大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

文字の大きさ
上 下
856 / 2,022
本編

休息と防衛

しおりを挟む
………朝か。
いつの間にか白み始めていた空に気付かず、ひたすらに魔獣を狩り続けていたら、急に太陽が登って明るくなったので驚いた。
結界の穴は再び小さくなっており、そして結界の外の魔獣の数は一時的にだが、かなり数を減らしているため、しばらくは突破してこないだろう。
夜が明けたと認識した瞬間、身体から一気に力が抜け、ひどい脱力感に襲われる。
「──っ」
「血界を多用しすぎた結果だな」
思わず膝をついた俺を上から見下ろすようにしてヤツキが言う。その肩には白い包帯が巻かれており、包帯の下はこの森で稀に採れる鎮痛作用がある薬草と回復作用を促す薬草をすり潰して混ぜたものを塗ってある。
取りに行ってくれたマキナは救護キットを運んでくると同時に力尽き、今はまた俺の腰に無言でぶら下がっている。
「少しばかりやりすぎたな。魔獣の数が一気に減ったのは有難いが、お前が使い物にならないのはこちらとしても損害だ」
「……大丈夫、まだ戦えるから」
近くの大木に手をかけながら立ち上がると、唐突に視界が回転する。
直後、魔獣の死体が転がる地面が俺の頬と触れ合う。
「十時間だ。その間しっかり休んでろ。私が代わりにここを守る」
ヤツキが俺に足払いをかけたのだと理解するまでにほんの少し時間を要した。
「馬鹿!お前の身体じゃ満足に戦えな──」
「馬鹿はお前だ大馬鹿野郎!!」
唐突にヤツキが大声で叫ぶ。
「──いいか?お前は今代の《勇者》だ。《勇者》と言うのはごく稀に、長い期間を置いてこの世界に発生する、ヒト種を守る一種の現象だ。そのお前がこんな所で死ぬのは絶対にあっちゃならない事なんだよ。いいか?《勇者お前》の命は他の何より重いんだよ」
それにな──ヤツキが続ける。
「血界の連続使用は身体や頭に負担をかけるだけじゃない。確かに強力な能力だが、文字通り命を削った物になる。下手に使いすぎれば、血界を使った瞬間に死ぬ、なんて事もあっておかしくないぞ。分かったならしばらく休んでろ。私は夜中にしっかり休ませてもらったからな。昼のうちぐらいはお前の盾になるぐらいは簡単だろう」
「盾って…お前死んだりは」
「する訳ないだろう?これでも元《勇者》だ。血界が使えなくとも技術は残ってる。安心しろ」
そう言ってヤツキが怪我をしていない方の手で何か寄越せとジェスチャーしてくる。
すぐに金剣だと思い当たった俺は、白剣と共にヤツキに差し出す。
「助かる。それじゃ、いい夢見てろよ」
俺に背を向け、静かに結界の穴と対峙し、いずれやって来る魔獣の進行に備えるヤツキの後ろ姿は、過去に何度もやって来た慣れを感じさせる構えですらあった。
しかし──それと同時に、俺にどこか寂しさを感じさせた。
「………。」
なにか言おうと口を開くが、それが形になることはなく、俺は脱力感に包まれたまま、いつの間にか睡魔に襲われていた。
しおりを挟む

処理中です...