大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

剣閃と眼

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始眼を使い始めて分かり始めた事が幾つかある。
そのうちの一つに、「これを斬ったら何が起こるかがなんとなく分かる」という、言ってしまえば勘のようなものが鍛えられてきた。
無数にある線。細いもの太いもの、赤いもの白いもの黒いもの、うねっているもの捻れているもの曲がっているもの。
それら全てが分かる訳では無いが、直感的に分かることが増えてきた。
そしてそれが外れた事も無い。
白い魂。それを包むような形の半透明の金色の神の力。
力と魂が触れ合う面は滑らかな白金。継ぎ目などはなく、人の身体に余りある異質な力は、既に同化しきっていた。
「──は」
そして俺の見る始眼の世界には、この白金の魂を斬る一筋の線が見える。
丁度魂を綺麗に等分する、無慈悲な赤の線。
もしこれを斬れば、俺の黒剣は溶けたバターを斬るナイフより容易くこの魂を二分にする。
だがそれでは何も助からない。聖女サマを──フライナを救う事は出来ない。
「んだよ、結局かよ」
視線を目前の魂から外し、今なおベッドの上で震えるフライナに向ける。
苦しみながらも最早声も出ず、ガクガクと痙攣しながら汗と涙を流し、空いた口は空気を欲して無意味な開閉を繰り返す。
白く細い指先がシーツを強く握り、爪が手のひらに刺さったのだろうか。赤い染みが浮かんで来ている。
また、なのか。
また大切な人を見送る側に立たなくてはいけないのか。
救いたかったから力を得たのに、結局、また。
「まだかジンディロ!!」
「もう少しです!」
もう少しでヒトは助かるらしい。聖女の死と引き換えに。
「させんぞ。余の力、返してもらう」
「言ってろ自己中エゴイスト。お前らのせいで引っ掻き回されんのはもう真っ平なんだよ……!!」
魔力が高まり、血と共に霧散する。それを背後で感じつつ、黒剣を握り締め、再度フライナの魂を見上げる。
白金の球。眩く光るそれを見上げ、始眼を解除し、納刀する。
「──はぁ」
溜息をつき、何も出来ることは無いと諦め──腰の剣に目を向ける。
一秒、二秒。じっとそのまま見つめ、次いで取った行動アクションは──舌打ち。
気に食わない。
ふつふつと沸く怒りが、口を突いて出た。
イライラする。
心の底から怒りを感じる。
何故今諦めた?
何故今割り切った?
何故今少しでも《勇者》達の案の方が合理的だからと身を引こうとした?
合理性で割り切るならもっと早くしておけ。
今のこの混沌とした状況は、俺の我儘で起こっている。
だったら、俺はこの我儘を貫き通す義務がある。
自分のために、一人を救うためだけに、どこかに居る関係の無い人が死ぬかもしれない。
そう聞いた上で、俺はそれでも彼女を救いたいと言ったのだから。
一人の手のひらで救える数には限りがある。
救わないことで救われる命もあるだろう。
だが、シンプルに。
俺は今、聖女サマを救って、俺が救われたいんだ。
「出来ます!!」
「やれ!!」
術者のおっさんが言うと同時に、《勇者》が答える。
「させん!!」
システナの声が聞こえ、魔力が爆ぜ、激しい光と爆風がこちらへ来るが、ダメージは無い。
「邪魔をするな《勇者》……!!」
「邪魔をしないとヒトが滅びるんだよ馬鹿女神……!!」
喧騒の中、ゆっくりゆっくりと持ち上がっていた魂が《理》の方へと移動し始める。
「止めろ」
そう言って一歩踏み出す。
「!?っ、何を──」
「動かすなよ。間違って全部斬っちまう」
始眼を再度発動。
両手を鞘に収まった黒剣に添え、改めて魂を見る。
依然そこには赤の線が一本、白と金の魂を両断する形で引かれている。
そこから視線を外し、他のものを観る。
何でもいい。壁、床、天井、そこの術者のおっさんでもいい。案の定、どれにも無数の線が引かれている。
けどそれ、おかしくないか?
どれに限った話ではなく、なぜ視界に線が入っていると認識しながら、物が見えている?
