が覚醒したのか、《白虎》がハッとした顔になり、顔を背けようとする。
 胸元を掴みあげ、顔を寄せるとガチンと額がぶつかり合う。
「ちょっと貴方!!」
「マキナ」「展開します」
 一瞬で全身をマキナが覆い、掲げた右腕にはマキナで作った剥き出しの刃が握られる。
 そこまで殺傷力が無いとはいえ、それはあくまで名剣だのなんだのと比べた場合だ。
 軽く皮膚を引っ掻けば赤い跡を残すし、身体に突き立てば赤い噴水の出来上がりだ。
「今なんつった」
「なんの事だい?」
「とぼけるなら殺す」
「………。」
「黙っても殺す」
 逡巡。それは何に対してのものか。
 その迷いが逆に俺の癇に障った。
 何迷ってんだよ。
「死ね」
 一切の躊躇なく突き出された剣が、《白虎》の柔い喉を裂き、血が吹く。
 が、そこで止まる。
「貴方!一旦落ち着きなさい!」
 アーネが全力で止めにかかり、俺の腕を押えたのだ。
 結果、剣の先端数ミリだけが《白虎》の喉を裂いただけに止まる。
「アーネ、俺は冷静だ。こいつ殺して首と銀腕を西学に送り付けるだけだ」
「落ち着いてないですわ!絶対に!!」
「落ち着いてるって。だから依頼の義手も一緒に送ってやってるだろ?《白虎》の生死は依頼に含まれてない。問題は無い。大丈夫だ」
「止めなさい!!今すぐこの腕を下ろすんですわ!!」
「マスター、どうされますか?」
 勿論、やろうと思えばこのまま殺れる。アーネを振り切る事も、胸元を掴んでる左手から剣を出す事も、髪で首を斬り落とす事も出来る。
 だが、当のアーネが全力で止めているのなら。
「………………………………………………分かった」
 手を離し、マキナを解除し、一旦元の場所に戻る。
「そこから動くな。変な事すんな。もし何かしたら俺がお前を殺す。それだけじゃねぇ。西学もお前の実家も全部殺す。アーネもそいつに寄るなよ」
「……えぇ」
 強く強く睨みつけながらそう言うと、《白虎》がどこか荒んだような顔になる。
「大口を叩くね。出来もしない事を言って脅迫とは」
「死因は軽口でいいか?」
 そう言った瞬間、《白虎》の喉から血が吹く。
「!?」
「さっきの剣の先端をお前の喉に埋めた。傷口を拡げて殺すのも、喉に穴開けて窒息死をさせるのも自由自在だ」
「ちょっと貴方!!」
「アーネがこう言ってるから今は殺さない。でもあんまり舐めたこと言ってると無視してマジで殺すぞ」
 髪の中から包帯とガーゼを出し、《白虎》の方に投げる。
「止血するならしろ」
 アーネが俺を止めるのも理由はわかる。
 情報が足りなさ過ぎるからだ。誰がこいつに言った?どうやって攫うつもりだった?何故そんな事を?それをしてどうするつもりなのか?出来るだけ情報が欲しい。
「情報を吐け。全てだ」
「見返りは?」
「五体満足……悪い、言い間違えた。四体満足で西学に帰してやる。腕も付けてな」
「それだと僕の任務がひとつ失敗してしまうだろう。釣り合わない」
「腕とお前の命じゃ釣り合わないってのか?」
「あぁそうだよ」
 即答。感情の籠らない、ただただ事実を述べるだけの冷たい即答。
「腕一本と僕の命ぐらいじゃ、彼女の価値には遠く及ばない」
「内容によっては、誘拐ではなく私自身が貴方達に協力出来ると思いますわ。だからせめて、内容を言ってくださいませんの?」
「本当かい?へぇ、良いね。だったら君、今すぐ死んでみせてよ」
 イライラとした感情が煽りのように放たれる。しかしアーネは落ち着いて言葉を返す。
「それは出来ませんわ。そもそもそれだと、私が貴方達に協力出来ないんじゃありませんの?」
「今死ねないなら結局何も変わらないよ。誘拐してもね」
 うん?……あぁ。
「どういう……?」
「アーネ、分かった。こいつ殺そう。それが一番だ」
「どうして!」
「鈍いな。コイツらが望んでるのは協力とかじゃない。お前自身だ」
「だから……あ」
「何をするかは分からねぇが、お前らアーネを殺してでも何かに使う気だな?」
「さぁ?どうだろうね。ひょっとしたら嘘かも」
「あぁそうだな。普通ならそう考えるだろうよ。お前の言葉に嘘があるか、致命的などこかだけ嘘を忍ばせてるか。そう言う駆け引きがあるんだろうな。でもそれ、今に限って言うなら時間の無駄なんだよ」
「……?」
 さて、どこから話したら理解してもらえるだろうか。
「お前の喉に今埋まってるのは、俺の唯一無二の武具オリジン・ウェポンでな。さっきの鎧の破片だ」
「あぁ、あの身体に纏わりついてた変な。それが?」
「メインは鎧だが、汎用性が異常に高い。万能性つっても良いな。話すと長くなるから掻い摘むが、その鎧と俺はリンクしてる」
「それで?そのご自慢の鎧がどうかしたのかい?」
 ヤケになったのか、それとも俺の感情を揺さぶり、ミスを誘おうとしてるのか。
 ひとまず無視をして、話を続ける。
「誰しも人は嘘をつく時、ほんの少し目を逸らしたり、指を組んだり、そう言う癖がある。訓練でその辺は無くせるが、嘘をついた事自体はどうしても無くせなくてな」
「話が長いよ。で?何が言いたいのさ」
「じゃあ言うぞ。今、お前の体内にある鎧の欠片から、俺はお前が嘘をついたかどうかが分かる。脈拍、呼吸の乱れ、体温の上下、その他諸々でな」
 気づいたのはついさっき。なんと言うか、そう言うのが分かるのだ。
「はぁ?一体何を言ってるんだい?そんな訳あるはずが……」
「だったら喋ってりゃいいよ。そんまま。なんなら黙っててもいい。聞いた時のリアクション、汗の出方、呼吸の速度、見分ける箇所はいくらでもある。あぁ、だからそうだな」
 こっそり忍ばせていた髪で両手を後ろで縛り、耳を塞げないようにする。
「あとは気絶させなけりゃ良いだけだ。安心しろ、アーネ以外にも治癒魔法の使える腕のいい魔法使いはいくらでも居る。死にゃしないさ」
「っ……!!」
「それじゃあまず最初の質問だ」
 ゆっくりと《白虎》に近づき、止血し損ねていた首の傷を丁寧に止血してやる。
「お前に依頼したのは西学か?それとも別の所か?」

