大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

片付けと食堂

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「よっ」
両腕に結構強めに力を入れ、冷やしたタオルの水気を絞る。
アーネの体調はかなり回復しており、今朝は自力で風呂にも入っていた。一応マキナが付き添いはしていたが、割と問題は無さそうだとの報告を受けている。
熱も大分下がって、俺が夕飯を食って帰ってきた後にマキナに計らせたら三十七度を下回っていた。この調子なら明日には完治していそうだが、大事をとってもう何日かは休ませるつもりだ。
ただ、やはり咳のせいか喉がガラガラ、結構痛むらしく、あまり喋ろうとはしないのが少しだけ気になるが…それもそのうち治るだろう。後で保健室の先生に喉の薬も貰うか。
今はぐっすり寝ているアーネの額に濡れたタオルを乗せ、食べ終わったお粥の食器を回収する。そういやトイレとかは自力で行く癖に、飯は食わせろってまだ言ってやがるんだよなぁ…何でだろ。
「マキナ、食器返してくるから。少しだけ任せるな」
『了解しました』
よし、そんじゃさっさと片付けてきますか。
食器を年季の入ったお盆に乗せ、それと一緒に食堂へ返しに行く。
と──?
「ん?」
『んん?』
俺とシャルが声を上げる。
食堂がやたらと静かなのだ。
不思議がって中に入ってみると、案の定と言うか何というか、誰もいない。
いつものこの時間ならまだ夕飯を取っている生徒や端っこの方でこっそりと呑んでいる先輩が何人かいるのだが、その影すらない。
唯一いるのは食堂のオバチャンだけ。
「オバチャンありがと、アーネもしっかり食べてたよ。……ところで今日は何でまたこんなに人がいねぇんだ?」
そう聞いてみると、オバチャンは無言で壁の方に顎をしゃくる。…壁?特に何もないが…あぁ、改装工事したばっかりなのに誰か暴れたのか、少し抉れてんな。
『…いや、方向的に壁じゃなくて訓練所じゃね?』
あ、そうか。
そういやなんか《不動荒野》がユーリアとルーシェに決闘吹っかけてたな。
てことは野次馬根性旺盛なヤツらはそれを見に訓練所に押しかけた、って所か。
「そっかそっか、ありがとなオバチャン。あ、そうだ、アーネが結構元気になってきたから、明日の朝からもう少し食べごたえのありそうな物作ってくれる?」
そう言うと無言で頷き、お粥の器をそっと下げるオバチャン。
んじゃ、俺もさっさと部屋に戻ってまたアーネの面倒見てやりますかね。
食堂から出たところで、俺の懐の中で親指サイズの小さな塊が震える。
「!」
小さな塊の正体は、万が一、アーネが急に体調を崩したりなどした時にマキナからメッセージを入れられるように持っておいた《千変》の破片だ。
「何事だ」
素早く耳元に付けて小声でそう聞くと、マキナから『マスターへ・緊急メッセージです』との返事。
「繋げろ」
誰とは聞かなかった。そいつに聞けばいい。
一瞬のノイズの後、繋がった。
『レィアさん!?』
「…あ?ラウクム?」
メッセージの向こうから聞こえた声は間違いなく彼の声。
『よかった!繋がった!今僕第一訓練所にいるんだけど…』
「あぁうん、《不動荒野》達の決闘見に行ったんだろ?まさか《犬》も乱入してとんでもない事になったとかか?」
『え?あ、うん、そうなんだけど…』
「なら中立は関係ないな。悪いが結構疲れてるんだ。もう切るぞ」
『あっちょ、まっ』
以上、メッセージ終了。
「さて、部屋戻って寝る…前に薬か」
そろそろあのデカいベッドが恋しくなってきた。硬い床だの椅子だのはもう嫌になってきたんだよ。
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