線は実際にある物の上にペンでさっと引かれたように存在する。
俺が持つ剣は黒剣。万物両断の剣。
刃を上に向ければ重力を断ち、横に向ければ流れる風を音と共に裂く。手から滑り落ち、刃が下を向いたならば、それは容易く根元まで刺さる。
もしもこの始眼が本当に斬れる線を可視化しているのなら、今の俺の視界は「無数の線が入った視界」などという生易しいものでは無いはず。
あえて言うなら、「線だけで何も見えない程に埋め尽くされた視界」であるはずなのだ。
ならばこの眼は万物を斬るための眼では無い。
何かしらの取捨選択された上での万物を斬るための眼だ。
もう一歩、踏み込め。
それは戦技アーツで言うなら、俺の編み出した最強の二つのうちの一つ、《音狩り》に非常に似た性質の眼。
ただただ切断するという戦技アーツに限りなく近い無形の眼の戦技アーツ。それが始眼だと。
だが、今必要としているのはもう一つの、今は失われた戦技アーツの方。
終々しゅうつい》。自身が斬りたいように自由に斬るこの戦技アーツ
それを眼に落とし込むのなら。
きっと形としては最初の方が近い。初めて始眼を発動し、何もかもが見えたあの感覚。それに蓋をして、鍵をして、扱いやすいように調整した。それがヴァルクスとの修行であり、ひとつの成果。
その過程で、この眼は最も俺に負担をかけないように調整されたはず。
言ってしまえば、斬りやすい物を見る眼に変質したのではないか。
今欲しいのはその逆。可能を確定させる眼ではなく、不可能を可能へと導く眼が要る。
始眼という名前は、斬るための始まり、斬るきっかけを作る眼として名付けた。
どんなものでも、斬るきっかけを、切っ先を掛ける始まりさえ見つけてしまえば、斬ることが出来る。故に始眼。
だから俺はその逆を名付ける。
名付けることによって、この戦技アーツを固定する。
元々は恐らく、全ての物を斬る線を見ていたであろうこの戦技アーツを《始眼》と名付け、神剣との修行で名前はそのままに、その規模を縮小させた。
だからこの戦技アーツも《始眼》と言えば《始眼》。だが、全てを見ていては持たないので、規模を絞る。
見るのは始まりではなく、終わり。
ただ斬れればよいのではない。斬った物がどうなるのか。それを見極める必要がある。
元々見えていたものを絞ったのが始眼なら、この戦技アーツの発動もさして難しいものでは無いはず。
必要なのは意識の切り替え。既に最初の始眼でその領域には踏み込んでいるはずなのだから。
今から見るのは可能の線引きではなく、不可能を可能へするための導線。
このラインは、この眼は、そう言う戦技アーツだ。
「《終眼ついがん》」
開いた眼には、線しか映っていなかった。
「ッッッ!!」
その直後、頭の真ん中から耐え難い痛みが発生する。
頭痛が加速し、眼を閉じかけた時、あることに気づく。
尋常ではない勢いで線が減っている。線が多すぎるのですぐには気づかなかったが、今まさに、俺の眼は答えに目掛けて無限にある線を絞っているのだ。
だが問題は線が減れば減るほど増す頭の痛み。それと聞こえる怒号とそれに応えるおっさんの声。
頭が痛い。時間が無い。頭が割れる。もうすぐ封じられる。頭が裂ける。あとちょっと。
「っ──!!」
絞れた。
魂以外の全てがクリアになり、無駄な線の除去が終わる。
それでも魂に引かれた線は二七四本。数えた訳では無いが、何故か即座に分かった。
これを斬る?どうやって?
