大ッ嫌いな英雄様達に告ぐ

本編

赤髪と闘技場3

トイが魔法を使ってからおよそ五分経った。
彼が纏う水球は、不思議な事に彼の動きを一切邪魔せず、それでいてどうも中で渦を巻いているらしく、アーネが片手間に撃つ程度の魔法ではトイに届くより先に消される。
また一方で、アーネを攻め落とす事も出来ない。
トイが如何に素早く近付こうと、フェイントを織り交ぜようと、見事にアーネは回避して魔法を叩き込む。もっとも、それも水球に取り込まれるのでダメージにはならないのだが。
時折炎の竜を利用して攻撃するのだが、射程が短い上に速度が若干足りない。充分早いのだが、トイの翼の方が早いのだ。
さらにアーネが詠唱をしようとすると、トイはその度に攻撃を苛烈にして詠唱を邪魔する。魔法使いへの対処としては当然ではあるのだが、やはりされるとかなり厄介。
拮抗状態。表面上は。
当たり前だ。攻撃出来ているのは実質トイ。こちらがいくら攻撃しても通らず、一方であちらは自由に攻撃ができる。主導権が完全に握られている。
「どうしたどうしたアーネ・ケイナズ!?威勢がいいのは最初だけか!?」
「ッ」
剣を短剣で美しく受け流し、火球を叩き込む。しかしトイの水球に吸い込まれ、一瞬で火球は掻き消えた。
「相当数叩き込んでるはずなんだがな。水の量が減らねぇ」
『魔導具経由で出してる水だからな。どういう水なのか良く分からんが、魔力を注ぎ込み続ければ出続けるってのならアーネにとって相当辛い戦いだろう』
だからと言って、強力な詠唱をするのはトイが許さない。
ジリ貧。その単語がじわじわと湧いてくる。
「さぁ、どうするアーネ…」
「喰らえッ!!」
最早何度目か分からない突進。それをアーネはまた短剣で動きを逸らし、それと同時に炎竜を動かした。
真横から、流されたトイを食らい潰すような動き。しかしそれもトイは鼻で笑いながら回避した。
「そんなトロい魔法なんかに当たる訳が──」
そして炎竜はばくん、と顎を閉じた。
その口の中にアーネを取り込んだ状態で。
「何を──」
トイがそう言った瞬間、声が聞こえた。
「《廻れ、廻れ、炎の回旋曲ロンド。火から転じて炎へ廻れ、廻り廻りて炎も廻る──》」
「詠唱!?まさかこの中で!?」
燃え盛る炎の竜は顎を閉じたまま微動だにしない。そして一分の隙もなくピタリと閉じた牙。
その中から謳うような詠唱が聞こえてきた。
さしものトイもこの状況には手を出せないらしい。それもそうだろう。あれだけ炎を受けておきながら、この顎だけは絶対に避けていた。つまり、受ければタダでは済まないというのがトイには理解出来ている。
理解出来ているからこそ、彼は手を出すことが出来ない。
「はっはっはっは!!無茶やるなぁアーネ!!スゲェよお前！」
そんな姿を見て、俺は思わず手を叩いて笑った。
フィールドから二十メートル以上離れたこの場所でも熱を感じる程の炎竜、その中に入っての詠唱。常人ならば集中力がまずもたない。そもそも炎の中で呼吸をするということが出来ない。ましてや精密な魔力を操作する詠唱などはもってのほか。
当然だが、術者が放った魔法では本人が怪我をしないなどという都合のいい話は無い。熱いものは熱いし、痛いものは痛い。
だと言うのに、彼女はなんの躊躇いもなく炎竜の口の中に身を躍らせた。
トイとは戦いに臨む覚悟が違う。
「《──集う焔、廻れ、廻れ形を成せ。竜をも喰らいて生まれいでよ》」
直後、炎竜の中が消えた。
それも異様な消え方だ。まるで内側に吸い込まれるように、歪みながら消えた。
だがそれだけだ。他に何も起こらない。
後に残ったのは、炎に囲まれていたためだろう。倒れる寸前と言った風なアーネのみ。
「失敗──？」
誰かがそう呟いた瞬間、トイが突撃した。今までとは段違いの速度。完全に決める為の一撃。
「ハァッ!!」
戦技アーツこそ乗っていないが、勝負を決めるには充分すぎるそれは。
それでも華麗に動いた短剣にあっさりと逸らされた。
しかしそれはトイも織り込み済みらしく、一瞬で立て直した。いや、そうではない。弾かれた勢いを利用して垂直に飛び、その勢いを加算するかのように真上から落ちてくる。
どうやらこれで決める気らしい。身体が薄く青に発光している。戦技アーツの予兆だ。
「戦技アーツ！《スパイラル・ペネトレイト》!!」
高速回転しながらアーネに飛び込むトイ。そこでアーネが手のひらを。いや、いつの間にか逆手に持った短剣、その宝石の嵌った柄頭を掲げるように向けた。
そこに映っていたのは小さな炎。知らない者が見れば、鼻で笑いとばすような小さな小さな炎。
それこそが、《圧縮》を持つ彼女の最も恐ろしい魔法だというのに。
「《霊炎鳥の翼片フェニックス・ブレイズ》」