大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

文字の大きさ
上 下
647 / 2,022
本編

訪問者と虚勢

しおりを挟む
今日一日で、やたら立て付けの悪くなった扉が軋みながら開く。
──ギィっ。
まだ修理中の扉の耳障りな音が静かな店内に響く。
人影は一つ…ということは、一人だけであの三人を瞬時に仕留めた…?いや、見えない位置に伏兵か?
だが──一人でやった、と言われても納得する。それほどのとでも言うような何かが目の前の人影から伝わってきた。
顔や身体はフードと外套で覆われ、口元以外は何も見えず、武器も見えない。収納しているのだろうか。
「ようこそ、そしてこんばんは。悪いが開店には早すぎるし、そもそも時間が悪い。今すぐ回れ右してお家でステイだ。少し今──」
──機嫌が悪いんでな。
自分でも驚く程低い声が腹の底から漏れ、それに呼応するように銀剣が鈍く光る。
それに対し、目の前の人影の口がゆっくりと持ち上がる。
「そうかそうか。しかし、儂もこんな時間しか空かなかったんじゃ。少しばかり我慢してくれ」
…………ん?
この声、つい最近聞いたような。
「……すまん、そのフード、今すぐ取ってくれるか?」
「ん?おぉ、こりゃすまんかった。ほれ、これでいいかの?」
そう言って顔を覆っていたフードをいとも簡単に取る。
その下の顔は、当たって欲しくない予想と見事に合致していた。
「…英…雄?」
『《神剣》…ヴァルクス・レムナント…』
心に湧いていた怒りは溶け消え、代わりに吹き出るように背中から汗が。
「おぉ、儂の名前を知っていてくれたか!良かった良かった!」
そう言って笑う老人。
知らない訳が無いだろうが。
その顔を、名前を知らない者はヒト種にはいない。
老若男女、あらゆる人が口を揃えて彼の事を最強だと言う。
齢六十を越えてなお──その称号は彼の物だ。
「それで、まだ開店前のこんな寂しい所へ、最強の英雄様が一体何用だ?」
『お前…虚勢も良いところだな、おい』
虚勢でも張っとかないと、膝から崩れ落ちそうなんだよ。
「ほっほっほ、儂をそんな仰々しい名前で呼ばんでいいぞ」
「じゃあなんて呼ぶ?《神剣》か?それとも純粋に、大先輩でいいか?」
そう聞くと、意外な答えが返ってきた。
「ふぅむ、その《神剣》という通り名、あまり好かんのじゃよなぁ…それに儂、聖学出身じゃないし、君の先輩でもないからなぁ…」
「んぇ?でも昨日はそう言ってなかったっけ?」
──我が母校である聖学も──。
昨日はそう切り出していた。
「あぁ、儂は今、聖学の枠を使わせてもらっとるからそう言っただけじゃ。二代目様の時はギルドの枠を借りたがの」
三代目様は儂を外してくれたからの…そう白髪の英雄は答えてくれた。
「なるほどな…まぁいいや。で、用件は?」
朝や昼ではなく、夜遅く。
俺しかいないようにして、ここに来た。
その理由。
「あぁ、少し君と話がしたかったんじゃよ…ところでこの椅子に座っても構わんかね?」
話が少し長くなるからの。
そう言った目の前の老人は、間違いなく英雄の目だった。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

種族統合 ~宝玉編~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:481

まほカン

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:32

【完結】辺境の魔法使い この世界に翻弄される

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:94

特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:666

処理中です...