771 / 2,022
本編
嗚咽と心
しおりを挟む
「申し訳ない……」
「いや、別にいいけどよ」
時刻は午後八時。
俺はユーリアの部屋の前、扉を挟んで彼女と話していた。
少しばかり用事があって来たのだが、まさか扉を挟んでの対話(会話?)になるとは思ってもいなかった。
「言い方が少し酷いかも知れないが、お前が負けただけであって別に俺には何ら被害は無いしな」
「うぅ…しかし…すまない…」
まぁ、何となく察しているだろうが一応聞いてくれ。
まず、今日一日の争奪戦でかなり候補達に変動があった。
ユーリアとルーシェが一度敗北、それぞれ《貴刃》と《剣姫》の二つ名を剥奪され、代わりにライナ・ヴァスティナムの《黒拳》、シータ・ケントリスの《千鱗龍》が新たな二つ名候補として台頭した。
ちなみに、《黒拳》ことライナが俺の二つ名争奪戦で最後に戦った英雄の娘で、《千鱗龍》ことシータが同じく俺の争奪戦で戦った鱗を念力で飛ばしてくる先輩。
で、先の放送で知っているだろうが、ユーリアはこの《黒拳》に負けたのだ。
何となく分かっていただろうが、これがユーリアが思いっきり凹んでいる理由の一つだ。
そしてもう一つが──。
「あの《黒拳》にその所以である魔法すら使わせられずに、完全に手加減させられて負けたのがどうしても申し訳なくてな…レィアにあれだけ教えてもらったのに…」
「だから別にいいって」
そういう事。
つまり、こちらとしては本気で挑んだにも関わらず、向こうからしたら手加減されて勝たれたのが結構心に刺さっているらしい。
けどな…いつものユーリアならそれに憤慨して「次こそ倒してやる!!」とか言いそうなモンだが…何かおかしい。
「ユーリア」
「…なんだ?レィア」
「お前、何か隠してるだろ?」
「………。」
そこで黙るユーリア。そこで黙るあたり、わかりやすい。
「………真似事だと言われた」
「あん?」
「負けて疲労困憊の私のすぐ側に、彼女がそっと近づいて、こう囁いたんだ」
──キミはあ、白銀の彼の真似をしてるだけ、なんだねえ。
──似せよう似せようとしてえ、逆に自分を縛っているう、哀れな鳥、かなあ?
…ライナもかなりエグい事を言う。
あれからまだ見ていないが、ユーリアの剣はそこまで俺に寄せられているのだろうか。
ふとそう思ったが、すぐに違うだろうと否定する。
ほんの一瞬、百分の一秒にも満たないような刹那の時間に滲み出るようにして表面に出てきてしまう数日の特訓で身につけた型。それがライナの目にチラついたのだろう。
「私はッ!!それが悔しくてならない!けど──けど言い返せなかった!!」
だって──彼女は続ける。
「負けた、のだから」
それからしばらく、嗚咽と鼻をすする音が静かな廊下に響いた。
「…落ち着いたか?」
「…すまない、みっともない所を」
「構わねぇよ。泣きたい時ゃ好きに泣け」
俺はユーリアに、何を教えただろう。
二刀流の技を教え、実戦で使える程度に仕上げた。
連戦技という概念がある事を教えた。
だが──どれも役に立たなかった。
でも──それは役に立たなかったのではない。
彼女の中で燻っているだけだ。
俺はそれを知っている。
「ユーリア、お前にはあともう一度だけ、チャンスがある」
「………。」
「お前の心は折れてないだろ?なら明日、ライナにリベンジするチャンスはお前がちゃんと握ってるはずだ」
今回の特別ルール。
候補は一度だけ再戦する事が出来る。
「なら、一個だけヒントをやるよ。鍵はお前が持ってる」
「……それだけか?」
「あぁ。生憎、俺は優しくて正義感のあるどこぞの騎士様じゃあないんでな」
「まさか。君が優しくないのなら、そんな事を言わないだろう」
「そうか?褒められたついでにもう一個だけ言っといてやる──そろそろ、そのクソ頑丈な籠、狭っ苦しいんじゃないか?」
「……そうだな、そうかもしれないな」
大丈夫…もう心配は無さそうだ。
「おっと、危うく用件を言い忘れてた。晩飯、冷える前に食べに来いってさ」
そう言って自室に戻る。
しばらくしてからユーリアの部屋の扉が開く音がして、静かに食堂の方に消えていった。
「いや、別にいいけどよ」
時刻は午後八時。
俺はユーリアの部屋の前、扉を挟んで彼女と話していた。