魂は理のすぐ近く、おっさんもほぼやりきったような顔をしている。時間はもう数秒と無いだろう。
百を超える大量の線。それが必須線。そんなものを一瞬で斬れる方法なんて──
それはこの眼の元となる戦技アーツ。斬りたいように全てを斬る、俺の最も強い戦技アーツ
たった一度の失敗によって消えた戦技アーツ
それがもし、今のように。
確実に斬れると断言出来る条件下なら。
身体は既に動いていた。
その戦技アーツに構えは無い。斬りたいように斬る。斬れるように斬る。
言い換えれば、剣を振ったのだから斬っている。
「連ねて──戦技アーツ
そう言った時には既に戦技アーツの発動は終わっている。
抜く手を見せずに抜刀、切断。そして既に黒剣は鞘に収まっている。
「《終々》」
ズルッ、と。
まるで卵の中身だけが殻を割らずに出てきたように、白い魂が聖女サマの元へと戻る。一方で、金に輝く力はそのまま、理に吸い込まれた。
「!?」「は?」「何!?」「なんと!?」
戦技アーツの発動終了と同時に眼も切る。頭痛の種は無くなったが、痛んでいた余韻がまだ残っている。
「きっ、貴様ッ!!」
その瞬間、魔力が吹き上がる。
振り返ると、システナを中心に、魔力が荒れ狂っていた。
「貴様が今、何をしたのか分かっているのか?」
顔は見なくても分かる程憤怒に歪み、今すぐにでも特級クラスの魔法でこの場を消し飛ばしかねない。そんな気迫が伝わってくる。
「あぁ分かってるとも。お前の力をこっち に移した。これでお前は理を破壊でもしないと力を回収出来ない訳だ」
「あぁそうだ。その通りだ。だがひとつ、肝心なことを忘れておるぞ」
システナがそういった途端、天井が吹き飛び、月の浮かぶ空が覗く。
「余の力を持つ者が居なくなったということは、余が全力を出しても良くなったという事だ」
絞りカスとはいえ神は神。俺達からすれば、不死の存在が膨大な魔力で暴れるだけで脅威だ。というか半日もあればヒトの領地は全部更地になるんじゃないだろうか。
「どうなってもこうなるのは分かってただろ!どうすんだよ!!」
「まぁ待て。おいシステナ。一個聞いてやる。お前この後どうするつもりだ?」
「さてな。まずはその憎々しい貴様の赤い眼を二度と見なくても良いようにしてから考える。余の不興を買った事、悔いて死ね」
「良いぜ。死んでも。その後お前もこっちを追っかける羽目になるんだからな」
「何……?」
そう言ってシステナは一瞬だけ黙り、その顔に刻まれた皺をさらに寄せる。
「状況は理解しただろ?お前はもう詰んでるんだよ。この時点で」
銀剣を大剣状態にし、後ろに突き刺して、それに寄りかかるようにして立ちながら言う。
「お前が戻る為には分けさせられた聖女の力が必要。でもそれは神の力が絡む金剣に封じられた。破壊はまず無理だろうな。ならもう上に戻る為にはこの戦争に勝つしかない」
「ほざけ。余はシステナであるぞ。封印と言っても結界の応用であろう?であるならば、直々にその封を解いてしまえば──」
「出来るといいな」
と言って横から口を挟んだのは俺では無く、もう一人の《勇者》の方。
「それ、二代目聖女が考案した術式らしいぞ。王の出自でありながら《聖女》もつとめた天才だ。どこまでが聖女の──いや、アンタの領域なんだろうな」
二代目と言えばホムンクルスを作り、金剣銀剣を大貴族からパクって紅の森に寄越したあの聖女か。
「出来ぬ訳が無かろう。この程度──」
と言って金剣に触れた途端、システナが膝をつく。
「なんっ!?」
「当たり前だろ。《理》は契約を結んだ相手以外が触れると、尋常じゃない加重を受ける。いくら神様つったって、魔法一辺倒のアンタじゃそうなる」
そう言ってシステナの手を金剣から払う。
「さて、続きだ。戦争で勝つしかお前は天界に戻れない。この状況で、二人も《勇者》を失えばどうなる?」
答えは言わなくてもわかるだろう。
「貴様ァっ……!!」
「悪いがもう時間が無い。使える手段は何でも使いたいんだ。結界のせいでヒトが全員狭間へ落っこちるのが先か、《魔王》を倒して魔族の神を現世へ引きずり下ろすのが先か。協力してくれよ、神サマ」
怨嗟に歪みきった顔をしたシステナが、キッ!!と俺を睨みつけ、直後視界が閃光に包まれる。
その場の全員が驚きの声を上げ、次に目を開いた時、幼い少女の姿は忽然と消えていた。
「逃げられたか……」
力が抜け、ずるっ、と手が滑って寄りかかっていた銀剣を背に尻餅をつく。
「おい貴様!何をした!!《聖女》の力は──」
「斬った。バラした。力自体は問題なく《理》に封じられたハズだ。そう斬ったからな」
