大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

鮭とば

文字の大きさ
上 下
1,784 / 2,022
本編

波動界と剣4

しおりを挟む
咄嗟にアーネを抱えて横に飛び、掠りそうになった背を剣で受け流しつつ回避。
「……状況は大体理解しましたわ。あの魔術は全身を覆ってるんですの?」
俺が頷くと、アーネは少し考えるように息を吐いた。
「足を止めていていいのか?」
ゼクターが急接近し、何度目かもはや分からない拳を振るう。
「ちぃっ!」
近すぎる。剣の間合いの内側。しかしやらねば身体が削り砕かれる。
「オォッ!!」
剣の根元で受け流し、空いたもう片方の銀剣を腹に当て、その上から思い切り蹴飛ばす。
一際大きな掘削音と共に、銀剣の刃がひと目で使い物にならないと分かるほどボロボロになる。
だがそれを代償として、距離は稼げた。
「足を止めて?えぇ、構いませんわよ」
アーネがそう言う。
「私が消し飛ばしますもの」
咄嗟に身をかがめると、俺の頭上を莫大な熱が通る。
それは一直線に伸びる炎の輝き。流れる川のように炎が一本の筋となって、焼き付くし続ける破壊の魔法。
「ふぅむ…ふんッ!!」
それに対し、ゼクターは真正面にただ手刀を突き出す。
びっ、と。
魔法と魔術が触れた瞬間、そんな音がして、アーネの魔法が真っ二つに裂かれ、ゼクターを避けて塔の壁に二つの穴を空ける。
「強いな。ヒトとしてなら、だが」
対するアーネはしげしげと自身の指先を眺め、二三度拳を握って開く。
「……魔族に褒められて恐悦至極、ですわ」
効いてねぇ。アーネの魔法すら、指先で切り裂くようにして対処しやがった。
「二つ、分かったことがありますの」
「言ってみろ、赤髪の《勇者》」
「一つ、私ではあなたに勝てませんわ」
あっさりとアーネがそう言う。
「けれど」
二つ──と続ける。
「私達ならあなたに勝てますわ」
「言うな、《勇者》。俺に傷一つすら付けられていないというのに」
そう笑うゼクターに、アーネが笑い返した。
「あら、いくら傷を付けても、倒せなければ意味が無いんですわよ」
そう言って、アーネが俺の剣に指を這わせる。
「物理には滅法強いその魔術、魔法に対しては少しだけ弱いみたいですわね。普通なら充分過ぎますけれど──私に対しては少しだけ、心許ないですわね」
「今触れて分かった。確かにお前の魔法が当たれば致命傷になりうる。当たればな」
魔族の動体視力、肉体性能。戦ってわかる、それを磨き続けた者。ゼクターは間違いなくそういう魔族だ。
最初の魔法も今の魔法も、敢えて受けたのだ、次はないと暗にそう言っている。
「ええ、私なら当てるのは難しいと思いますわ。けれど、この人なら」
詠唱は無し。韻も無いし魔法陣も出ていない。
だというのに、彼女の指が触れたその先から、剣が燃えだした。
そこに込められた魔力は大した量ではない。だが、その魔法の完成度が尋常ではない。
魔法を詠唱しない、韻も踏まない。
いや違う。それを必要としないほど習熟しきっているのだ。
まるで何年も何十年も試行錯誤し続けたような。
複雑怪奇な紋様に見えるそれは全て術式。
指がなぞるだけで書き込まれていく様はまさに魔法。
そして彼女が囁くように魔法の名前を紡ぎ、完成させる。
「《炎刃ブレイズ》」
刃のギラつきは炎のうねりに変わり、剣身は炎を絞り実体すら感じさせる密度。
銀剣が大剣に迫る大きさにまで炎で拡張。握る俺ですらその熱量に汗を流す。
「私と貴方なら、切り開いていけますわ」
しおりを挟む

処理中です...