大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

本編

名持ちと激突3

「………。」
思わず天を仰いだ。額に手をやり、そして溜め息も吐いた。壁か椅子があったら座りたかったが、あるのはせいぜい手すりぐらい。壁まで十メートル以上離れているし、そこまで歩いてへたり込むのもアホらしい。
だから思い切り舌打ちをしてから呟いた。
「やぁりやがった…」
見た瞬間、ちらりと嫌な予感はした。だがまさか、あそこまで完璧にコピーするとは思ってもいなかった。
「なんだ、何か知っているのか？」
「《我断》は俺の戦技アーツだ。パクられた」
そう言うと、《雷光》は目を丸くした。
「確認するが、教えた訳では無いのだな？」
「パクられたつったろ？あいつが勝手に真似たんだよ。そう何度も見せた記憶はないが…」
俺の動きとは微妙に違うのだが、再現度は異様に高い。
こうもあっさりと真似られたのは正直結構ヘコむ。
「…まぁ、アイツに見せた時点でいずれはそうなる気はしてたんだ。ちょいと早すぎて目頭から熱いモンが流れて来ちまいそう──」
「はっはっはァ！」
「──だったがそれも今引っ込んだ。生きてんのか」
思わずそう言うと、《雷光》が呆れながら「死んでいたら問題だろう」と答える。
「と言っても、死んでいてもおかしくない傷だがな。見ろ、心臓を避けているとは言え、縦に大きく割かれている」
「………いや、よく見んのは《雷光》、アンタの方だ。野郎、あの分厚い筋肉を上手いこと使って耐えたらしい」
血は派手に飛び散ったし手応えもばっちりあっただろう。だが、彼の身体をよく見れば、傷は内臓まで届いていない。これみよがしに膨らんだ筋肉が剣を止めたのだ。
先程、手は普通に斬られたのにどうやって耐えたのか。つい最近、シャルと夢の中で戦っていた時にやり方を聞いた。
「あ？わざと受けて？」
「あぁ。特にやりやすいのは剣とか…刺したりするんじゃなくて、斬る武器に対してだな。ある程度肉が斬られた時点で、思い切り力を入れる。すると、真剣白刃取りの要領で刃が止まるって小技だ」
「へぇ。実用性は？」
「もうちょい筋肉つけろ」
「だろうな」
この話を前に知り合いから聞いたという風にして《雷光》にも話す。
「──なるほど。つまりは力技だと」
「やたらと繊細な力技だがな」
脱力し、刃が入ってから力を込める。猶予時間も緊張も出来ない絶技と言えるだろう。
だが。
「だが血を流しすぎたのは間違いないな」
「あぁ」
ユーリアの剣は、右の鎖骨の下あたりから真っ直ぐ下に降りて腰の辺りまで入っていた。
あの筋肉でも止めることは出来なかったようで、せいぜい出来たのが軽減。じきに失血して倒れる。
「降参しないのか？」
ユーリアが剣についた血を振り払って落とすと、カメレオンが更にまた笑みを深めて「しねぇ！」と叫ぶ。
「あぁそうだ、その視線だ！その目が俺を奮い立たせる！」
「え…特殊性癖か何かなのか？」
モニターも拾わない程小さな呟きだが、俺の耳と目は普通に拾う。思わず「おい」と言葉が飛び出た。
「どうした？」
「いや、なんでもない」
審判はまだストップをかけていない。場外に五秒以上いた訳でもない。反則をした訳でもないし、当然降参した訳でもない。
ならば試合は続く。
「…死ぬなよ？」
「殺されてぇか耳長種エルフの嬢ちゃんよォ!!」
完全に負け犬の遠吠え。そう思っていた。
獣のようにぐわっ、と飛びかかったカメレオンに対し、ユーリアは冷静に剣を合わせ、対処。すれ違いざまに剣を叩き込むが、浅くしか入らない。
カメレオンの身体から滴る血も次第に数を減らしていく様子から、どうも傷がふさがっているらしい。
「やっぱバケモンだな」
『その割にカメレオンらしさは無いが』
珍しく人前でシャルが口を開く。最近はどうもこういう機会がめっきり減った。
とりあえず《雷光》に気づかれないよう、声を落としてシャルと話す。
俺の《緋眼騎士》や今隣にいる《雷光》のように、二つ名は何かしらの特徴から取ってつけられる。
ならばあの《避役カメレオン》という名にも意味があるはず。
「カメレオンね…詳しく知らんのだが、確か身体の色を変えるんだっけか」
『あぁ。カメレオンの魔獣は確か珍しかったか』
「ふーむ、なら《シェイプシフト》ってのがカメレオンって名前の由来かね。姿も変わってるし」
『いや、カメレオンはどっちかと言うと姿を変えるってよりは姿を消すってのが正しい──』
「《シェイプシフト》ッ!!」
カメレオン本人がそう叫んだ瞬間、緊張がはしる。
先程同様に膨大な煙が上がり、ユーリアが後ろへ下がりつつ風を起こして煙を飛ばす。
だが。
「あ？」
「む…？」
消えた。
あの筋肉ダルマと言って良いあの男が、姿も形もなく消え去っていた。