 ── ── ── ── ──

 翌日夕方、《白虎》から聞き出した内容を学校長に報告させてもらった。
「非人道的な尋問は禁止されています。今回の行為はそれに抵触するものですよ」
「はっ、何言ってんだアンタ。何してたかどうせ全部見て知ってたんだろ。その上で放置して俺に情報を出させた」
 学校長の仕切るこの学校で起きた事だ。寮に居たのでプライバシーは守られていると思いたいが、《白虎》は西学の生徒だ。つい先日魔族から襲撃され、西側の都市も大きな被害を被った。その辺の情報が少しでも欲しかったとかその辺の理由だろうが、そうなればコイツの前ではプライバシーなんぞなんの意味もない。
 ついでに重ねて言うなら、《白虎》は西学の生徒だ。聖学の生徒では無い。ひょっとするとその辺で割り切ってるかもな。
「とりあえず報告はさせてもらった。対策を頼む」
「貴方が私にお願いですか?高くつきますよ?」
「あ?馬鹿か?って意味に決まってんだろ」
 ああ本当に、去年のことを思い出して今も吐き気が込み上げてくる。
「もう一回言うぞ。報告はさせてもらった。西学の奴らが、魔族のスキルを奪う魔法を獲得した。しかもヒトがヒトにスキルを付ける場合、元のスキルより強くなる傾向があるらしい。だからアーネが狙われた」
 あぁ、あぁ、本当に。本当に頭に来る。
 魔族を倒す。滅ぼす。その目的が、目標が同じ方向を向いている。
 だがそれだけだ。
 西学の奴らは手を出しちゃいけない物に手を出した。
「去年みたいにアーネをまた攫われでもしてみろよ。魔族より先に俺が西学も聖学も潰すぞ」
「肝に銘じておきましょう」
 その言葉を背中で受けながら、俺は学長室を出た。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

種族統合 ~宝玉編~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:481

まほカン

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:32

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:94

特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:666

処理中です...