しわくちゃの爺さんが叫び、俺が答え、まだ何か叫ぼうとした瞬間、不意に瞼が降りてくる。
あ、ダメだ。耐えらんねぇ。スキルで開けようとも思わない程の酷い倦怠感。
思えばずっと走り通しで、そのまま神やら勇者やらに拉致されてここまで来たんだ。ロクに休めた覚えもない。
話は後で。今は寝る。

── ── ── ── ──

次に目が覚めた時、俺は知らない安そうな木のベッドで目が覚めた。
節々を痛がって起きると、部屋の隅で《勇者》が立ってじっとこちらを観察していた。
「ここどこだ?」
「教会に住み込みで働く奴らの為の寝所だ」
「へぇ。で、お前は監視か」
そう言うと、黙って頷かれた。
「丸二日も寝やがって。その間ずっとお前を見てなきゃならなかったんだぞ」
「そりゃご大層なことで。聖女サマと結界は?」
「生きてるよ。次の日には起きてきた。そんで結界も残ってる。ただ、少し形が変わって、一部の結界が縮んだ。北部と南部が特に顕著だな。今後海産物はもっと希少になるだろう。だが、幸いにも結界からある程度の距離はどこの都市も距離を取ってるからな。人的被害自体は無い。今の所はな」
それは何より。大丈夫と言っておいて実際はどうかヒヤヒヤしていたが、概ね成功していたようだ。ということは《終眼》も成功している訳だ。
そして《勇者》の反応を見る限り、まだモンスターパレードも発生していないらしい。
これの報告はコイツにもした方がいいな。
そう思って口を開くが、先に《勇者》が言葉を発していた。
「ほら、早く起きろ。契約は守ってもらうぞ」
「あん?何の話だ?」
「とぼけるな。《聖女》の力を封じた《理》を譲るんだろ。まだお前が契約者なんだから、後継者を選ばないと」
あぁ、そう言えばそうだ。
「一旦あの爺さんに預けるのか?」
「好きにしてくれ。俺個人は誰にでも構わないが、とにかく教会の方に譲れ」
「ほー、分かった。あ、そうだ。最後に一個」
「っなんだよ!質問多いな!!」
「聖女サマに会わせてくれよ」
そう言うと、《勇者》がこちらに少し目線を寄越し、
「………………わかった」
ややあって、そう答えた。
「?」
よく分からないが、まぁ大丈夫なのだろう。
いつの間にか着替えさせられていた非常に質素な白地の服(恐らく教会の備え付けのもの)から、洗濯されていた様子の俺の服へと着替え、《勇者》に先導されるまま着いていく。
「これが終わったらとっととあの剣を継げよ」
「わかってるよ……ところでさっきの反応、まさか聖女サマは身体の具合でも悪いのか?」
「すこぶる元気だよ。手のひら等、多少の傷も治療済みだ。だが彼女はもう《聖女》ではない。気をつけとけよ」
「ん、あぁ。わかった」
そうして案内されたのは今日案内された聖女サマの……もといフライナの寝ていたあの部屋。
《勇者》がその部屋を三度ノックすると、中からややあって「どうぞ」と声がする。
「失礼します」
と言って入る《勇者》の後に続き、俺も続いて入る。
中にいたのはあの夜と同じメンツ。例のしわくちゃの爺さんと、魂を剥がしたおっさん、そしてフライナ。
「おい貴様、早く剣を──」
「黙ってろ爺」
手前の男共を無視し、真っ直ぐにフライナの方へ行く。
ベッドからちょうど今身を起こしたばかりと言った風な彼女に近づき、その姿をまじまじと見る。
日に透かせば淡く輝く金の髪、宝石の輝きをそのまま閉じ込めたような碧眼、傷一つない大理石のような美しく白い肌。
「あ、あの、どうかされましたか?」
困惑したように彼女がそう言う。
生きて、いる。
口を開いて喋っている。
「っ──」
その事実に、力が抜けて膝から崩れ落ちる。
「生きてる……よかった」
「だ、大丈夫ですか?何があったんですか?」
そう言って彼女が俺の手に触れる。
あぁ、暖かく、柔らかい。
血が通い、心臓が生きている、生きた人の感触。
伏せた顔から、涙が零れる。
生きている。生きていてくれた。俺が、守れたんだ。
「よかった、本当に良かった……」
そう言うと、フライナが俺の手を優しく、けれどどこか恐る恐ると言った風に手を握る。
「ごめんなさい」
「?」
零れた涙を髪で拭きながら顔を上げると、非常に暗い顔をして、目線を下に向けたフライナが居た。
「貴方が泣いて喜んでくれているのは嬉しいのですが、私には貴方が誰か分からないのです」
「───。」
「記憶喪失だよ」
後ろで《勇者》が言う。
「ここ数年の記憶が無い。ざっと五年か六年ぐらいだな。所々残ってはいるようだが、最近になればなるほど空白が多い。特にこの一年はほぼ無いらしい」
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