大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

師匠と技

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「で、どうなん?」
「あ?」
「やから、アンタの修行の方や。どうなっとん」
「んー……まぁ。そんなもん」
彼女と話しつつも、ずっと考えているのはヴァルクスの事。
圧倒的な力の──いや、経験の差を見せつけられ、まるで勝ち筋が見えない。
やっていること自体はそう難しくはない。だが、それをやろうと言う読みが恐ろしく正確。
嫌な事を百点満点の精度でされている。そしてこれは本人の技量だろうが、動作に隙がない。構えに無駄がない。
技術的に難しい事を容易くやってのける。そういう器用さではなく、ただ単純な事を当たり前のようにやってのける。言葉にすれば当然のことだが、そういう器用さをヴァルクスは持っている。
一試合目は混乱していてそれどころではなかった。
だが、二試合目にして即座に理解した。
杖代わりに適当についていた木剣を握り、丸く削られた切っ先を俺に向けられた瞬間、知っていても認識せざるを得なかった。
ヴァルクスレムナントという英雄が、如何に強いかを。
それは俺のような外付けの「ただ器用なだけ」というズルをして得たものではなく、何十年と積み重ねた、重みのある技量。
無駄が無く、それでいて余裕はある。柔軟であって芯の通った強さがある。
俺の《超器用》が純粋な技量によるゴリ押しとするなら、ヴァルクスのそれは適切な時に適切な技を持ってくる、無駄のない動き。
俺だってそういう時が無いわけじゃない。
限界まで追い詰められた時や、本当の本当に命のやり取りをしている時。あの《魔王》と対峙した時も、身体はボロボロだったが、感覚は冴えていた。
神経が限界まで研ぎ澄まされた時の俺。ヴァルクスは常にそこに立っているのだ。
なら、俺もまずはその境地に立つ必要がある。
教えてくれ、じゃ絶対ヴァルクスは教えてくれない。ではどうするのか。
ヴァルクスは言っていた。ヴァルクス自身から俺に教える事は無いと。
ただ、俺がヴァルクスを見て、体験して、学ぶのだと。
出来る限り多くの技を、動きを、考え方を。
俺が読み取り、吸収しなくてはならない。
ヴァルクスの数十年を、俺の三日で飲み干せ。
そのためのスキルだ。器用だ。
トレースしろ。彼の実力の半分どころか十分の一も見ていない?上等だ。断片でいい。そこから先を、俺で塗り潰せ。
まず初めに、負けて、真似て、学んで、そうしてからやっと取り込む。
その工程を押し込め。
「──悪い、俺ちょっと先に戻る」
「ん、おお?よぉわからんけど頑張れやー」
ベルの言葉を適当に聞き流し、手を振って店を出る。
「シャル、悪いけど今日は下に直行する。やらにゃならんことが出来た」
『構わんさ。存分にやってこい』
俺の最初の師匠は、どこか嬉しそうにそう言った。
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