大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

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本編

勇者と産獣師5

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俺が挑発した瞬間、下からアーネの炎が《産獣師》に叩き込まれる。
それは先程と同じように《産獣師》の左腿を貫き、骨と肉を一緒くたに焼く。
が、しかし《産獣師》はそれを見る事もせずこちらへ突っ込んできた。
「マジか!」
「《捻れろ理、混ざれ生命。黒く濁った泥の中、芽吹く花は命の華──》」
『まさかコイツ、肉弾戦しながら術式の再構築を!?』
シャルが瞠目する。余程難しいのだろう。ましてや本来詠唱がほぼ不要の魔族が詠唱するという事は、術式自体の難易度も尋常ではないはず。
それはつまり、元々高くない近接戦闘の方に綻びが出てもおかしくないはず。
難点は、それを補って余りある足場という差。
《産獣師》が空中で前転しながら、燃え続ける足を振り上げ、踵落としの要領で振り下ろす。
「っ!」
何も言わずとも俺が右に、《勇者》が左に分かれて飛び各々散開。一瞬遅れて《産獣師》が壁を蹴り砕く。
嫌な音と匂いを出して炎が燃え続ける。その炎は消える気配がないが、燃え広がる様子もない。きっかり《産獣師》の左脚一本分までしか燃えていないのだ。
「面倒なッ!」
アーネの炎を利用された。どういう理屈か分からんが、百パーセントじゃないにしろ炎の耐性があるのか。あるいは炎を操ること自体ができるのか。
だが好機。寄ってきたということは、こちらが手を出せる範囲であるということ。
痛む足に顔を僅かに歪めつつ、それを堪えて跳び返す。
タイミングは《勇者》と全く同時。一対の双剣と一本の長剣が、踵を埋めた《産獣師》に飛び掛る。
《産獣師》は剣の腹を素手で掴むように受け止め、《勇者》を下へ叩き落とし、空いた右手で俺に向かって拳を繰り出す。
「なんっ!?」
驚いた瞬間、掴まれていた黒剣が儚く折れる。結果として回避が可能となり、《産獣師》の右拳を蹴って後ろに飛ぶ──直前に気づいた。
《産獣師》の右手、その中指が手の甲にぴたりとくっつくほど反り返っている事に。
そしてその指は長く長く伸び、肘まで伸びている事に。
「!!」
目標を逸らして《産獣師》の肩に変更。《産獣師》を蹴る。
直後、風を切って何かが迫る。
すんでのところで回避に移った俺の頬を掠めたそれは、僅かに触れただけにも関わらず、ざっくりと切り裂いた。
手首のあたりから肘と少し先程か。《産獣師》の身体の中に、剣のようなものが埋まっていて、繋がっている中指に連動して動くらしい。
もしも気付かずあのまま蹴っていれば、足をバッサリ斬られていた。
「チィ!」
中途半端に蹴ったお陰で回避はなんとかなったが、反動が少なすぎて元の壁に戻れない。《産獣師》のすぐ真横の壁に髪を引っ掛けて留まるが、まだ黒剣が折れたばかりで補充の出来ていない俺に、すぐさま《産獣師》の追撃が来る。
「《──煮え立つ沼を混ぜ返し、七つの苦痛と三つの甘味、ひとつの奇跡を流し込む。広がる闇はまだ浅く、降りる帳もまた狭い──》」
詠唱しながらだからだろう、攻撃はほとんど速度にものを言わせただけの雑な攻撃。お陰で残っただけの柄で辛うじていなす事が出来ていた。
だがそれだけだ。攻めに転じることは出来ないし、打開策も無い。
魔族の詠唱として今まで聞いたことがないほど長いこの詠唱もいずれは終わりが見えるのだろう。この詠唱が終わった時、何が起こるか。まるで分からないが、それは詰みと言っても過言ではないだろう。
そしてそれを肯定するように、《産獣師》の周りに変化が起こり始める。
うっすらとだが、黒いモヤが彼女を中心に湧き始めたのだ。
『まさかこの詠唱、さっき斬った黒い霧の詠唱か!?』
「なっ」
だとしたら発動されれば本当に終わる。あんなものが再展開されれば、仮にこの《産獣師》を破った所で俺達に後がない。
早く決着をつけなくてはならない。
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