少しばかり用事があって来たのだが、まさか扉を挟んでの対話(会話?)になるとは思ってもいなかった。
「言い方が少し酷いかも知れないが、お前が負けただけであって別に俺には何ら被害は無いしな」
「うぅ…しかし…すまない…」
まぁ、何となく察しているだろうが一応聞いてくれ。
まず、今日一日の争奪戦でかなり候補達に変動があった。
ユーリアとルーシェが一度敗北、それぞれ《貴刃》と《剣姫》の二つ名を剥奪され、代わりにライナ・ヴァスティナムの《黒拳》、シータ・ケントリスの《千鱗龍》が新たな二つ名候補として台頭した。
ちなみに、《黒拳》ことライナが俺の二つ名争奪戦で最後に戦った英雄の娘で、《千鱗龍》ことシータが同じく俺の争奪戦で戦った鱗を念力で飛ばしてくる先輩。
で、先の放送で知っているだろうが、ユーリアはこの《黒拳》に負けたのだ。
何となく分かっていただろうが、これがユーリアが思いっきり凹んでいる理由の一つだ。
そしてもう一つが──。
「あの《黒拳》にその所以である魔法すら使わせられずに、完全に手加減させられて負けたのがどうしても申し訳なくてな…レィアにあれだけ教えてもらったのに…」
「だから別にいいって」
そういう事。
つまり、こちらとしては本気で挑んだにも関わらず、向こうからしたら手加減されて勝たれたのが結構心に刺さっているらしい。
けどな…いつものユーリアならそれに憤慨して「次こそ倒してやる!!」とか言いそうなモンだが…何かおかしい。
「ユーリア」
「…なんだ?レィア」
「お前、何か隠してるだろ?」
「………。」
そこで黙るユーリア。そこで黙るあたり、わかりやすい。
「………真似事だと言われた」
「あん?」
「負けて疲労困憊の私のすぐ側に、彼女がそっと近づいて、こう囁いたんだ」
──キミはあ、白銀の彼の真似をしてるだけ、なんだねえ。
──似せよう似せようとしてえ、逆に自分を縛っているう、哀れな鳥、かなあ?
…ライナもかなりエグい事を言う。
あれからまだ見ていないが、ユーリアの剣はそこまで俺に寄せられているのだろうか。
ふとそう思ったが、すぐに違うだろうと否定する。
ほんの一瞬、百分の一秒にも満たないような刹那の時間に滲み出るようにして表面に出てきてしまう数日の特訓で身につけた型。それがライナの目にチラついたのだろう。
「私はッ!!それが悔しくてならない!けど──けど言い返せなかった!!」
だって──彼女は続ける。
「負けた、のだから」
それからしばらく、嗚咽と鼻をすする音が静かな廊下に響いた。
「…落ち着いたか?」
「…すまない、みっともない所を」
「構わねぇよ。泣きたい時ゃ好きに泣け」
俺はユーリアに、何を教えただろう。
二刀流の技を教え、実戦で使える程度に仕上げた。
連戦技という概念がある事を教えた。
だが──どれも役に立たなかった。
でも──それは役に立たなかったのではない。
彼女の中で燻っているだけだ。
俺はそれを知っている。
「ユーリア、お前にはあともう一度だけ、チャンスがある」
「………。」
「お前の心は折れてないだろ?なら明日、ライナにリベンジするチャンスはお前がちゃんと握ってるはずだ」
今回の特別ルール。
候補は一度だけ再戦する事が出来る。
「なら、一個だけヒントをやるよ。鍵はお前が持ってる」
「……それだけか?」
「あぁ。生憎、俺は優しくて正義感のあるどこぞの騎士様じゃあないんでな」
「まさか。君が優しくないのなら、そんな事を言わないだろう」
「そうか?褒められたついでにもう一個だけ言っといてやる──そろそろ、そのクソ頑丈な籠、狭っ苦しいんじゃないか?」
「……そうだな、そうかもしれないな」
大丈夫…もう心配は無さそうだ。
「おっと、危うく用件を言い忘れてた。晩飯、冷える前に食べに来いってさ」
そう言って自室に戻る。
しばらくしてからユーリアの部屋の扉が開く音がして、静かに食堂の方に消えていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
233
1 / 2
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる